空はよく晴れていた
カタカタと音を立てるキーボード、ディスプレイに映るのは大量の文章。気まぐれで始めた小説の創作は意外にも性に合っていたようで楽しいものだった。
隣に置いたカップの中身はもう空でワタシは立ち上がって台所へお茶を淹れに行った。
ふと目についたのはテレビ台の上に置いた写真立てで中身は自分が高校一年生の時に撮った集合写真だった。全員殴られた跡やら血の跡やらでボロボロだというのに笑顔だった。
懐かしいなぁ、なんて思いながらワタシは何年も前のことに思いを馳せた。
これから語る物語は夜明けを目指して足掻いた彼らの物語だ。
「な、なんなんや…この状況…!」
ワタシ、菜村夏之助は少し前に中学を卒業したばかりの新高校一年生であった。普通に高校生活を過ごして、女子と恋をしてみたり……なんて考えは入学予定の高校に一歩踏み込んだ瞬間に燃え尽き灰となって風に飛ばされ崩れ去った。
ちゃんとどんな高校か調べなかったのが悪かったのか…。
殴り合いの血みどろな喧嘩。ワタシの今までの人生には一切の縁の無かったものである。父に勧められて受験した高校がこんな不良高校だなんて聞いてない。
この喧嘩について後に生徒会長に聞いてみたところ、新入生が来る途中で絡まれて自衛の範囲内で殴って逃げて来たら、絡んできた相手が高校の仲間連れてカチコミに来たんだそうだ。何だその理論は??
「あれ?ボクとおんなじ一年生?」
こんなところでは似つかわしくない爽やかな声が聞こえて振り返ると、彩度の低い赤の短い髪に左右非対称にピアスをそこそこに開けた同じ制服を着た背の高い男子がワタシに気付くと手を振ってこっちにやって来た。随分と好意的な人かと思うも振っていない左手には違う制服を着た男子の襟首を持って引き摺っていた。しかも手の甲には少しばかり血が付いているのが見えた。手を振る男子本人には血が出るほどの怪我をした様子がないので他人のものであるのだと推測できた。
んー、ちょっとお引き取りいただきたい!
ワタシはあまりのショックに腰を抜かした。いや、ほんとなんで父さんはこんな高校を勧めてきたのかと心の中で父を恨んだ。
というか、よくよく考えてみれば父も随分と手が先に出る人間だったと思う。ワタシが変質者に追いかけられてた時も殴ってたし、怒ったらすぐ拳骨落とすし.....。本人に聞いたわけではないが、さっきの不良高校の様子を見たら父さんの母校だったのかもしれない、と本気でそんな気がしてきたぞ。
よし、逃げよう。そう思い立ったワタシは腰を抜かしている場合じゃないと急いで立ち上がり、高校とは反対の方向へと駆け出した。
これでも50m走のタイムは速い方である。
「え、ちょっと待って!」
「待ちません!」
背後からさっきの男子が追いかけて来る気配を感じるがとにかく逃げる。話し合うという考えは一切ない。
家に帰ったらまずは母さんに編入したいってことを伝えて…もう最悪、通信制の高校でもいいからあの不良校だけは行きたくない!!
「もー!待ってってば!」
そんなことを言われたと同時にワタシは後ろから持ち上げられていた。「捕まえた!」と言った真上に見える男子の顔は笑顔だった。さよならワタシの人生。
夏之助は逃げることを諦めた。
「おー!帰ったか、上芭!」
男子に抱えられてやって来たのはワタシが逃げ出した高校だった。さっきと違うのは喧嘩が終わったのか他校の生徒が全く見えないことである。ワタシを抱える男子に向かって声を掛けたのはどうやら一つ上の先輩のようで、ワタシを見て誰だコイツみたいな顔をした。
「あ、お前さっき逃げ出してた新入生か!悪いな、怖い思いさせて」
違うところからやって来たのは、二つ上の先輩だった。快活そうに笑っている。
「俺はここの黒龍高校の生徒会長をしている鐘田陽介だ。よろしく」
いや、生徒会長なら喧嘩を辞めさせろよ。と思ったが、本人も嬉々として喧嘩に入っていってたようなので言ってみたところで意味が無いのだろう。
「えっと…よろしくお願いします…」
こうしてワタシの色んな問題が起きる予感しかない高校生活が始まったのだ。そんな心中の不安とは対照的によく晴れた空がとても憎たらしく思った。




