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第四話 ロボットと獣人

 特殊合金の装甲に身を包んだ大隊が、”大穴”に向かって進んでいく。

 彼らの歩みは、その一歩一歩が彼らの雄たけびであり、彼らを鼓舞する軍歌である。レヴェンフォール第七師団は、他に並ぶものなしと謳われた最強の軍隊だ。


「……勝てると思うか?」


「無理でしょうね」


 無機質な音声に対して、 ”孤狼のトミー”トムソン・フレグミンの獣耳がぴくりと動く。

 指揮所の中は静まり返っていた。誰も声に反応することはなく、己の職務を全うしていた。それはトムソンもまた例外ではなく、彼はモニターを食い入るように見つめていた。


「オリヴィエラ、我々は軍事作戦を遂行中の身だ。不用意な言動は慎め」


「ワタシはマスターの質問にお答えしただけです。戦闘型自立人形は嘘をつくようプログラムされておりませんので」


「では自分でプログラムしろ。機械なんだからできるだろう」


 オリヴィエラと呼ばれた自立人形は、感覚センサーをピコピコ動かしながら、自分の胸に手を当て、それからマスターを見た。


「無理です。ワタシの役割はマスターの護衛、敵勢力の暗殺、破壊工作他、戦闘行為に関する事項に限られております。ガサツなのです。プログラムのような繊細な作業はとてもとても……」


「……国家最高レベルのセキュリティロックを二秒で突破できるくせに、繊細がなんだと?」


「おっと、ガルガンド様の一件を蒸し返すのはやめてください。乙女の恥部に触れるのはマナー違反ですよ」


「特殊合金の装甲に身を包み、流体金属でいかなる武装もその場で具現化させ、あらゆる兵器を過去の産物とした自立人形が、乙女を自認するとはな」


「ワタシはか弱い乙女ですよ。マスターの前では特に」


 頭部のディスプレイに浮かび上がる赤色の単眼が、軍服に身を包んだトムソンの、足元から耳先までを見つめた。

 獣化人間(メタヒューマン)の手術を受けた彼ならば、オリヴィエラの特殊合金をバターのように引き裂き、流体金属が具現化しきる前に動力コアを握りつぶせるだろう。並外れた聴力によって暗殺は通用せず、並外れた嗅覚と、実戦経験に裏打ちされた軍人の感がいかなる破壊工作も許さない。

 彼女が護衛を任されているのは、開発者たちの顔を立てるためである。


「では、モニターを見ろ。進んでいく兵士たちを見ろ。私と同じ獣化手術を受けた強者たちが、どうして負けるというのだ」


 レヴェンフォール第七師団の最強たるは、彼らが人の身を越えたがゆえである。自立人形さえも蹴散らす兵士たちが敗北意を喫する相手など、存在しないはずだった。

 しかし、オリヴィエラはいつものポーカーフェイスを保ちながら、淡々と事実を述べた。


「敵が”大穴”だからにございます」


 それは、ある日突然、人々のはるか頭上にぽっかり空いた。

 黒い球体だと目されていたそれは、研究者たちの手によって、どこか別の領域へ繋がっている穴であることが判明した。そして中に入って行った者は、誰一人として帰ってこなかった。

 長いとは言えない研究期間の中で判明したのは、何かが、穴から零れようとしている、ということだ。


「僭越ながら、人類は滅びます。半年前にウィルマース教授が発表した通りに」


「では、我々はなぜ死地へ赴く?」


「滅びを一秒でも遅らせ、抗うためです」


「では、我々はなぜ抗う?」


「生み出した一秒が、千年先の未来へ繋がることを願っているからです」


「質問を変えよう。我々は()、敗北の渦中にいるか?」


 今この瞬間も遠方の地で、人類の叡智が、未来を紡ぐために結集している。滅びを回避し、命を繋ぐ方法を模索している。指揮所の誰もが、死地に赴いた誰もが、それを知っている。

 誰もが自分の、家族の、友人の、恋人の、大切な何かの未来を守るため、覚悟を決めていた。


「────────いいえ。ワタシたちは()()敗北を知りません」


「ならば」とトムソンは拳を握り締める。

 彼は部下たちの運命を恨み、自身の力不足を恨み、なにより”大穴”を恨んだ。


「我々が諦める理由はまだない。もし、人類がたった一人でも生き延びたなら、それは即ち、我々の勝利だ」


 オリヴィエラは、モニター越しに足音を聞いた。

 世界が終わる。人類が滅ぶ。その絶対的事実をかき消すように、その音はひたすらに鳴り響いていた。死に抗おうとするその不条理こそが、生命を生命たらしめる所以なのだと、彼女は思った。


「……ではご安心ください。人類は確実に勝利します」


「確実だと? どういう意味だ」


 オリヴィエラは、自身の内で駆動する動力コアの音を聞いた。

 それは無機質に、一定のリズムで、淡々と終わりの時を待っている。その冷静さこそ、その合理こそ、自立人形を自立人形たらしめる所以なのだと、彼女は信じた。

 だから彼女は、自身に与えられた役割を、粛々と遂行することにした。


「たとえ何が起ころうとも、マスターはワタシが守ります」


 ”大穴”がいかなる滅びをもたらそうとも、最後までオリヴィエラはトムソンの傍を離れない。

 それこそ、彼女が与えられ、誇りとしてきた使命なのだ。


「よろしい。では、私の命を預けよう。装甲が剥がされようと、四肢を失おうと、胴体がちぎられようと、この身を守り続けるのだ」


「承知しております」


「もし最後まで使命を全う出来たなら……」


 トムソンはモニターから目を離すと、オリヴィエラを正面から見つめた。彼の硬い眼差しは、この瞬間、ただひとつの存在に向けられていた。


「どんな手を使ってでも、お前を修理しよう。新しい装甲をあつらえ、もっと良い四肢を用意し、胴体を接合しよう。そして俺が生きている限り、俺の傍で使命を全うし続けろ」


 滅亡まであと一時間。

 人類はまだ、敗北していなかった。

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