4話
僕らは、フレデリックが選んでくれた、王都の大通りに面した喫茶店の路面席(テラス席)でお茶を飲んでいた。
石畳を行き交う人々の喧騒が、心地よいBGMのように聞こえる。
時折、フレデリックの、神々しいとすら言える容姿に気づいた通行客が、小さな歓声をあげる。そのたびに、彼は慣れた様子で、優雅に手をあげて応えていた。
「モテるんだね、フレデリックは」
僕の呟きに、フレデリックはこちらに向き直り、少し困ったように笑った。
「はは、そうかな」
レナも、うっとりとした表情で相槌を打った。
「フレデリック様は、本当に絵になりますねぇ…」
「私が大事だと思うのは、外面よりも内面の方さ。容姿なんて、ある程度は取り繕えるものだからね」
その、絵に描いたような完璧な容姿の持ち主から言われても、全く説得力がない…。
レナは、そんな彼の言葉に、ますますキラキラとした瞳でフレデリックを見つめていた。
「素敵です…フレデリック様…」
これが、「恋する乙女」というやつなのだろうか…。
そんな和やかな雰囲気の中、僕だけは、一人、落ち着かない気持ちでいた。
そんなことより、僕は、二時間後に迫った試験の結果のほうが、気になって仕方なかったのだ。
「…受かったかな…」
僕の、ぽつりと漏れた呟きに、レナは、ハッとしたように僕のほうを睨みつけた。
「なにそれ、嫌味?」
「ち、違うよ!そもそも、さっきのは、ほとんどまぐれ勝ちみたいなものじゃないか…。あれは、勝ち負けじゃなくて、素質を見る試験なんだろ…?」
フレデリックは、そんな僕の顔を、何かを探るように、じっと見ていた。
「まぐれ…ね」
レナは、そのフレデリックの視線に気づくと、慌てて彼に話しかけた。
「つ、次戦ったら、きっとあたしが勝ちますっ!見ててくださいね!フレデリック様っ!」
これは、恋する乙女の、必死のアピールってやつなんだろうか…。
「そもそも、今の僕は、さっきので折れた剣しかないし…」
「じゃ、じゃぁ、新しい剣が手に入ったら、再戦よっ!!」
僕の方をビシッと指差して、レナは一方的に宣戦布告してきた。
なんだか、その必死な様子が、少し可哀そうになってきた。ここは、彼女の顔を立ててあげるべきだろう。
「わかったよ。じゃぁ、新しい剣が手に入ったらレナさんとは再戦ってことで…」
「そうよ!見てなさいっ!次は油断しないんだからっ!!」
フレデリックは、息巻くレナを、諭すように、しかし冷静に問うた。
「…油断…ね。レナさんの切り札は、二つとも見切られてしまった。特に、あのカウンターに使ったフレイム・バースト。…それを踏まえてもなお、君に、勝ち目は…あるのかい?」
図星を突かれた、と言わんばかりに、レナが言葉に詰まる。
「ぐぬっ!?」
「ま、まぁ、フレデリックも落ち着いて…。僕だって、自分でも何が起きたのか分からなくて、驚いてるんだから…」
レナは、悔しそうに唇を噛んだ後、じっと僕の顔を見てきた。
「…あんたのスキルって、何系なの?ただの『剣士』じゃないんでしょ?」
「そ、それは…」
僕は、答えに詰まり、助けを求めるようにフレデリックを見た。
「それは、私も知りたいな。…アルス、君は、一体どんな特性のスキルを持っているんだい?」
「…」
僕の、困惑しきった顔を見て、フレデリックは、何かを察してくれたのだろう。
「…別に、無理に言わなくてもいいんだよ」
「いや、いつかは、わかることだし」
そうだ、いつかはバレることなんだ。
この学園にいる以上、ここで隠したところで、何の意味もない。
でも、この真実を話して、もし、目の前の彼に、失望されたら。軽蔑されたら。
僕は、どうすればいいんだろう…。
僕は、もう一度、フレデリックの顔を見た。
彼は、僕の不安を全て受け止めるかのように、ただ、優しく微笑んでいた。
その優しい笑顔に勇気づけられた僕は、意を決して、口を開いた。
「…何の特性もない、ただの『剣士』なんだ…」
レナは、信じられない、というように、目を見開いた。
「え!?えぇ!?ただの棒っ切れしか振れないようなスキルに、あたし、負けたの!?」
当然、予測できた反応だ。それでも、その言葉は、僕の心を、冷たい氷で抉るような痛みが走った。
恐る恐る、フレデリックの方を見る。
「…驚嘆だね。…君は、類稀なる才能を持つ術師を、スキルというアドバンテージもなしに、己が努力と鍛錬、その力のみで、打ち破ったということか…」
いつもの、穏やかな微笑みの中に、なぜか、初めて会った時よりも、さらに深い、尊敬の眼差しを感じた。
「そ、そんな、ホントにまぐれだって…」
「…もう、その謙遜はやめて。負けたのは、事実なんだから。今回は、ちゃんとアルス、あんたが勝ったんだ。胸を張ってくれないと、あたしが惨めになるじゃない」
「レナさん…」
ようやく、誰かに、心の底から認められたような気持ちになり、僕の心は、穏やかな温もりに包まれた。
村で過ごした、孤独な三年間の努力が、やっと、報われた気がした。
フレデリックは、そんな僕たちの様子を見ていたが、不意に、コホン、と咳払いをした。
「あの…レナさん」
「はい!なんですか!?フレデリック様!!」
「なぜ、君は、アルスの許可も取らずに、アルスを呼び捨てにしているんだい?」
レナは、気まずそうに、僕のほうを、ちらりと見た。
「だ、駄目…かな?」
潤んだ瞳で、上目遣いに聞いてくる。これが、都会の女性が使うという、おねだりというやつなんだろうか。
「駄目じゃないけど…」
「よっし!許可貰いました!!」
フレデリックは、少し怖い顔で、もう一度、彼女の名前を呼んだ。
「レナさん」
レナは、その無言の圧力に屈したように、気まずそうに言った。
「す、すいません…。じゃぁ、アルスも、あたしの事は呼び捨てにして?それで、おあいこでしょ?」
「わ、わかったよ…。レナさ…レ、レナ」
そのやり取りを見ていたフレデリックは、どこか、心底面白くなさそうな顔をしていた。
その後、僕らは、二時間という、永遠のようにも感じられる時間を他愛もない話で潰し、試験結果が出ているという広場に戻った。
道中には、すでに結果を確認し終えたであろう受験生たちの姿が、ちらほらと見受けられた。
俯き、暗い表情でとぼとぼと歩く者。仲間と肩を組み、喜びを爆発させる者。
その、あまりにも残酷な明暗が分かれた面々を見ながら、僕の胸は、不安で押しつぶされそうになっていた。
運命の結果を知るため、まるで鉛を引きずるかのように重い足を、僕たちは掲示板へと向かわせた。
巨大な掲示板に張り出された、合格者の名前が並ぶ一覧表。僕と同じように、たくさんの受験生が、食い入るようにその紙を見つめている。
僕は、自分の名前を、必死に探した。
その横で、同様に名前を探していたレナから、歓喜の声があがる。
「やったぁぁぁぁあああ!受かりましたよ!フレデリック様!!」
「はは…良かったね、レナ」
満面の笑みで喜ぶレナを横目に見ながら、僕は、もう一度、最初から、自分の名前を探し続けた。
だが、いくら探しても、合格者名簿の中に、「アルス」という三文字は、見つからなかった。
…当然か。
魔術を持っていて当たり前のこの世界で、その才能が、かけらもない僕が入れるはずなんて、なかったんだ。
…ごめんよ、先生。せっかく、推薦状まで書いてくれたのに…。
「…ごめん、フレデリック」
僕は、思わず、隣に立つ友に、そう呟いていた。
フレデリックは、そんな僕の絶望を、全て包み込むように、いつも通り優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、アルス」
「でも、僕はっ!」
それでも、フレデリックは、変わらずに、優しく微笑んで僕に話しかけた。
「ほら、よく見てごらん。一番下を」
彼が、指差した場所。
僕は、震える視線で、そこを見た。
【補欠合格欄】
ただ一人、そこに、僕の名前があった。
その文字を見た瞬間、それまで感じていた絶望感も、無力感も、全てが嘘のように、晴れていくのが分かった。
「君が、合格できないはずなんてないんだ。あのレナを、真正面から打ち破った、君がね」
「…ま、そりゃそうよね…。あたし、こう見えても、相当優秀なんですけど?」
レナが、少しだけ得意げに、でも、どこか嬉しそうに、胸を張る。
「ありがとう…。ありがとう、二人とも…」
僕の視界は、いつの間にか、溢れ出した涙で、滲んで、よく見えなくなっていた。
こうして、僕たちの、長く、そして、波乱に満ちた学園生活は、静かに、その幕を開けたのだった。
(第4話 完)




