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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
序章

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6/20

6話

親方と出会った翌日、僕は真新しい制服に身を包み、初めての授業に参加していた。

講義室は広く、昨日までの試験会場で顔を合わせた、多くの合格者たちで満ちている。皆、これからの学園生活への期待に、その瞳を輝かせていた。


僕が選択したのは、数少ない剣士向けの講座の一つ、「基礎魔術と近接戦闘」の授業だ。

講師が、教壇の上で、基礎魔術である「身体強化」の術を、手本として見せてくれる。


「いいですか。まず、自分自身の体内に流れる魔素マナを、全身にいきわたらせるイメージをしてください。次に、その巡らせた力で、自らの筋力が、速度が、一段階上のものになるのだと、強くイメージするのです」


講師の身体が、淡い光に包まれる。

周りの生徒たちは、いともたやすく、それを模倣していく。教室のあちこちで、同じような光が灯り始めた。

しかし、僕だけは、その感覚が、どうしても掴めなかった。全身の神経を集中させ、なんとか魔素の流れを意識しようとするが、それはまるで、乾いた川に水を流そうとするかのように、鈍く、滞ってしまう。

周りがあっさりと出来ている中、僕がようやく、か細い光をその身にまとえたのは、みんなより三倍ほどの時間が経ってからだった。


「アルスくん…君は、魔素の扱いが、致命的に下手ですね…」


講師の、呆れたような、それでいて同情するような声が、僕の耳に突き刺さる。

「すいません…」

「実戦で、相手は君が身体強化を終えるまで、待ってはくれませんよ。日々、精進するように」


(これくらい、出来て当たり前ということか…)

改めて、魔術の才能がないという現実を、僕は突きつけられていた。

(でも、ならなぜ、こんな誰でもできるような授業が、わざわざあるんだろうか…)

僕は、そんな素朴な疑問を、頭の片隅に浮かべていた。


基礎魔術の講義が終わると、すぐに、場所を訓練用の道場に移し、近接戦闘の実演に入った。

そして、そこで、なぜあれほど単純な基礎魔術が大事なのかを、僕は身をもって知ることになる。


「では、アルスくん。私が君に向かって、訓練用の武器を振ります。それを、同じく武器で、防いでみせてください」

「はいっ!」


そう言われ、僕は模擬戦用の短い剣を構える。講師が、僕の身長に合わせた、木の棍棒を、鋭い気合と共に、僕目掛けて振るってきた。

僕は、それを、剣で受ける。

防ぐ。

防ぐ、防ぐ…。

防ぐ、防ぐ、防ぐ、防ぐ、防ぐ…。


金属と木がぶつかる、乾いた音が、道場に何度も、何度も響き渡る。

何合目かの打撃を打ち終えたところで、講師は、ふと、動きを止めた。


「…アルスくん。君、近接戦闘時における、魔素量の消費が、極端に少なくないかい?」

「あ、あはは…。一応、これでも、近接戦闘の特性なので…」

「ふむ…。面白い。…この中に、近接戦闘が得意な術師はいますか?」


講師がそう尋ねると、クラスの中でも一際、屈強な体格の男子生徒が、自信満々に手を挙げた。

僕は、その場を彼に譲り、他の生徒たちと共に、観戦側へと戻った。


「では、行きますよ」


講師が、先ほどと全く同じように、猛烈な速度で打撃を重ねていく。男子生徒も、それを、身体強化の術で強化した腕力で、必死に防いでいく。


(なんだ、みんな、普通に出来るじゃないか…。さっきのは、僕が補欠合格だから、講師が気を遣ってくれたんだろうか…)


だが、六合目の打撃を防いだところで、様子が変わっていった。


「ぐっ!?」


男子生徒の腕が、目に見えて鈍り始め、苦悶の声が上がる。別に、講師の打撃が直接当たったわけではない。


「ほら、もっと魔素を防御に集中させてっ!」


七合、八合と、さらに打ち付けられ、九合目を打とうとした、その時だった。

「…先生、俺、もう、次は防げそうにありません…」

男子生徒は、肩で大きく息をしながら、そう言って、剣を降ろした。


(…なんでだ?僕のときは、少なくとも、二十合は打ち合ったのに…)


「…とまぁ、これが、普通の術師です。攻撃する時も、防御する時も、我々術師は、その一挙手一投足に、必ず魔素を消費します。それを怠れば、ただの棍棒の一撃でも、腕の骨の一本や二本、簡単に折られてしまうでしょう」


講師は、そこで言葉を切ると、僕の方を見て、続けた。

「アルスくんの場合は、近接戦闘における、何か特別な才能…特異性とでも言うべきものですかね。魔素をほとんど消費せずに、打撃の威力を殺している。…まぁ、普通、術師は遠距離や中距離での戦闘がメインなので、皆が真似をしろ、とは言いませんが、こういう戦い方もあるのだと、参考程度にはしておくように」


…なるほど。

魔術の才能がない代わりに、僕の身体は、純粋な「剣士」として、魔素の消費を極限まで抑えることに、特化しているのかもしれない。

これが、僕の、「剣士」としての特性、なのか…。


授業を終えた僕は、自分の身体に秘められた、ささやかな可能性を少しでも知ることができ、久しぶりに、少しだけ明るい気持ちで廊下に出た。

(よし、昼食を食べたら、親方のところに行って、早速仕事しに行こう)


そんなことを考えていた時だった。ちょうど別の教室から出てきた、快活な赤いポニーテールが目に入る。授業を終えたレナと、廊下で鉢合わせたのだ。


「おっ、アルスじゃん」

「あ、レナ」

「授業どうだった?」

「うん、すごく勉強になったよ!自分のこと、少し分かった気がする」

「なるほど…。そういえばさ、今週末に、私ら一般生徒だけの実力査定があるんだけど、あんた、もう相方パートナーは見つかったの?」


実力査定…?初めて聞く言葉に、僕は、きょとんとしてしまった。


「あんた…もしかして、昨日のオリエンテーション、ちゃんと聞いてなかったの…?とりあえず、今週末に野外での実地演習があるから、早くペアの相方を見つけなよ~。じゃないと、一人で受けることになるからね」


僕は、恐る恐る聞いてみた。

「あの…レナは、もう相方は…?」

「そりゃぁ、もう見つかってます!!」

「そんな…」

僕は、がっくりと、うなだれた。


「まぁ、あんたと組みたいって人だと………近接戦闘しかできない、あんたと組みたいって物好きな術師が、ちょっと思い当たらないっていうか…」

「そうだよね…」

僕とペアを組んでくれる人なんて、いるんだろうか…。

「フレデリックしか、いないもんなぁ…」

「…そうねぇ…。フレデリックさんなら、喜んであんたと組んでくれるだろうけど、あの人、特待生だから、査定は免除だしねぇ…」


さっきの授業で、「僕でも、やれることがあるかもしれない」なんて、少しだけ舞い上がっていた自分が、急に恥ずかしくなった。

よく考えてみれば、この学園にいるのは、みんな、魔術の才能があるエリートたちなんだ。わざわざ僕みたいに、危険な接近戦を挑む必要なんてない。基本は、遠距離から魔法を撃てば、それで事足りるんだから。


「うーん…」

悩む僕を見て、レナは、少しだけ、申し訳なさそうな顔をした後、励ますように、ニッと笑った。

「ま!まだ三日もあるんだから、頑張って探しなさいよ!!」

「が、頑張るよ…」


僕はそう言って、レナと別れ、一人で学食に向かった。

レナは、教室で新しくできたという、ペアの友人と一緒に食べるんだそうだ。

その後ろ姿を見ながら、何故だろう。別に、何でもないはずなのに、何故か、少しだけ、裏切られたような、寂しい気分になった。


学食の、一番隅の席で、もそもそと、味のしないパンをかじっていると、不意に、頭上から、聞き慣れた声がした。


「隣、いいかい?」


この声は…

「フレデリック…」

フレデリックは、いつも通り、周りの視線など気にも留めない様子で、僕の前の席に、優雅に座った。

「どうしたんだい?浮かない顔をして」

「いや、三日後に実力査定があるらしくてさ。それまでに、二人組のペアを見つけろって、さっき知って…」

「…それなら、レナに頼んでみたらどうだい?」

ごく当たり前のことのように、フレデリックは言った。


「レナは、もう、相方を見つけた後だったよ…」


フレデリックは、うーん、と、悩むように言った。

「…可能なら、私が君と組みたいところだが…」

その、ありがたい申し出に、僕は、力なく首を振った。

「フレデリックは、特待生だから、試験は免除なんでしょ…」

「…そうだね。残念ながら…」

心底、残念そうな顔をするフレデリックを見て、僕は、慌てて話題を変えることにした。


「ま、まぁ、なんとかなるよ!それよりさ、僕、働き口を見つけたんだっ!」


その言葉に、フレデリックの顔が、ぱっと明るくなった。

「本当かい!?すごいじゃないか、アルス!どこで働くことになったんだい?」

「街の外れにある、鍛冶屋でお世話になることになったんだ」

そう言って、僕は、懐から、昨日もらった学園の地図を広げて、親方の店の場所を指差した。


「…なるほど。ここか。…今度、時間があったら、見に行くよ」

「あはは…まぁ、フレデリックは忙しそうだし、ホントに、気が向いて、暇だったら見に来てよ」

彼に、あまり気を遣わせたくなくて、僕は、つい、そう言ってしまった。

しかし、彼は、僕の目を、真っ直ぐに見つめ返してきた。


「…いや、必ず、近日中に見に行くよ」


僕はフレデリックと別れたあと、彼の言葉を胸に、急ぎ足で親方の元へと向かった。

ペア探しの不安が消えたわけではない。だが、今は、僕を信じて雇ってくれた、親方の期待に応えたかった。


街のはずれにある、どこか寂れたレンガ造りの建物が見えてきた。

昨日と同じ、心地よい、規則正しい鉄を打つ音が聞こえてくる。


「親方!お世話になります!」


僕は、昨日のお礼と、今日からの決意を込めて、できる限りの大きな声で挨拶をした。


「おぉ、来たか、アルス。丁度いい。まずは、外にある材木を、全部薪にしてくれねぇか」


そう言われ、僕は、店の脇に積まれた大量の材木を、黙々と薪にし始めた。

村の孤児院で、毎日やっていた作業だ。斧を振り下ろす腕には、自然と力が入る。

暫くすると、様子を見に、親方が外に出てきた。


「お、なかなか良い量ができてんな。それを、中に運んでくれ」

「はいっ!」


僕は親方と共に建物の中に入り、出来上がった薪を、巨大な溶鉱炉のそばに運び入れる作業を手伝った。

炉から立ち上る熱気が、汗ばんだ肌をじりじりと焼く。


「そういや、アルス。お前、スキルは『剣士』なのに、今もってるのは、そんな折れた剣だけか」

「…確かに…」

これでは、週末の実力査定の実戦で、まともに戦うことすら、できないだろう…。


「お前が、自分でまともな剣を打てるようになるまでは、こいつを使え」


そう言って、親方は、作業台に立てかけてあった一振りの剣を、無造作に僕に渡してきた。

それは、昨日、僕が「綺麗だ」と見とれていた、あの習作の剣だった。

月光を固めたかのような、煌めくような美しさがある、片刃の剣。


「い、いいんですか!?こんな、素晴らしいものを!!」

「あぁ、どうせ、俺が適当に打ったやつだ。気にすんな」


これが、適当…!?

昨日、街の武器防具屋にずらりと飾られていた、どんな高価な剣よりも、遥かに、気高く、そして、美しく見える。


「はいっ!大事に、使わせていただきます!!」

「…よし、話は終わりだ。とりあえず、薪をジャンジャン作ってくれ。お前がいない間も、俺は剣を打ち続けないといけないんでな」

「わかりましたっ!!」


僕は、新しく相棒になった剣を、大事に腰に差すと、再び、外に出て、薪作りを再開した。

夕暮れの赤い光が、空を染め始めた、その時だった。


「…こんにちわ」


ふいに、背後から、鈴の鳴るような、透き通った声が掛けられた。

声がした方向に顔を向けると、そこには、濡れたような漆黒の髪を持つ、僕と同じくらいの歳の少女が、静かに立っていた。

彼女もまた、僕と同じように、腰に剣を差している。


「こんにちわ!お客様ですか?親方なら、中にいらっしゃいますよ!」


少女は、僕の言葉に、ゆっくりと首を横に振った。

「…いや、別に、この店に用があるわけじゃないんだ…」

「…では…もしかして、迷子ですか?」

少女は、僕の言葉に、クスっと、小さく笑った。

「…そうかもね」

「僕も、この街に来たばかりなので、詳しい案内ができるかわかりませんが、知っている場所なら、案内できるかもしれませんっ!」

昨日、一日中、仕事を探して街中を歩き回ったおかげで、大体の店の場所は、もう頭に入っている。多少の道案内なら、できるかもしれない。


「…そうだね…。私は、人生の迷子…かな…」

…なんだろう…詩か、何かの格言なんだろうか…。

「そ…そうですか…。見つかると、いいですね…」

「…そうだね…」

「…」

「…今日は、もう戻ることにするよ」


本当に、不思議な子だ…。

「はい!お気をつけて!!」


去り際に、少女は、もう一度、僕の顔を、じっと見つめた。

「…また、会いに来ても、いいかな?」

「…えっと、親方にですか?」

少女は、僕の言葉に、少しだけ、ムっとした顔をした。

「私の目の前にいるのは、君だろう」

「そ、そうですね…。ぼ、僕なんかで良ければ、いつでも…」


少女は、その答えに、満足そうに、柔らかく笑った。

「そう…良かったよ」


僕は、この少女と、どこかで会ったことがあっただろうか…。

「…あの、失礼ですが、僕らって、どこかで出会ってたり、しましたっけ?」

「………出会っては、いないな。…ただ、ちょっと知り合いから、面白い子がいるって聞いたから、どんな子か、見に来ただけだよ」

「お、面白い子ですか…」

誰の知り合いだろう…。

レナか、フレデリックくらいしか、僕には、まだ学園に知り合いはいないんだけど…。

でも、同じ学園で、魔術適性がないのに魔術師に勝った僕に、変な興味を抱く人が、無数に居ても、おかしくはないか…。


「じゃぁ…また来るよ。アルス」

「え、あ!はい!!お気をつけて!!」


僕は、去っていく少女の、美しい黒髪が、夕闇に消えていくのを、ただ、見送った。

また薪割りの作業に戻ったが、一つの疑問が、頭から離れなかった。

(なぜ、僕の名前を…?確かに「面白い子」と聞いてきた、とは言っていたが、僕が「アルス」だという確証が、どこにあったんだろうか…)


あの、漆黒の髪の子…。

今度、また会うことがあったら、名前だけでも、聞いてみるとしよう…。

そう思いながら、僕は、日が完全に落ちるまで、親方の元で、黙々と仕事を続けた。


(第6話 完)

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