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第一話 オカマとヤンキー

「なあ、世界が終わるけどよ、どう思う?」


「どうって言われてもねえ……」


「怖いとか、悲しいとか、イロイロあんだろ」


「とりあえず、ラーメン食べ終わるまでは終わらないでほしいわ」


 脂ぎったカウンターの向こう側で、黒いエプロンに黒い三角巾を被った店主が皿を洗っている。太く逞しい腕を眺めていると思わず「素敵、抱いて!」と口走りそうになるものの、残念ながら、顔がユキのタイプではなかった。


「んな呑気なコト言ってる場合かよ。終わんだぞ。世界がアボンだぞ」


「なにその擬音。ダサ」


「うるせえよ。おめーはよーそんなんだからよー」


 またいつものが始まった、とユキは顔をしかめる。

 モモネの妙に説教臭いところは、出会った時から変わらない。髪はピンクでなくて黒だったし、露出とは無縁のブレザーを着て、耳にはピアスがひとつも無かったけれど、その内面は、着の身着のまま家を飛び出してきた少女の頃から、あまり変わっていない。


「うるさいのはそっち。アタシが麺を啜ろうがチンポ啜ろうが勝手でしょうが」


「チン……と、とにかくよ、もっと何かねえの? 人類は滅亡しますが理由は不明です。はいそうですかって、すんなり受け入れられんのかよ」


「終わるって言ってるんだから終わるんでしょ。何を疑問に思うわけ?」


「だって原因が判明してないんだぜ。誰かの失敗とか、身勝手で世界が滅ぶかもしれねえ。いいのか、そんなんで」


「なおさらどうでもいいわよ。人様の都合なんて」


「……じゃあさ、こう、やり残したこととかねーのかよ」


 店の隅に置かれたタブレットの中で、名前も顔も知らないインフルエンサーが、上を向いて喋り続けている。深紅に染まった空の真ん中に、ぽっかりと穴が空いているのが見えた。

 この数か月で何度も目にしたその光景は、恐ろしいを通り越し、陳腐にさえ感じて、ユキは視線を横にずらす。

 相棒のモモネが不自然なくらい熱心に、指先で箸をクルクルと回していた。


「気を使ってるの? アンタが、アタシに? ちょっとウケるんですけど」


「うるせーよ」という投げやりなツッコミが飛び出すのを期待したが、返ってきたのは言葉ですらない、曖昧な相槌だった。


「今日はブルーな感じ?」


「だってよ、おめーは別に、こんなところにいる必要はねーだろ……」


 店主が顔をしかめる。

 お世辞にも上手いとは言えない。客層が良いとも言えない。いつも店主の愛想は悪いし、店の中はあまりきれいではない。確かに”こんなところ”かもしれないが、何もはっきり言う必要は無いだろうと、ユキは苦笑した。


「でも、こんな時にラーメン出てくんのはここぐらいよ」


「そりゃーそうかもだけど……」


「世界の終わりを相棒とメシを食べながら過ごす。オツなもんじゃないの」


 箸を動かす指が止まる。相棒、と言葉を繰り返しながら、やはりモモネは目を逸らさない。よく見れば、その手が小さく震えているのが分かった。


「相棒って、私はおめーに何も……」


「そういうんじゃないでしょ。ガキのくせに人間関係について講釈垂れようなんて笑っちゃうわ」


「ガキゆーな。もう二十歳(ハタチ)だ」


 相棒。最初に二人の関係をそう呼んだのがどちらだったか、ユキには思い出せなかった。

 かつて親と呼んでいた連中から絶縁されたオンナと、やっぱり親と折り合いの付かない女。二人の間に存在するそれは決して友情だなんて綺麗なものじゃなくて、けれど、それらしい言葉が欲しかった。


「ママさんとか、お店の人たちとかさ……こう、お世話になった人に挨拶みたいな感じのやつをさ」


「んなの済ませてきたに決まってるでしょ」


 ゲイであることをカミングアウトして、家から追い出されたユキを拾ってくれたのはバーのママだった。同僚たちはその境遇に同情し、よく面倒を見てくれた。世間から褒められるような人生ではなかったかもしれないが、己の生き方を恥じたことは無かった。

 最後の日をどう過ごすのか聞いたら、ママは店をやると言っていた。ここは最後まで居場所を失った者たちの居場所だと語る、丸々と太った恩人の姿を、ユキは思い出す。


「でもよー……」


「やかましい。しつこい。もっと男らしくしなさい」


「私は根っから女だけど」


「何その言い方。根があるのは男とオカマだけよ」


「うるせーよ。つか今の発言イロイロ面倒くさいからやめろ」


「じゃあ言葉を変えるけど、もっとシャッキリなさい。男だろうと女だろうと、シャッキリしてない奴から死んでいくのよ」


「そういうの関係なくみんな今日で死ぬんだよ」


 見ると、少し前まで汁の中に納まっていた麺がすっかり丼を埋め尽くしていた。冷めきったラーメンはただ脂っこいばかりで不味い。

 取って置いたチャーシューを箸でつまみ、口の中に押し込んだ。経費削減のためにギリギリまで薄く切られた肉は、風味も食感も、感慨もなく喉の奥へ流されていく。

 ユキは、これが人生で最後の食事であることを、今になって意識した。


「でも、これもアリだと思う」


 箸を置き、カウンターに肘を乗せる。とっくに食べ終わっていたモモネは、相棒の丼がようやく空になったことに気が付くも、やはり視線を手元から逸らさなかった。


「アタシは自分の意思でここにきて、マズいラーメン食べて、それから、アンタの隣にいる。世界が終ろうと、日常が続こうと、きっとそうしたわ」


 ユキはモモネの握りこぶしに手を置く。初めて出会った時も、雨の中でうずくまっていた彼女は同じように震えていて、手を差し伸べてきた大人に対して、鋭い目つきを返すばかりだった。


「安心なさい。最期まで付き合ってあげるから」


「……ユキぃ!」


 箸を放り投げたモモネは、ユキに飛びついた。


「はいはい、アンタのユキちゃんよ」


「わ、私……」


 泣き出してしまったモモネの背中をさする。

 どんな終わりが待ち受けようとも、今はただ、彼女が満足するまで、抱きしめてやろうとユキは思った。そうすることで、孤独が癒えるなら、思い残すことは何もないのだと。


「世界が終わるの、私のせいかもしれない……!」

実験作です。連載は不定期になります。

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