タイムカプセル
幼馴染の達也が交通事故で死んだ時、私は上手く泣けなかった。
その事実を全身で拒絶しようとした。泣いてしまったら、その事実を認めてしまうような気がしていた。
達也とは、幼稚園に通う前からよく遊んでいた。とにかく仲が良かった。
中学に入った頃から、付き合いだした。どちらからともなく、気付いたらそういう関係になってた。
そんな彼が死んだのは、去年。19歳だった。
私はもう20歳になった。だけど彼は、19歳のままなのだ。永遠に。
小学校の同級生から電話がかかってきたのは、達也が死んでから半年以上経ったころだった。
その頃の私は何かがすっぽり抜け落ちていて、ただ食べて動くだけの生き物のようになっていた。
「ねえ、覚えてる?小3の時に学年全員でさ、タイムカプセル埋めたじゃん。…達也君も」
後半を少し言いにくそうに、同級生は言った。私はと言うと、タイムカプセルのことなんてすっかり忘れていた。何も言わない私に、同級生はおずおずと続ける。
「あれ、明日掘り起こすんだ。さやちゃんも、来るよね?」
「…。」
正直、行きたくなかった。だけど、達也が一体何を埋めていたのか、気になった。
「分かった。行くよ」
私は無表情でそう言うと、電話を切った。
翌日、タイムカプセルはあっさりと見つかった。校庭の桜の木の下に埋めたということを、覚えている人がいたおかげだ。すっかり錆びてしまったおせんべいの缶が、土の中から出てきた。
中を開けると、ほとんどが皆の作文だった。それぞれ、自分の名前を書いた封筒に入れている。
「さや。これ、さやの。…あと、達也君のも、さやに渡すね」
同級生が、私の名前と達也の名前が書いてある封筒を渡してくれた。
私はぎこちない笑顔でお礼を言うと、そのまま家に持ち帰った。
家に帰ると、まずは自分の封筒を開封した。作文は「将来の自分」というタイトルで書かれていた。
『これを掘りおこす時は、私は20才になってるんだよね。元気かなぁ?』
「…あんまり元気じゃないよ」
私は手紙を読みながら、ひとりごちた。
『将来はお花屋さんになりたいな』なんて書かれている作文を読み終わると、私はしばらく逡巡してから、達也の封筒を手に取った。
開封すると、私の膝の上に、アルミホイルで出来た輪っかが落ちてきた。
「?」
とりあえずアルミホイルは放置して、作文を広げる。達也の作文のタイトルも、「将来の自分」だった。もしかしたら、タイトルはこれで統一されていたのかもしれない。
私は、無表情で、そして無言で、達也の作文を読み始めた。
『おれが今一番気にしている事は、おさななじみのさやのことです。
さやは、とっても泣き虫です。誰かにちょっといじわるされただけでも、すぐに泣きます。
だけどおれは、さやの笑ってる顔を見るのが大好きです。
だからおれは、さやの笑顔をつくれるような大人になりたいと思います。
将来、おれがいない時でも、さやがいつも笑ってたらいいなと思います。』
ぽと。
達也の作文に、透明な何かが落ちて、シミを作った。
「…ずるいよ。笑顔を作るって言ってる癖に、泣かすなんてさ」
私は作文に向かって話しかけた。だけど返事はない。
彼は死んだのだと言う事を、急激に理解した。
私は達也の作文を握りしめて、声をあげて泣いた。泣き続けた。
抑え込んでいた半年分の感情が、一気に噴出したみたいだった。
私は達也の名前を呼び続けた。もうここにはいない、彼の名前を。
『おれがいない時でも、さやがいつも笑ってたらいいなと思います』
後追いなんて考えは捨てよう。彼がいない世界でも、笑って生きていこう。
それがきっと、今の私達にとって一番いい「将来」だ。
『ついしん。このタイムカプセルを掘りおこした時に、
おれはさやにプロポーズしようと思ってます。
だから、自分で作ったけっこん指輪を、いっしょに入れておきます。』