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第八話 女騎士と悪魔

「ふー……」


 血濡れの銀鎧を着込んだ騎士が、死体の山に腰かけている。

 開かれた城壁を一瞥してから、彼女は、近寄ってきた陰に顔を向けた。


「お疲れ様です」


「そちらも、ご苦労だったな」


 はるか上空をカラスが飛んでいる。食事にありつく機会を伺っているに違いない。

 女騎士は、脇腹の傷を物ともせず、悠然と立ち上がる。「大丈夫ですか」と差し伸べられた手にも「無用だ」と返した。


「辛くなったら言ってください、肩を貸しましょう」


「はは。悪魔と聞いた時は身構えたものだが、王都のブヨ虫共と比べれば、お前はよほど慈悲深いな」


「これは姫様が勝手に付けた名称です。ワタシとしては不本意なんですよ」


「違いない。とはいえ、そのツノを見れば悪魔と称されるのも道理だろう」


「これはツノじゃなくて……」とろくろを回す悪魔に、女騎士は適当に相槌を打った。悪い奴ではないのだが、時たま話す言葉が奇怪極まるのは、やはり人ならざる存在ゆえなのだろうと彼女は考える。

 次いで、姫のことを思い出す。呪われ人と疎まれた悲劇の貴人を。もし後世があったとしたら、歴史家たちは彼女を虐殺と裏切りの語を多用して、解説するだろう。

 復讐のために殺された王や貴族を、哀れに思わないでもなかった。それでも、姫を幽閉し虐げたのは彼ら自身なのだと、騎士はすぐ考えを改めた。


「……姫様は今頃、あいつと一緒にいるのだろうか」


「イチャイチャしているか気になるのですね。ぶっちゃけワタシもです。姫様がデレる瞬間なんて想像できません…………でも、覗きはいけませんよ」


「悪魔もバラバラにすれば死ぬのか? 俄然興味が湧いてきた」


「すみませんでした」


 死。

 死の実感が、女騎士の中にはなかった。

 彼女は、戦場での死以外に興味が湧かなかった。だからこそ姫の誘いに乗って、たった二人と一匹の反乱に手を貸した。精鋭たる騎士団の猛者たちと戦う機会など、これを逸すれば二度と訪れないと思った。

 だが、いざ終わってみると、あまりに味気なかった。刺して、裂いて、斬って、終わり。英雄と称えられた者も、屈強と恐れられた者も、今は等しく斃れ、動かない。

 戦いを通じて手の平に宿った充実感も、興奮も、瞬く間に零れ落ちていった。


「最後にもう一度、あいつに死合いを頼み込むべきかな」


「男女の間に割って入ったら、馬に蹴られて死んでしまいます……あっ、アナタを蹴り殺せる馬がいませんね」


「……道理だな。出過ぎた真似は顰蹙を買うだけだ」


「言い返さないのですか? 今のアナタはいじらしい乙女のようです」


「どうした。そのツノを叩き斬ってやるとでも言えばよかったか?」


「くっ、ナチュラルボーンバーバリアン……」


 いつもうざったい冗談ばかり口にする悪魔だが、女騎士は不思議と嫌いになれなかった。

 敵を前にしたソレが、悪辣な虐殺者であり、恐るべき怪物であることを知っているからかもしれない。姫をはじめとする三人に、気安く接しているのがおかしいぐらい、それの本性は熾烈であった。


「ですが……あの朴念仁のどこが良いのですか? 姫様の好き好きオーラを意に介さず。アナタの好意をキッパリと撥ね付けるような男ですよ」


「強いからな。王国どこを探せども、お前を退けられるのは、あいつくらいなものだ」


「むう……仰る通りです」


 女騎士は、姫から聞いたことがあった。

 男と共に放浪していたあの方は、王国の果てに広がる北の海、その近くで、この悪魔にまみえたらしいと。荒れ狂う破壊の化身であったそれを、男が力づくでねじ伏せ、姫が従者とした。以来、この面妖な怪物は、二人に付き従っているのだという。


「あいつは強い。小さな頃から研鑽を積んだ私より、永劫を生きる悪魔のお前より、強い。私はその純粋な強さが、愛おしいのだ」


「おお……情熱的……」


「お前には理解できないかもしれないが、あいつは、姫様の好意に応え続けているよ。私が入り込む余地など、最初から存在しない」


「すみません、よくわかりません」


「だろうな」


 女騎士は、自分の実力が男に届かない理由を察していた。

 彼女は強きを愛しているが、男は愛しているがゆえに強いのだ。だからこそ、男の強さに終わりはない。

 ああ、それでも、と女騎士はため息と共に漏らす。


「────────────────やはり、羨ましいものだな」


 高みへと至れる男が、そうまでさせる姫様が羨ましいと、そのように心底思った。


「では、()り合いますか」


「……なに?」


 地面に転がる死体を軽々と放り投げ、散らばった血だまりを足で乱雑に拭い、悪魔は女騎士を指さした。

 怪しく光る単眼が、どこか不満げに歪んでいる。姫の暴言が過ぎた時、それはよくこのような表情をしていた。


「正直、ちょっと気に食わないんですよ」


「どういう意味だ」


「さっきまでの、キラキラしたあなたはどこへ行ったのですか。まだ殺したりないのでしょう。まだ命を懸けたりないのでしょう。ならば立ちなさい。立って、最後の瞬間まで、その渇望のために戦いなさい」


 旅をしている中で、ソレがここまで率直に、他者の内面に踏み込むことはあまりなかった。従っていた姫でも、あの男でもなく、女騎士をこのように見透かしてくるなど、彼女は考えてもみなかった。

 だから、その真剣ぶりが妙に思えて、つい笑ってしまった。


「なんですか。ワタシは本気ですよ」


「いや、なに。お前のような悪魔がいるなら、あの世へ行くのも悪くないと思ってな」


 拳に力を込める。

 脇腹に走る痛みを堪え、彼女は即席の戦場に近寄った。


「悪魔よ! 我が意、我が望みに応えるならば、このセルシア・アッテンバームが最大の敬意を持って、死合いに挑もう! それが敗者たるお前への手向けとなるように!」


「騎士よ、アナタの意、アナタの望みに応えるために、このオリヴィエラが最大の出力で以て、死合いを蹂躙しましょう。それが敗者たるアナタへの手向けとなるように」


 剣が空へ突き立てられる。

 死の気配をかぎつけ、飛び回っていたカラスたちは、突然に沸き上がった殺気に驚き、方々に散らばっていった。


「────────アナタのこと、わりと好きでしたよ」


「奇遇だな、私もだ」


 ここより先は純粋な暴力。

 人が知恵を身に付け、服を纏い、律を備えて幾星霜。不要とされながら求められてきた、力と力の衝突が、終末を前に再現される。

 彼女たちは、戦いのための戦いを、死のための死を目指し、死合う。




 やがて、二つの影が同時に動いた。

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