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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
序章

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5話

入学式を迎えた朝


僕は、緊張した面持ちで、慣れない制服の襟を整えていた。

学園側から僕に割り当てられたのは、学園の敷地の、一番端にある、今はもう使われていないと言われている古い当直室だった。

簡素なベッドと、小さな机が一つ。それだけしかない殺風景な部屋だが、雨風をしのげて、一人で静かに過ごすには、十分すぎるほどだった。

先生が推薦状に書いてくれたのだろう。孤児院の出身で、資金が不足しているという僕の事情を、学園側も汲んでくれ、この部屋を、ほとんど無償に近い、破格の値段で貸してもらえることになったのだ。


(でも、その家賃すら、今の僕には手持ちがない。学園生活を送りながらも、どこかで働かないと…)


薪割りと、荷運びくらいしか、まともにやったことがない僕を、この華やかな王都で、どこか雇ってくれる場所はあるのだろうか。

そんな、これから始まる生活への、漠然とした不安を抱えながら、僕は、入学式の会場である、大講堂へと向かった。


目の前に広がるのは、息を呑むほどに、煌びやかな光景だった。

高い天井には、巨大なシャンデリアが輝き、壁には、この学園を卒業したであろう、伝説的な英雄たちの肖像画が飾られている。

そして、そこに集うのは、僕のような補欠合格者とは明らかに違う、自信と希望に満ち溢れた、エリートの卵たち。


新入生の代表として、壇上に上がったのは、もちろん、フレデリックだった。

彼は、大勢の新入生や講師たちの前でも、一切物怖じすることなく、堂々と、そして、力強く、その誓いの言葉を述べていた。


『――強者は、常に、弱者の為に在らねばならない。この世界の脅威である魔人族に立ち向かうため、我々は、この学び舎で、日々切磋琢磨し、未来の人類の守護者たらんことを、ここに誓います』


フレデリックの挨拶が終わると、講堂は、割れんばかりの拍手に包まれた。

その姿は、あまりにも堂々としていて、あまりにも、カッコよかった。

彼と友達になれたことが、誇らしい。

でも、同時に、彼が、僕なんかとは住む世界が違う、本当の「特別」な人間なのだということを、改めて、痛感させられていた。


入学式を終えた僕は、受付で渡された、分厚い年間カリキュラムの冊子を受け取りながら、ざわめきが残る廊下を一人で歩いていた。


(剣士向けの授業…あんまりないな。やっぱり、高等魔術の講座ばかりだ…)


パラパラとページをめくってみるが、並んでいるのは、僕には縁のない、華々しい魔術の名前ばかり。授業は、自分で好きなものを選択して受講し、半年ごとに行われる実力試験をパスしていく、自由な方式のようだった。

これからどうしようか、と悩みながら歩いていると、ふと、見慣れた後ろ姿が、廊下の大きな窓のそばに立っているのが見えた。窓枠に肘をつき、どこかぼーっとした様子で、外の景色を眺めている。

僕の足音に気づいたのか、彼が、ゆっくりとこちらを振り返った。


「やぁ、アルス。どうだった?私の、晴れ姿は?」

にこやかに、悪戯っぽく笑うフレデリックだった。

「凛々しくて、すごくカッコよかったよ。本当に、絵本の中の騎士みたいだった」

「ありがとう、アルスにそう言ってもらえると、嬉しいな」

「でも、どうしてこんな所に?君は、特別推薦枠の生徒なんだろう?もっと、講師の人たちとかと…」


フレデリックは、僕の言葉を遮るように、くすりと笑った。

「ふふっ、硬い事を言うなよ、友よ。私も、ああいう格式張った場は、少し苦手でね。大役を果たして緊張したあとは、気心の知れた人と話したくなる。というのは、ごく自然なことだろう?」

あの完璧に見えたスピーチの後で、彼も緊張していたなんて。少しだけ、意外だった。

そして、「気心の知れた人」と言ってくれたことが、胸の奥で、じんわりと温かく響いた。


「このあと、時間はあるかい?良かったら、一緒に、この広い学園を見て回らないかい?」


願ってもない、嬉しい誘いではあるのだが…。

「ごめん、すごく嬉しいんだけど…。生活費のこともあるから、僕が受けられそうな授業の時間を確かめたら、どこかで働こうと思ってるんだ」


フレデリックは、僕の答えに、少しだけ、眉をひそめて悩んだ。

「…君さえ良ければ、私から、いくらか融資するという方法もあるが…?」

流石に、出会ったばかりの友人に、そこまで世話になるわけにはいかない…。

「大丈夫だよ。それに、体を動かして働くのは、好きなんだ」

「…そうか。…働く場所が決まったら、私にも教えてくれないかい?たまに、顔を見せに行くよ」

「ありがとう、フレデリック。決まったら、必ず教えるね。あ、そうだ。これ、渡しておくよ」

「…これは?」


僕は、カリキュラムの冊子の隅をちぎり、そこに、僕が借りている当直室の場所を、走り書きで記した。

僕から渡されたその小さな紙切れを、フレデリックは、不思議そうに見つめている。


「僕の個室の場所だよ。良かったら、今度、遊びに来てよ。…とは言っても、机とベッド程度しか、目立つものはないんだけどさ…」


フレデリックは、一瞬、戸惑ったような、驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、なぜか少し慌てた様子で返答してきた。

「あ、あ、あ、ああ、ありがとう!今度、是非、伺わせてもらうよ!」

いきなり、部屋に来い、というのは、少し不躾だっただろうか…。

彼のような、良いところの出身の人にとっては、非常識な誘いだったかもしれない。


「う、うん。まあ、気が向いたらでいいからね。じゃぁ、僕は、ちょっと街で職探ししてくるよ」

「あ、あぁ、気をつけて」


フレデリックは、僕から受け取った紙切れを、まるで宝物でも扱うかのように、大事そうに懐にしまっていた。

僕は、そんな彼に背を向けると、新しい生活のため、そして、新しい剣を手に入れるため、すぐに街へと向かった。

これから、大変なことばかりだろう。家賃も、食費も、新しい剣も、全部、自分で稼がなければならないのだから。

だが、不思議と、胸の奥から、ワクワクするような、楽しい気持ちが込み上げてきていた。

村での、あの息が詰まるような三年間とは違う。

ここには、僕を「能無し」と笑う者も、「乱暴者」と蔑む者もいない。

そして、僕には、フレデリックという、初めての「友達」ができた。

それだけで、この世界は、昨日までとは、全く違う色に見えた。


街中を散策しながら、僕は、活気に満ちた様々な店を見て回った。

色鮮やかな野菜や果物を山のように積み上げた露天商。威勢のいい掛け声が響き渡る。

僕は、意を決して、その中の一軒に、声をかけてみることにした。


「あの…」

露天商の男性は、人の良さそうな笑顔で、にこやかに笑いかけてくれた。

「いらっしゃい!坊主、何か探してるのかい?このリンゴ、美味いぜ!」

「あ、あの、すみません。仕事を探してまして…」


その瞬間、露天商の顔から、先程までの愛想笑いが、すっと消えた。代わりに、まるで商品の値踏みでもするかのような、鋭い視線が、僕の頭のてっぺんから、つま先までを、じろりと훑る。


「…そうかい。で、坊主。お前さん、一体、何ができるんだ?」


僕は、その威圧感に気圧されながらも、緊張で震える声を、必死に絞り出した。

「に、荷運びを、村で毎日やってました!力仕事なら、自信があります!」

「他は?」

「ま、薪割りも…できます!」


露天商は、僕の答えを聞くと、興味を失ったように、ふいと顔をそむけ、残念そうに答えた。

「わりぃな。荷運びも薪割りも、間に合ってるんだ。俺のとこで、お前さんにやらせる仕事は、なさそうだ。他をあたってくれ」

「わ、わかりました…。お忙しいところ、すみませんでした…」


僕は、まるで追い払われるように、その場をすごすごと去った。

その後も、僕は、諦めずに、肉屋や魚屋、パン屋に、雑貨屋と、片っ端から声をかけて回った。

挙句の果てには、ツボだけを売っている怪しげな店や、水晶玉を覗き込む占い屋、そして、僕が一番働きたいと願っていた武器防具屋にまで、勇気を出して声をかけていったが、結果は、どこも同じだった。

未経験の、後ろ盾もない、ただの田舎の少年を、この厳しい王都で、雇ってくれる場所など、どこにもなかった。

日が暮れる頃には、あれほど胸を満たしていた期待と高揚感は、すっかりと消え失せていた。


街の薄暗い裏通りを、僕は、トボトボと歩く。

「…このまま、どこも雇ってくれなかったら、どうしよう…。家賃も払えなくなって、また僕は、居場所を失うのかな…」

一度芽生えた希望が大きかった分、その反動で、身体が、鉛のような絶望感に包まれていく。

そんな時だった。

道の端にある、古びたレンガ作りの建物から、規則正しい、心地よい金属音が聞こえてきた。

――カン、カン、と。鉄を打つ音が。


その音に、まるで吸い寄せられるかのように、僕は、ふらふらと近づいていく。

そして、自然と、その建物の、軋む木の扉に手をかけ、中に吸い込まれるように入っていった。

中は、鉄の匂いと、むわりとした熱気に満ちていた。

店の主と思わしき、熊のように大柄な、髭面の男性が、こちらを一瞥したが、すぐに興味を失ったように、何も言わずに自分の仕事に戻ってしまった。

僕は、そこが武器屋だと、すぐに分かった。

壁に飾られた、様々な刀剣に、不思議と目がいってしまう。

その中で、ひときわ僕の目を引いたのは、まだ仕上げの途中なのか、鞘に収められずに飾られている、一振りの剣だった。派手な装飾はない。だが、その刀身は、まるで月光をそのまま固めたかのように、静かに、そして美しく輝いていた。


「…綺麗だ…」

思わず、心の声が、口から漏れた。

その時だった。店主が、僕に、ぶっきらぼうに話しかけてきた。

「…で、お前は、一体何を探してんだ?坊主」


僕は、はっとして、慌てて頭を下げた。

「す、す、すいません。勝手に入って…。ちょっと、鉄を打つ音が聞こえたものですから…」

「で、入ってきたのか。物好きなやつだな。…別にお前さんが欲しいものなんて、ここにはねぇよ。剣なら、もう腰に持ってんだろ」

店主の男性は、僕が腰に差している、古い剣を見て言った。

「こ、この剣は、その…先日、模擬試合で折れてしまって…」

そう言って、僕は、刀身が半分になった剣を、鞘から抜いて見せた。


「なるほどな…。で、代わりの剣が欲しくて来た、ってか」

「あ、いえ。ここには、本当に、自然と足が向かっただけで…」

店主は、僕に、ごつごつとした大きな手を差し出した。

「見せてみろ」

そう言われて、僕は、折れた剣を、恐る恐る差し出した。

「ふん、よくある訓練用の剣だな…。しかし、刃先はボロボロ、柄の部分も、もうガタがきてんな…」

「さ、三年ほど、毎日使ってましたから…」

「…ふむ…お前、金は有るのか?俺の習作で良ければ、安く売ってやるが」

ありがたい申し出だったが、今の僕に、剣を買う金など、あるはずもなかった。

「すいません…。村を出たばかりで、お金が、全くなくて…」

「なら、働け」

「その…雇い先を、今日一日、ずっと探してたのですが、どこも見つからなくて…」


店主は、僕の頭のてっぺんから、つま先までを、もう一度、じろりと眺めるように言った。

「…お前、何ができるんだ?」


あぁ、また、この問いか…。どうせ、また断られるんだろう。

「荷運びと…薪割りくらいしか…」

「…ふむ………」

店主は、腕を組み、何かを考えるように、黙り込んでしまった。

「…」

「いいだろう。お前、明日から、うちで働け」


「え…い、いいんですか!?」

「あぁ、ちょうど、前の見習いが一人前になって卒業したばっかでな。俺一人で、薪やら鉄やらを運んでて、正直、腰が痛ぇんだ。誰か、雑用係を雇おうと思ってたところだ」

「ありがとうございます!!」

「あとな、お前。自分の剣を、自分で打ってみねぇか?」

「え?」


店主は、僕が先程、見とれていた剣を、顎でしゃくりながら言った。

「そいつは、俺の習作の一つだ。…あんな、地味な剣が『綺麗だ』と思えるなら、お前、鍛冶の素質があるかもしれねぇ」

「い、いいんですか?僕なんかが…」

「ああ、構わねえよ。お前、スキル特性は、なんだ?」

「け、剣士です…。魔術の才能がない、ただの剣士です…」


また、失望されるんだろうか。そう、思った。

しかし、店主は、その厳つい顔を、ニカリと、豪快に笑ってみせた。


「なら、丁度いいじゃねぇか。剣士が、自分で振るう最高の剣を、自分の手で作れるんだ。それ以上に、誇らしいことがあるかよ」


僕は、その言葉に、目の前に、新しい道が、ぱっと開けたような気がした。

「ありがとうございます!!明日から、よろしくお願いします!!」

僕は、店主に、今日一番の、深々としたお辞儀をした。


決まった矢先だったが、店主から、ふと思い出したように聞かれた。

「因みに、お前、ただの職探しか?それとも、学生か?」

「あ、はい。魔術学院の、学生です…」

「ふむ…」

店主は、少しだけ、悩むそぶりを見せた。

「なら、授業がない時だけでいい。給与は、お前が作った薪の量や、運んだ鉄の量に応じた、出来高制だ」

「はい!ありがとうございます!!」

「で、お前さん、名前は?」

「アルス、といいます!」

「そうか。良い名前だな。俺はバッカスだ。まぁ、これからは、親方と呼べ」

「はい!親方!!」


こうして、僕は、王都に来て、初めての「職」と、そして、「師匠」を、手に入れたのだった。


(第5話 完)

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