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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
序章

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7/20

7話

あれから、二日が経った。

僕の生活は、驚くほど規則正しいものになっていた。

午前中は、学園で「基礎術式」と「近接基礎戦闘」の授業を受け、午後からは、親方の元で汗を流して働く。

それが、僕の一日のルーティンと化していた。

とは言っても、毎日、同じ授業があるわけでもない。学園の授業は、二日に一回程度のペースで組まれており、それ以外の日は、朝から晩まで、親方の元で働く。そんな流れになりそうだった。

とりあえず、これで、日々の生活基盤は、なんとかなりそうだ…。

一時は、この王都で、独り、路頭に迷うことになるのではないかと、本気でどうなるかと思った…。


そんなことを考えながら、僕は、昼の喧騒に満ちた学食の、一番端の席で、一人、ぼーっとしながら昼食を取っていた。


(…結局、明日に迫った実力査定でのペア…見つからなかったなぁ…)


昨日、廊下でレナに会った時の話を思い出す。


「え?まだパートナー、見つからなかったの…?」

「うん…残念ながらね…。だから、多分、僕一人で出ることになるんだけど、もし、査定の結果が良くなかった場合って、何かペナルティとかあるのかな…」

「…そりゃ、あるわよ。卒業後の進路に、大きく関わってくるわね…。成績が悪かったら、宮廷魔術師団や、王宮騎士団からのお呼びが、掛からなくなる可能性があるわよ…」

「…どっちも、特に興味がない場合は?」

「…そうね…その場合は、次の査定検査で取り返せば、充分なんとか…って、え?興味、ないの!?」


そんなに、驚くべきことだったのだろうか…。


「…僕は、先生からの推薦で、試験を受けられただけだから…。僕個人が、何かになりたいとか、そういうのは、まだ、よく分からないから…」

「………そう。…なら、別に、無理して頑張る必要もないんじゃない?…なんでも、相手チームからバッジを奪い合う、実戦形式のサバイバルゲームらしいし、試験が終わるまで、どこか安全な場所に隠れてれば?」

「…なるほど…確かに、それも手か…」


なんだろう…。レナの視線が、「お前には、剣士としての誇りはないのか?」と、雄弁に語りかけてくるのを感じるのは…。


そんな、昨日の一連の会話を、アルスは思い出していた。


(まぁ…なんとかなるかなぁ…。別に、ここで何かを失うわけでもないんだし…。それより…)


「…あの子は、また、いつ来るのかな…」

鍛冶屋に現れた、あの漆黒の髪の少女。

彼女は、あの日以来、一度も、親方の店には来ていなかった。

まぁ、「また来る」とは言っていたが、「毎日来る」とは言っていない。そんなものか、と、一人で納得する。


「誰が来るって、話だい?」


不意に、すぐ真後ろから、聞き慣れた、優しい声が掛けられた。

「やぁ、フレデリック」

「ちょっとお世話になってる職場でさ、女の子が僕を訪ねてきてね」

フレデリックは、その言葉に、純粋な興味をそそられたように、身を乗り出して聞いてきた。

「へぇ…どんな子だい?」

「漆黒の髪色をした子で、少し不思議な雰囲気がある子だったよ」


その言葉を聞いて、フレデリックは、一瞬、何かを考えるように沈黙し、そして、探るように僕に聞いてきた。

「アルスは、また、その子に会いたいのかい?」

「会いたい、というか、まだ名前も聞いてないからね。せめて、名前だけでも、ちゃんと聞いておこうかと思って」


フレデリックは、僕の答えに、どこか上の空で、悩むように答えた。

「そうか…そうだね」

「…フレデリック?大丈夫?もしかして、疲れてないかい?」

僕の心配に、フレデリックはこちらを見直し、いつものように、完璧な笑みを浮かべた。

「ふふっ、すまない。ちょっと、特待生向けの難しい授業に、頭が疲れてしまったのかもしれないね」

あの、完璧に見えるフレデリックでも、そんなことがあるのか…。

僕は、少しだけ、彼に親近感を覚えた。


「それより、明日の実力査定のパートナーは、見つかったのかい?」

「うっ…」

その言葉に、気まずい空気が流れる。

フレデリックは、僕の表情を見て、全てを察したようだった。心配そうに、真剣な顔で聞いてくる。

「どうするんだい?まさか、一人で挑む気かい?」

僕は、隠しても仕方がないので、素直に答えることにした。

「…そうだね。レナにも言われたけど、試験が終わるまで、どこかに隠れてようかと思うよ」


フレデリックは、僕の答えに、少し悩むような表情をしたが、やがて、静かに頷いた。

「…そうだね。流石に、二人相手に一人で戦うのは、危険すぎる。今回は、そうするのが懸命な判断かもしれないね」

僕は、その肯定の言葉が、心からありがたかった。

「はは…情けないって、笑われずに良かったよ」

フレデリックは、そんな僕を見て、心外だ、とでも言うように、優しく微笑んだ。

「私が、そんな事を、君に言うわけないだろう」

その一言で、僕の胸の奥でつかえていた、鉛のような荷物が、すっと降りたような感覚があった。


「ありがとう、フレデリック…。じゃぁ、僕はもう、仕事があるから行くよ」

「あぁ、気をつけて」


そうして、僕はフレデリックと別れて、まっすぐに、親方の待つ、街はずれの鍛冶屋へと向かうのだった。


親方の元へ着くと、僕は、もうすっかり手慣れた手順で、今日も薪を割り、それを汗だくになって、溶鉱炉へと運んでいく。

その過程で、僕は、親方が灼熱の鉄塊を打ち、形作っていく姿を、食い入るように見つめて、その技術を目に焼き付けていた。

いつか、僕も、あんな風に、自分の剣を打つ日が来るのだろうか。


そんな、少しずつ慣れてきた仕事の流れの中で、再び店の外で薪を切っている、その時だった。

突然、すぐ真横から、鈴が鳴るような、透き通った声が掛けられた。


「…久しぶり」


まるで、最初からそこにいたかのように、忽然と現れたその気配に、僕は、心臓が跳ね上がるほど驚いた。


「うわっ!?…びっくりした…」


慌てて振り返ると、そこにいたのは、先日、この場所で出会った、あの漆黒の髪の少女だった。

夕暮れの淡い光の中で、彼女の髪は、闇そのものを溶かし込んだかのように、静かに、そして美しく輝いていた。


「…なんとなく、君に呼ばれたような気がして、来てあげた…」

僕は、彼女の、どこか詩的な、不思議な物言いに、慌てて両手を横に振った。

「呼んでない呼んでない…。僕は、ただ、黙々と薪を割ってただけだよ」


少女は、僕のその必死な様子に、クスっと、楽しそうに笑った。

その笑顔は、どこか、この世のものとは思えないほど、儚く、そして綺麗だった。


「…噂で聞いたんだけど、アルス、次の実力査定で、まだパートナーが見つかっていないんだってね」


その、唐突な言葉に、僕は、ぎょっとした。

(一体、どこでそんな話を…?)


「だ、誰から、それを聞いたの…?」

少女は、僕の問いには答えず、ただ、その黒曜石のような瞳で、僕の心を射抜くように、静かに口を開いた。

「…それを知って、どうするの?」

「ど、どうするの?って、言われても…」

「それを知ったところで、アルスに、パートナーが見つかるの?」


ぐっ…!

痛いところを、容赦なく、的確に突かれた…。

その通りだ。噂の出所を知ったところで、今の僕の状況は、何一つ変わらない。


僕が言葉に詰まっていると、少女は、まるで、壊れやすいガラス細工でも扱うかのように、そっと、僕の腰にある、新しい剣に、指先で触れた。

「…アルスの特性って、何?帯剣してるってことは、私と同じ、剣士系?」

僕は、少女が腰に差している剣を見た。

彼女が差しているのは、僕が親方から譲り受けた、分厚い片刃の実用的な剣ではない。貴族の決闘で使われるような、優美で、一点の突きに全てを賭けるための、細剣レイピアのようだ…。力や技術で斬り伏せる僕のスタイルとは、明らかに系統が違う。


「君は…もしかして、魔剣士…?」


僕が、あれほどまでに焦がれた、勇者と同じ特性を、目の前のこの少女は、持っているというのだろうか…?

「…今、質問してるのは、私なんだけど」

少女は、僕が質問に質問で返したことに、少しだけ、ムっとした顔をした。


「ご、ごめん…。そうだよ。僕も、剣士系なんだ…。ただし、魔術特性がほとんどない、ただの…」

「そうなんだ。…じゃぁ、私も質問に答えるよ。そう、アルスが推察した通り、私は魔剣士の特性を持ってる」

こんな所で、本当に、絵本で見た勇者と同じ特性を持った子と出会えるなんて…。

その事実が、純粋な憧れと、そして、どうしようもない嫉嫉の感情となって、僕の胸の中で渦を巻く。彼女の存在が、少しだけ、妬ましかった。


「…次の試験、私がパートナーになってあげる」


その、あまりにも唐突な提案に、僕は、驚愕した。

この、珍しい特性を持った、才能あふれる彼女が、なぜ、僕のような「能無し」のパートナーに…?


「ぇ…だって、君なら、パートナーなんて、いくらでも見つかるんじゃないのか…?」


彼女は、僕のその問いに、クスっと、楽しそうに笑った。

「…そうかもね。…でも、私は、アルスが良い。それに、同じ剣士系なら、動きも、大体は予測できるでしょ?」

確かに、魔術師と組むよりは、同じ剣を使う者としての考え方や、動きの基本は、同じなのかもしれない…。

だが、それにしたって、僕を選ぶ理由にはならないはずだ。


「…ありがとう…。えっと…」

彼女の名前を、まだ、聞いていなかった。

彼女は、僕のその戸惑いに、不思議そうに顔を傾けた。そして、すぐに、合点がいったように、あぁ、と小さく声を漏らした。

「…そういえば、名乗ってなかったね。…私は、セラ。よろしくね、アルス」


こうして、僕は、実力査定の前日という、ギリギリのタイミングで、不思議な少女、セラと、奇妙なパートナー関係になるのだった。


(第7話 完)

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