十七系統の囚人
先月のバイト代は五千円だった。たしかに夏の帰省があったとはいえ、あまりの少なさに、給与明細を見てしばらく絶望してしまった。別に直接死んでしまうとか、そういうのは奨学金のおかげでないのだけれど、それでも今月はピンチではあった。ただでさえ家賃もカードの支払いもあるってのに。これではお先真っ暗だ。
朝六時ぐらい。もはやこの時間でしか起きられなくなってしまった。どんな時間で寝てもこの時間で起きてしまうという、メリットなのかデメリットなのか。このおかげで朝の空気の美味さを知られたのはよかったと思う。八時にはバスに乗るわけだが、たかがバイトでこんな二時間早く起きるのも不思議だった。自分の緊張感というか、心配性というか、バイトという社会への進出が、確実に体中を締め上げていた。遅刻したら怒られる。見限られる。捨てられる。そんな不安が、神経を這っている。
結局その二時間も有意義には使わないのだ。ただ早く起きて、今日も重い足取りでバイトに向かうのかと気持ちが沈んで、そのまま気づいたらもう時間だ。朝ごはんも食べられずに家を出て、バス停へ向かって、ああもう少し早く家を出たら、道中のコンビニでご飯でも買えるのに。と毎日思っている。滑稽なはずだが、この心情を俯瞰できる人間も自分以外いないし、いや難しいことは考えないでおこう。これからバイトなのに。
ダッシュで行動すれば、コンビニまで行って朝ごはんが買えるかもしれない。というぐらいの時間が経って、バスがやってくる。そこには『十七』の数字が光って「四条河原町行」というものが書かれている。バス停には自分以外にも何人かいた。これは経験則だけど、バス停の並びを抜かしてくる不届き者は、中年女性が多すぎる。このおばさん化粧濃いなぁなんて感想を持ってしまったのが、まるで見透かされたように立腹して順番を抜かしてくる。今日もまた、四条河原に何をしに行くのか知らないが、一人のおばさんが順番を抜かしてきた。もう慣れてしまったが、よくよく考えたらとんでもないことだ。
整理券を取る。これもおかしな話だが、京都のバスは一律二百三十円だ。田舎出身の身としては、安すぎるし、なんて革命的なシステムなのだろうと感動したものだ。ただ整理券をいちいち取るのは面倒くさい。京都市内だけのバスなら整理券もクソもないのだが、ことこの十七系統京都バスは、なんと市外から出車するために、整理券を取らなければならないのだ。しかも運転手によっては、整理券を取らなくてもよかったり、取らないと注意されたり、バラバラだから困る。最初から整理券を取れば困りはしないと、それが一番の効率だと気づくのに、何か月かかかってしまった。
バスに乗り込んでも、今の日本の縮図のような年齢比の客で埋め尽くされている。もちろん座る場所などないわけで、かといってつり革を持ち続けるのも嫌なのに変わりはない。仕方ない。いつか、このつり革がちぎれてしまわないか妄想する。つり革がちぎれて、自分に「怪力」と、それとも京都バスの「劣化」。どちらが重視されるのか気になっている。もちろんそんなことは起きないのだけど、そうでも考えないと、うとうとしてただただ倒れそうになってしまう。「蓼倉橋」から「清水町」は歩いて三分ほどなのだが、どちらのバス停にも人がある程度いる。一つ思うのだが、そんな歩いて三分程度のバス停だったら、歩いて少しでも早くバスに乗ればいいのにと思う。その方が座れる可能性だってあるし、なんせ清水町から乗る人間の中に、三日に一回はトランクを引っ提げた者がいる。トランク人間を悪くは言わないが、できれば一緒のタイミングで乗るのは避けたいところだ。少し、考えすぎなのか?
バスが大きく揺れたと思ったら、人とぶつかった。若い高校生に見える。そういえばこの先に学校がある。校門に警備員が二人いる高校など見たことも聞いたこともないが、たぶん金持ちの収容所なんだろう。そこに吸い込まれて行く学生たちの一人なんだろう。この邪魔な学生も、きっとそうで、普通ぶつかることなどないのに、この学生腰に手を当てて仁王立ちしているではないか。いったいどういう心持ちで立っているというのだろう。こいつこそ俯瞰して見られていることを考えられない典型じゃないか。
そんな感じで睨んでたら、目が合ってしまった。一応大学生だし、強気に出ようと思った。そしたら、そいつはすぐに目を離して、僕の後ろからやってきた同じ制服を着た女性と仲良くし始めた。なんてことだ。どれだけ非常識で、道徳の欠片もないこんなやつに、彼女がいるというのだろうか。であれば完敗だろう。こんな人間、きっとモラルをはき違えているはずだ。道徳の教科書を、空に羽ばたかせて「自由にしてあげよう」って、そうやってテキストを読んでこなかったはずだ。だから間違える。僕が合っているとはとてもじゃないけど言えない。ただ。こいつが間違っていることだけは分かる。おかしな話だと思う。不正解だけは分かるのに、それをどれだけ出しても正解への輪郭ができあがらない。つまり、正解なんてないことが分かっているのに、僕らは正解を求め続ける。それすらも、間違いを構成する要因であるというのに。だけど、彼女ができるというのは正解だと思う。愛を知ることが不正解である世界に、僕は生きる活力を見出せない。
鴨川を眺めながら、またバイトのことを考え始めた。ホテルの清掃員というのは、かなり救われない職種だなと思う。人の役に立つとか、京都の観光業の要であるとか、知ったこっちゃないというか、そんな綺麗事で仕事ができるなら幸せだと思う。残念ながら僕はそこまで良い人間ではないわけだ。自分のためだ。自分のため。ホテルのゲストのため? 馬鹿らしい。自分のためでも、やることぐらいやる。
そもそも、だったらこの仕事をしてて文句が出てくるはずがない。職場の人たちも、ゲストのためなんて建前であることを重々承知している。それ相応の何かが、何もないのだから、文句が出る。ホテルの清掃員には昼休憩がない。雇用上は六時間勤務なので、法律的には問題ないらしいけど、問題なのはその六時間だ。六時間? 舐めているのか、六時間で終わることが一回でもあったか。否、時間オーバーだなんて当たり前どころではない。腹をグーグー鳴らしながら仕事するなんて馬鹿みたいじゃないか。
仕事が遅いのもあるのかもしれない。他の先輩たちはたしかに、僕より早くは帰ってしまう。だったらヘルプでもして手伝ってくれよと思うのだが、こればっかりは僕の責任なんだろう。というのも、現場リーダーに嫌われているのだ。特に何をしたということもないのだけど、ミスは多いと自負している。それでも頑張って少なくして、仕事も早くなってきたというのに、その過去がずっと足を引っ張って嫌われている。
現場リーダーが女性なのは、大間違いだと思った。それは今の時代、良くない考えなのだが、女性は露骨だ。陰湿だ。嫌われてしまえば、僕みたいな弱っちい人間は丸め込まれてしまう。ヘルプを寄越さないのも、その現場リーダーの裁量だ。僕だけだ。一人で最後までやっているのは。「あと二部屋もあるのか……」なんて思っていたら、後ろから「おつかれさまでしたー」「お先に失礼しまーす」だ。
またバスが揺れた。それでも、頭の中では愚痴で埋め尽くされ始めていた。
あの現場リーダーは露骨だ。女性スタッフには甲高い声で接したり、いかにもコミュニケーションの上手い男には明るく接する。だが僕のような、寡黙で、地味にミスも多く、でも頑張るから一概に切れず、でも大人を前に吃ることも珍しくない、そんな人間が、好かれるはずがないだろう! あの現場リーダーはそうやって、遠回しに教えているんだ。
京都は、そういう節があるらしい。遠回しに。
言ってくれ。僕は広島出身なんだ。
仕事のミスをどれだけ埋めても、新しいミスが生まれる。新しい視点で説教が始まる。聴いたことのない専門用語で責められ、より高いレベルの対応を求められ、細かな配慮からすべての配慮を必要とされ、一つミスすれば、それまでの成果は帳消し。
これで、ゲストのため。人のために働けと言われる。さっきは自分のためだなんて言ったが、現場リーダーのご機嫌を取るためにやっているんだろう。僕は駒で、マリオネットで、ロボットで、メイドで、犬。意志の尊重が見受けられない、自分が必要とされない空間。
河原町三条。僕は、ある決心をして降りた。
「今日で、辞めよう。」
この仕事を辞められたら。どれだけ幸せなんだろうと思った。そう思った時点で、このバイトを辞める原動力となった。でも、今日だけは頑張ろう。今日、何もなかったら、辞めやすい。今日、また何かあっても、辞めやすい。これは、限りなく正解に近いような気がした。
ほぼ実体験です。実際はバイト中に過呼吸を起こし、辞めることを決断しました。




