彼は笑っていた
どうか、ワタシに普通の高校生活を送らせてくれ…。そんなことを思ったのはこれで何回目だっただろうか。
入学して早くも一ヶ月が過ぎた。いつものように繰り広げられる血みどろの喧嘩を傍観しながら切に願う。
「あ、夏之助!おはよう!」
悲しいかな、空気のように端で行んでおこうと思ったというのに初日にワタシを後ろから抱えた男子__上芭晃__が声を掛けてきたせいでそれは叶わなかった。
「キミ、ワタシが戦えないの知ってるよね!」
ワタシに気が付いた不良が走って来たのを見て晃に向かって叫べば、晃はあれ、そうだっけ? ごめんね、テヘペロ♡ みたいな顔をしていた。なんて奴だ! と心の中で叫びながら「わ!」とか「ぎゃあ!」とか叫びながら不良どもの拳やら蹴りやらを避ける。ここ一ヶ月、毎日のように喧嘩に巻き込まれるせいで避けることだけは得意になった。
いくらなんでも喧嘩に巻き込まれ過ぎないか?そんなことを思ったであろう、これを読んでるそこのキミ! ワタシもそう思う! まぁ…その原因はいつもワタシと一緒に登校する晃だったのだけれども。
どうにも【上芭晃】という名前と顔は随分と不良の界隈で有名らしく、とある集団に属して今まで色んな不良集団を壊滅させてきたそうだ。本人にそんな話を聞いた時、ワタシは引いた。
それを見た晃から「アイツらが悪いことしてたからだからね!」と必死な弁明を聞いたのを憶えている。
そんな考え事をしていたからいけなかったのだろうか、気が付けば不良の拳が眼前にまで迫ってきていた。体を後ろに仰け反るも“殴られる”と直感的に思い目を瞑った。が、しかし。一向に顔に衝撃が来なかった。あったとすれば地面に背中を打ち付けた衝撃くらいである。痛い。
恐る恐る目を開ければ、他校の生徒がワタシに殴りかかって来ていたさっきの不良を蹴り上げていた。他校の生徒が後ろを振り返った。端正な顔立ちをしてる女子だな…と思った。制服がスカートじゃないのは最近よく言うジェンダーがどうとかの話なのだろう。
サラリとした彩度の低い黄色の髪が太陽に反射して輝く後ろ姿にぼうっと見惚れていると彼女は髪を揺らして振り返った。こちらを認識し切る前の彼女の瞳は随分と冷めていて、少しだけワタシは我に返った。
「君、怪我は?」
彼女がそう声をかけてきた時には瞳にはもうさっきの冷酷さは映っていなかった。映っていたのはワタシの情けなく地べたに座り込む姿だけだった。
「大丈夫です…ありがとうございます…」
女子に助けられるなんて…という顔を覆いながらなんとか礼を口にする。
「ならよかった」
彼女がにっこり笑って「バイバイ」と言って歩き出した。彼女は学校に登校するのか、ということに気付き自分たちは学校に登校することすら満足にできないのに……と自分と彼女の状況を比較してみて晃をうらめしく思った。
「えっと…荒鷲高校の生徒会長が新しくなったから他校の生徒と電撃訪問しに行くの?」
「あぁ、そのつもりらしい」
その後も絡んで来る不良たちを交わしながら学校になんとか無事到着してすぐに同級生から聞かされた。
電撃訪問と書いて殴り込みと呼ぶ。最近、ワタシが学んだことである。なんで皆んなすぐ喧嘩したがるのかなぁ……? 討論したらいいのに。今の世はディベートだよディベート!
「なんでも新しい生徒会長はとんでもなく弱いんだとか」
「え、荒鷲って確かめっちゃ力に拘ってる高校じゃなかった?」
噂話でもするように声を潜める同級生の話に驚いた晃が会話に入ってきた。会話から考えるに荒鷲高校っていう高校は暴力が好きらしい。同級生の話はなおも続いた。
「そうなんだ。ただ、噂では現在副生徒会長の座に収まってる奴がいるんだが、ソイツが滅茶苦茶強いらしくて、今の生徒会長はその副生徒会長にならせてもらったんじゃないかっていうのがあるんだ」
「力に拘ってるのに?」
「力に拘ってるからこそだよ。弱者は強者には逆らえない。だから強者が言ったことには負けた弱者が異を唱えることはできない。絶対的な力で周りを振じ伏せているんだよ、きっと」
不思議に思って疑問を口にすれば返事は即答だった。いつもは自信ありげに話す晃が目を伏せて何かを思い出すように言っていたのが印象に残っていた。
同級生と晃の解説にそういうものなのかと納得する。
「じゃあ、生徒会長はその噂を確認しに行くってこと?」
「そのとーり!」
そう言って現れたのは鐘田生徒会長で後ろには何十人もの生徒が控えている。高校全体で殴り込みに行くらしい。
「一年生ども、今から行くぞ!」
生徒会長の掛け声に同級生たちが雄叫びみたいな声を上げた。ワタシの耳が痛かった。
「ほら、夏之助も!」
ワタシの「行きたくないなぁ」なんて想いは誰に汲まれるわけでもなく、晃に腕を引っ張られてワタシは皆んなと一緒に荒高校へと向かった。というか、ワタシさっき登校したばっかりなんですけど!
「それで、来てしまったと・・・?」
「はい…」
喧騒の中、項垂れながら返事をすれば不思議そうにワタシを見ていた彼女は「面白いね」とくすくす笑った。どこに面白い要素が・・・とは思うものの彼女の笑顔にちょっとだけ心臓が跳ねた…ような気がする。
すると彼女は突然笑うのをやめると正面を見た。ワタシも釣られるように正面を見れば、男子が一人朝礼台らしき場所に立ってマイクを持っていた。朝礼台に立った男子は彩度の低い青の髪を短く切り揃えて、眼鏡をしていて如何にも真面目という雰囲気を醸し出していた。こんな人でも喧嘩するのか…なんて思った。
「あー、テステス。他校の皆さんこんにちは!!」
元気を体現したような声に喧嘩していた全員の動きがピタリと止まった。
「オレの名前は花田穂彦です!荒鷲高校の生徒会長やってます!」
生徒会長をやっている。その一言で全員の視線が見定めるようなものになった。実力はいかほどに? という視線が大半のように思う。
「オレ、喧嘩めっちゃ嫌いなんだよね。痛いし、怖いし、周りを心配させちゃうし。でも、そんなオレが生徒会長になったのは喧嘩を無くすためです!」
ワタシとしてはとても共感できる話でうんうんと眼鏡が外れそうなくらい勢いで頭を振って聞いていたのだが、周りは綺麗事ばかり並べる人間か、期待外れか、という落胆している様子である。だが、この後の生徒会長の一言によってまた全員で仲良く固まることになる。
「だから、今から皆んなでデュエルしようぜ!」
全員が「はぁぁぁ!?」と叫んでいた。
「なんというか……すごいね」と隣に居るであろう彼女に声を掛けるも返事は無く、見れば隣に彼女は居らず生徒会長の隣に立っていた。これが…テレポート!? なんてふざけたことを考えながら、素直に凄いなと驚く。
「ふざけてんじゃねぇよ!」
黒龍でも荒鷲でもないどこかの高校の生徒が叫んで生徒会長に向かって駆けて行った。生徒会長とその生徒との間に先ほどの彼女が間に入った。荒鷲の生徒は誰も助けに行こうとはしていない。
「あぶな…!」
「あがッ!?」
危ない! と手を伸ばして言い掛けたと同時に生徒の呻き声が聞こえた。生徒は彼女に蹴り上げられていた。彼女は朝礼台から生徒を蹴り落として「生徒会長に近付かないで頂きたい」と言った。
「まるで、飼い主と忠犬だね」
誰に伸ばすでもない手を中途半端に伸ばしたままゆっくり横を見ればいつの間にやら隣に立っていた晃が先ほどの様子を見て言った。あの生徒会長のスピーチまで色んな学校と喧嘩してたというのに、晃は相変わらず汗一つかいていなかった。
「それに、噂も本当だったみたいだね」
「噂って生徒会長が弱くて副生徒会長が強いっていう?」
「うん、さっきの様子を見てたらわかるでしょ?」
確かに、生徒会長が本当に強いというのなら副生徒会長がわざわざ守りに行く必要は無いもんね…。
「って…もしかして副生徒会長って彼女なの……?」
「うん、そうだよ」
晃は一度「彼女?」と呟いたものの、ワタシが指差した人物を見て肯定した。
「彼は歩本真太郎。ボクと同中で前に言ってたグループを中二の途中で抜けちゃったんだけど……そういうことだったんだね~」
一人で勝手に納得する晃の横でワタシは「歩本、真太郎……?」と繰り返し名前を呟いて「男子……だったの……!?」とがっくりした。
「ワタシの青春……」
「分かる分かる~。ボクも初対面で『女子?』とか言ったら思いっきり顔面蹴られたもん」
そう言って晃はケラケラと夏之助の反応を見て懐かしそうに笑っていた。夏之助は晃を見て反省の意を見せていない穂彦に呆れたように注意をしている真太郎を見た。やっぱり髪は綺麗だった。




