表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第五話 魔術師と魔王

「ようやくここまで来た……」


「お待ちなさい。すみません、バフをお願いできますか」


「任せて────────攻勢強化(オフェンシア)。これでバッチリ」


「おっサンキュ!」


 魔族たちが居付く古城。統率者である魔王が待つ大広間の扉を前に、若者たちが集っていた。

 勇者が笑いかけると、魔術師はとんがり帽子を目部下に被り、そっぽを向く。

「あ、当たり前のことをしただけよ。礼はいらない」少女の長い言い訳に、少年は「プロ意識すげー」と感心するばかりで、発言の真意を汲み取ることはしなかった。


「まあ……その、ドンマイです」


「……もうっ!」


 やり場のない憤りを態度で示そうと、帽子をつばを上げた時には、扉を押し開ける勇者の背中が見えていた。

 そのマイペースぶりに、腹が立たないと言えば嘘になる。けれど、そんな彼だからこそ、という思いもまた本心だった。

 仕方がないと、魔術師は自分に言い聞かせた。旅の終わりまであと少し。勇者との関係や、将来のことは、魔王を倒してから考えればいい。

 そして少女は、いつものように少年の背中を追いかけた。


「ちょっと! 待ちなさ────」


 大広間に踏み込んだ瞬間、少女の背中に、冷たいものが走る。

 北の海に飛び込んだような、底の見えない冷たい絶望。これが魔王の力なのかと、身体の小さな魔術師は、生唾を呑み込んだ。


「まさかここまで来るとはな」


「今日こそ決着をつけてやる!」


 円卓の向こう側、ひと際大きな玉座に座っていた怪物が立ち上がり、手をかざす。辛うじて人の姿をしているが、醜く歪んだツノが、それの人ならざるを表わしていた。

 節くれだった指先から放たれる光が、瞬きする間もなく、円卓を砕く。

 破片が舞い散る瞬間、奇妙なことに魔術師は、魔王と視線が交わったような気がした。


「無詠唱……気を付けて、今までの連中とはレベルが違うわ!」


「ほう……貴様、感じ取ったか」


 叫び声に呼応するように、大盾を構えた聖騎士が前に出る。聖印を受けたそれは、あらゆる魔術を弾く力を持つ。魔族の爪から勇者を守り、幹部の火炎魔術を押し込め、裏切り者の祈祷師が発した呪いを拒絶した。

 彼はパーティーの守り手であり、戦場で幾度も仲間の命を救ってきた。


「二人とも下がりなさい! まず相手の────────」


 それは刹那の出来事だった。

 放たれた光が、彼の大盾を貫いた。鎧を砕き、胴体を突き抜けた。噴き出した血飛沫が大広間の床を赤く濡らし、聖騎士は、うめき声をあげながら倒れ込む。

 聖印が無効化されている。あまりの衝撃で、その事実に行き着くまで、勇者たちは多くの時間を消費した。


「弱い」


 影。

 二人を覆い隠す闇。

 目の前に現れた魔王が、脆弱な人間を見下ろしていた。捻じれたツノの下で、虚無を孕んだ黒の瞳が、殺意すらなく、冷徹に捉えて離さない。


「逃げっ……!」


「遅い」


 勇者が腕を振り上げる暇もなく、大きな手の平が、彼の顔面を包み込んだ。言葉もなくもがく少年の身体がゆっくりと浮かぶ。

「や、やめ……」恐怖で固まる魔術師の、絞り出すような懇願は、頭蓋骨の砕かれる音でかき消された。

 ドサリ。力なく倒れる勇者の身体は永遠に沈黙した。あまりに凄惨な光景に、年端もいかない少女は、言葉を失った。


「……さて。おい、魔術師」


 魔王の、節くれだった太い腕が歪む。獣のそれを思わせる鋭い爪は消え、中から細腕が現れる。尋常ならざる業を前に、人間はなす術を持たない。

 少女は、少年の遺体に寄り添いたかった。彼が死に際に感じた痛みを、彼を失った悲しみを、どうにか埋め合わせたかった。

 けれど、怪物の虚無を湛えた眼差しが、それを許さなかった。


「貴様────────”オルキュロスの巫女”の素質があるな?」


 少女は応えない。応える勇気も、気力も、とうに失われていた。

 それに、魔王が口にした”オルキュロスの巫女”が何であるのか、さっぱり分からなかった。


「探していたぞ、滅びの鍵。呪いの姫が繋いだ、終わりを終わらせる生命よ」


「……ど、どうして」


「なんだ?」


「どうして、こ、こ、殺さないんですか。わ、わた、私は、もう、てい、抵抗し、しません。なので、あの、殺して、殺してください」


 幼い頃から、魔術の研鑽を積んできた。彼女は高貴な家の生まれであり、魔王が現れた時、自身の血に宿る責任を果たすために努力した。

 父も、母も、誰もがそれを当然と思った。誰もがそれを褒めなかった。勇者だけが、彼女の努力を認め、彼女の足跡と苦労を見てくれた。

 だから、彼女は報いようと思って、けれど、全て無意味となった。


「なぜ生きようとしない」


「わ、私の戦いは、もう、終わったので……」


 十秒にも満たない戦闘の中で、魔術師は何もできなかった。聖騎士の信仰が打ち砕かれるのを、勇者の頭が握りつぶされるのを、黙して眺めることしかできなかった。相手がその気になれば、きっと杖を掲げる暇もなく終わる。実力差は歴然だった。

 それに、少年の死は、少女が抱えていた自信と尊厳を徹頭徹尾、破壊した。彼女が覚悟していた以上に、それは大きな衝撃となって、少女の心を殺してしまった。


「……ふん。やはり今の人類は脆弱だな。滅びを前に立ち上がる気概もない。終わりは必然か……」


「お願いです、ころ、殺してください……」


「案ずるな。我が手を下さずとも、じき貴様は死ぬ」


「それは、どういう……?」


 心臓が、大きく跳ねる。

 冷たい海に放り込まれるような、肌を刺す痛みと苦しみで、少女は咳き込んだ。


「これは……」


「かつて、この城の地下深くには、大いなる呪いが眠っていた」


「オルキュロス」と少女が呟くと、魔王が頷く。


「世界は滅びる。人類は滅びる。お前たちが弱いから、人類は何度でも滅びるのだ。そのことを悔いながら死に絶えるといい」


 少女の感覚が失われていく。視界は闇に包まれて、音という音が遠ざかっていく。感情さえも置き去りにされて、どこまでも続く黒の中に落ちていく。手を伸ばせども届かない。何をしても辿り着けない。這い寄る孤独が個を食い潰していく。

 やがて、失われし永遠が現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ