無口な彼は、静かに優しい
掲載日:2026/01/24
失恋して、落ち込んでいた日。
私は、いつも通り明るく振る舞っていた。
笑って、冗談を言って、
何もなかったみたいに過ごした。
誰にも、気づかれなかった。
――彼以外。
「……どうした?」
放課後、廊下ですれ違ったとき。
それだけ、低い声で言われた。
立ち止まって、振り返る。
「え?」
「いつもと、違う」
それ以上、何も言わなかった。
理由も、決めつけも、なかった。
ただ、そう見えた、という顔。
私は、一瞬、言葉に詰まった。
「……別に」
そう返したつもりだった。
でも、声が少しだけ掠れていた。
彼は、何も聞かなかった。
「そうか」
それだけ言って、
視線を逸らした。
慰めも、追及もない。
でも、立ち去りもしなかった。
その言葉で、
胸の奥が、静かに崩れた。
誰にも見せなかった顔を、
見抜かれたことより。
見抜いても、
踏み込まなかったことが、
たまらなく優しかった。
「……ありがとう」
小さく言うと、
彼は一瞬だけ頷いた。
それで終わりだった。
次の日も、
彼はいつも通り無口で、
私はいつも通り笑っていた。
でも。
あの日から、
世界が少しだけ違って見えた。
分かる人は、
分かる。
それだけで、
人は、また前を向ける。




