トナラ―に物申す~超個人的意見
自覚あります?
と、声を大にして言いたい。
私、嫌なんです!!
トナラ―とは何ぞや、という人のために、「トナラ―」とは電車がガラガラなのに、なぜか隣へ座ってくる人。駐車場がスカスカなのに、なぜか隣へ車をとめる人。そういう人達を指す言葉だ。
何故、そこに?!
あれは一体、何なのだろう。
いや、本当に。
何故、そこなんだ。
電車に乗る。
車両には10人もいない。向かいのシートも空いている。隣のシートも空いている。前後の車両だって余裕がある。
つまり、好きな場所を選び放題である。
そんな状況で、すっと私の隣に腰を下ろす。
・・・え?
反対側、空いてますよ?
そこ、指定席でしたっけ?
心の中で思わず周囲を見回す。
「私の後ろに、何か見えてる?」
そう聞きたくなるくらい理解できない。
もし私が、映画俳優のようなイケメンだったなら、あるいは絶世の美女だったなら、まあ気持ちはわかる。
近くにいたい・・・そんな感情も、人間にはあるのだろう。私も、もし、そんな人が電車にいたら、多分近くに座りに行くと思う。
しかし現実は違う。私はイケメンではない。美女でもない。むしろ隣に座りたくないナンバーワン、脂ぎったおっさんや汗だくのおばちゃんの方だ。
つまり、隣に座るメリットなど一つもない。
なのに来る。
怖い。
怖い怖い。
ストーカーか何かですか? それならそれで、もっと怖いが。
駐車場も同じだ。
スーパーの入口付近なら分かる。
近くへ止めたい人が集まるのは当然だ。
だが私は違う。
ドアパンチも嫌だし、人の出入りも多い。
だから、わざわざ遠くへ止める。入口から離れた、誰もいない場所。
ぽつん、と。
「よし。これなら安心」
そう思って買い物へ行く。そして戻ってくる。
・・・。
・・・・・・。
すぐ隣に1台。
いやいやいや。
何で?
周囲には何十台分もの空きがある。
なのに、わざわざ私の隣。
思わず車を見比べる。
ナンバーを見ても知り合いではない。
車種も違う。色も違う。
同じ、ニッチなキャラのぬいぐるみでも乗せていて、気づいてほしくてとめた? 勿論、違う。
当然、待ち合わせでもない。
なのに隣。
「いや、ストーカー?」
思わず口から漏れそうになる。
もっと不思議なのは、その人も入口から遠くへとめている事だ。
つまり、混雑を避けたいという考えは同じなのである。
だったら、尚更。1台空けて、その隣にとめたら?
あなたも人の隣が嫌だから、ここまで来たんじゃないの? だったら、その結論がどうして「隣にとめよう」になるのか。
論理が途中で迷子になっている。
ネットを見ると、この現象については様々な理由が語られている。
「隣の車を目印にした方が駐車しやすい」
・・・知らんがな。
それはあなたの事情であって、隣にされた側には1ミリも関係ない。
「誰か近くにいないと落ち着かない」
だったら入口付近へどうぞ。人も車もたくさんあります。
好きなだけ安心してください。
「防犯上、車が集まっている方が安全」
それも入口近くでお願いします。
人目もある。防犯カメラもある。店員も巡回する。
防犯を理由にするなら、なおさら人が多い場所へとめる方が理屈に合っている。
わざわざ人の少ない場所まで来て、私の車のすぐ隣にとめる理由にはならない。
結局のところ、理由は幾ら並べても、される側から見れば迷惑という事実は変わらない。
人には「適切な距離感」というものがある。その距離感が人によって違う事も理解はしている。
でも、大概の日本人は、初対面でハグされたら驚くだろう。肩を組まれたら引くだろう。
それと同じ話だ。
相手が嫌がる可能性を考えない行動は、悪意がなくても十分に迷惑なのである。
勿論、世の中には「気にならない」という人もいるだろう。
それは否定しない。
だが、少なくとも私のように嫌だと思う人間は確実に存在する。
だったら1台分、1席分。空ければ済む話ではないか。その1メートルにも満たない距離が、相手にとっては快適さになり、安心感になる。
たったそれだけの気遣いで済む話なのである。
それでもなお、ガラガラの空間で隣を選ぶ人を見るたびに、私は心の中でつぶやく。
「世界はこんなに広いのに、どうしてピンポイントで私なんだよ・・・」
何か引き寄せるフェロモンでも出てる?
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