7話
あれから、二日が経った。
僕の生活は、驚くほど規則正しいものになっていた。
午前中は、学園で「基礎術式」と「近接基礎戦闘」の授業を受け、午後からは、親方の元で汗を流して働く。
それが、僕の一日のルーティンと化していた。
とは言っても、毎日、同じ授業があるわけでもない。学園の授業は、二日に一回程度のペースで組まれており、それ以外の日は、朝から晩まで、親方の元で働く。そんな流れになりそうだった。
とりあえず、これで、日々の生活基盤は、なんとかなりそうだ…。
一時は、この王都で、独り、路頭に迷うことになるのではないかと、本気でどうなるかと思った…。
そんなことを考えながら、僕は、昼の喧騒に満ちた学食の、一番端の席で、一人、ぼーっとしながら昼食を取っていた。
(…結局、明日に迫った実力査定でのペア…見つからなかったなぁ…)
昨日、廊下でレナに会った時の話を思い出す。
「え?まだパートナー、見つからなかったの…?」
「うん…残念ながらね…。だから、多分、僕一人で出ることになるんだけど、もし、査定の結果が良くなかった場合って、何かペナルティとかあるのかな…」
「…そりゃ、あるわよ。卒業後の進路に、大きく関わってくるわね…。成績が悪かったら、宮廷魔術師団や、王宮騎士団からのお呼びが、掛からなくなる可能性があるわよ…」
「…どっちも、特に興味がない場合は?」
「…そうね…その場合は、次の査定検査で取り返せば、充分なんとか…って、え?興味、ないの!?」
そんなに、驚くべきことだったのだろうか…。
「…僕は、先生からの推薦で、試験を受けられただけだから…。僕個人が、何かになりたいとか、そういうのは、まだ、よく分からないから…」
「………そう。…なら、別に、無理して頑張る必要もないんじゃない?…なんでも、相手チームからバッジを奪い合う、実戦形式のサバイバルゲームらしいし、試験が終わるまで、どこか安全な場所に隠れてれば?」
「…なるほど…確かに、それも手か…」
なんだろう…。レナの視線が、「お前には、剣士としての誇りはないのか?」と、雄弁に語りかけてくるのを感じるのは…。
そんな、昨日の一連の会話を、アルスは思い出していた。
(まぁ…なんとかなるかなぁ…。別に、ここで何かを失うわけでもないんだし…。それより…)
「…あの子は、また、いつ来るのかな…」
鍛冶屋に現れた、あの漆黒の髪の少女。
彼女は、あの日以来、一度も、親方の店には来ていなかった。
まぁ、「また来る」とは言っていたが、「毎日来る」とは言っていない。そんなものか、と、一人で納得する。
「誰が来るって、話だい?」
不意に、すぐ真後ろから、聞き慣れた、優しい声が掛けられた。
「やぁ、フレデリック」
「ちょっとお世話になってる職場でさ、女の子が僕を訪ねてきてね」
フレデリックは、その言葉に、純粋な興味をそそられたように、身を乗り出して聞いてきた。
「へぇ…どんな子だい?」
「漆黒の髪色をした子で、少し不思議な雰囲気がある子だったよ」
その言葉を聞いて、フレデリックは、一瞬、何かを考えるように沈黙し、そして、探るように僕に聞いてきた。
「アルスは、また、その子に会いたいのかい?」
「会いたい、というか、まだ名前も聞いてないからね。せめて、名前だけでも、ちゃんと聞いておこうかと思って」
フレデリックは、僕の答えに、どこか上の空で、悩むように答えた。
「そうか…そうだね」
「…フレデリック?大丈夫?もしかして、疲れてないかい?」
僕の心配に、フレデリックはこちらを見直し、いつものように、完璧な笑みを浮かべた。
「ふふっ、すまない。ちょっと、特待生向けの難しい授業に、頭が疲れてしまったのかもしれないね」
あの、完璧に見えるフレデリックでも、そんなことがあるのか…。
僕は、少しだけ、彼に親近感を覚えた。
「それより、明日の実力査定のパートナーは、見つかったのかい?」
「うっ…」
その言葉に、気まずい空気が流れる。
フレデリックは、僕の表情を見て、全てを察したようだった。心配そうに、真剣な顔で聞いてくる。
「どうするんだい?まさか、一人で挑む気かい?」
僕は、隠しても仕方がないので、素直に答えることにした。
「…そうだね。レナにも言われたけど、試験が終わるまで、どこかに隠れてようかと思うよ」
フレデリックは、僕の答えに、少し悩むような表情をしたが、やがて、静かに頷いた。
「…そうだね。流石に、二人相手に一人で戦うのは、危険すぎる。今回は、そうするのが懸命な判断かもしれないね」
僕は、その肯定の言葉が、心からありがたかった。
「はは…情けないって、笑われずに良かったよ」
フレデリックは、そんな僕を見て、心外だ、とでも言うように、優しく微笑んだ。
「私が、そんな事を、君に言うわけないだろう」
その一言で、僕の胸の奥でつかえていた、鉛のような荷物が、すっと降りたような感覚があった。
「ありがとう、フレデリック…。じゃぁ、僕はもう、仕事があるから行くよ」
「あぁ、気をつけて」
そうして、僕はフレデリックと別れて、まっすぐに、親方の待つ、街はずれの鍛冶屋へと向かうのだった。
親方の元へ着くと、僕は、もうすっかり手慣れた手順で、今日も薪を割り、それを汗だくになって、溶鉱炉へと運んでいく。
その過程で、僕は、親方が灼熱の鉄塊を打ち、形作っていく姿を、食い入るように見つめて、その技術を目に焼き付けていた。
いつか、僕も、あんな風に、自分の剣を打つ日が来るのだろうか。
そんな、少しずつ慣れてきた仕事の流れの中で、再び店の外で薪を切っている、その時だった。
突然、すぐ真横から、鈴が鳴るような、透き通った声が掛けられた。
「…久しぶり」
まるで、最初からそこにいたかのように、忽然と現れたその気配に、僕は、心臓が跳ね上がるほど驚いた。
「うわっ!?…びっくりした…」
慌てて振り返ると、そこにいたのは、先日、この場所で出会った、あの漆黒の髪の少女だった。
夕暮れの淡い光の中で、彼女の髪は、闇そのものを溶かし込んだかのように、静かに、そして美しく輝いていた。
「…なんとなく、君に呼ばれたような気がして、来てあげた…」
僕は、彼女の、どこか詩的な、不思議な物言いに、慌てて両手を横に振った。
「呼んでない呼んでない…。僕は、ただ、黙々と薪を割ってただけだよ」
少女は、僕のその必死な様子に、クスっと、楽しそうに笑った。
その笑顔は、どこか、この世のものとは思えないほど、儚く、そして綺麗だった。
「…噂で聞いたんだけど、アルス、次の実力査定で、まだパートナーが見つかっていないんだってね」
その、唐突な言葉に、僕は、ぎょっとした。
(一体、どこでそんな話を…?)
「だ、誰から、それを聞いたの…?」
少女は、僕の問いには答えず、ただ、その黒曜石のような瞳で、僕の心を射抜くように、静かに口を開いた。
「…それを知って、どうするの?」
「ど、どうするの?って、言われても…」
「それを知ったところで、アルスに、パートナーが見つかるの?」
ぐっ…!
痛いところを、容赦なく、的確に突かれた…。
その通りだ。噂の出所を知ったところで、今の僕の状況は、何一つ変わらない。
僕が言葉に詰まっていると、少女は、まるで、壊れやすいガラス細工でも扱うかのように、そっと、僕の腰にある、新しい剣に、指先で触れた。
「…アルスの特性って、何?帯剣してるってことは、私と同じ、剣士系?」
僕は、少女が腰に差している剣を見た。
彼女が差しているのは、僕が親方から譲り受けた、分厚い片刃の実用的な剣ではない。貴族の決闘で使われるような、優美で、一点の突きに全てを賭けるための、細剣のようだ…。力や技術で斬り伏せる僕のスタイルとは、明らかに系統が違う。
「君は…もしかして、魔剣士…?」
僕が、あれほどまでに焦がれた、勇者と同じ特性を、目の前のこの少女は、持っているというのだろうか…?
「…今、質問してるのは、私なんだけど」
少女は、僕が質問に質問で返したことに、少しだけ、ムっとした顔をした。
「ご、ごめん…。そうだよ。僕も、剣士系なんだ…。ただし、魔術特性がほとんどない、ただの…」
「そうなんだ。…じゃぁ、私も質問に答えるよ。そう、アルスが推察した通り、私は魔剣士の特性を持ってる」
こんな所で、本当に、絵本で見た勇者と同じ特性を持った子と出会えるなんて…。
その事実が、純粋な憧れと、そして、どうしようもない嫉嫉の感情となって、僕の胸の中で渦を巻く。彼女の存在が、少しだけ、妬ましかった。
「…次の試験、私がパートナーになってあげる」
その、あまりにも唐突な提案に、僕は、驚愕した。
この、珍しい特性を持った、才能あふれる彼女が、なぜ、僕のような「能無し」のパートナーに…?
「ぇ…だって、君なら、パートナーなんて、いくらでも見つかるんじゃないのか…?」
彼女は、僕のその問いに、クスっと、楽しそうに笑った。
「…そうかもね。…でも、私は、アルスが良い。それに、同じ剣士系なら、動きも、大体は予測できるでしょ?」
確かに、魔術師と組むよりは、同じ剣を使う者としての考え方や、動きの基本は、同じなのかもしれない…。
だが、それにしたって、僕を選ぶ理由にはならないはずだ。
「…ありがとう…。えっと…」
彼女の名前を、まだ、聞いていなかった。
彼女は、僕のその戸惑いに、不思議そうに顔を傾けた。そして、すぐに、合点がいったように、あぁ、と小さく声を漏らした。
「…そういえば、名乗ってなかったね。…私は、セラ。よろしくね、アルス」
こうして、僕は、実力査定の前日という、ギリギリのタイミングで、不思議な少女、セラと、奇妙なパートナー関係になるのだった。
(第7話 完)




