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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
序章

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3話

僕は、目の前にある、荘厳な装飾が施された巨大な扉を、意を決して押し開けた。

一人の、講師と思わしき壮年の男性が、室内にいた数人の生徒に指示を出していたが、僕の存在に気づき、こちらをちらりと見た。


「…よもや、志願者かね?遅刻ギリギリではあるが」

遅刻ギリギリ? まずい、僕に付き合わせてしまったフレデリックは、ちゃんと間に合っただろうか? そんな心配をしながら、僕は慌てて頭を下げた。

「すいません、道に迷ってしまって…」

「そうかね…まぁ、間に合ったんだ、良かったではないか。…名前は?」

「アルスです!トカット村から来ましたっ!」


講師は、手元にある受験者のリストを、パラパラと捲っていく。

「ふむ…君がか。推薦状には、『術式適性ゼロではあるが、それでも諦めない覚悟がある』と書かれているが、その瞳を見れば、それも納得できるな」

(先生…ありがとうございます)

僕のために、そこまで書いてくれていたなんて。先生の顔を思い浮かべ、胸が熱くなる。


講師は、そんな僕を見て、手招きをした。

「では、ついてきたまえ。ちょうど最終試験の時間だ。相手も、待ちわびているだろう」

そう言われ、僕は、ごくりと唾を飲み込み、講師のあとを付いて行った。


案内された先は、長い廊下を抜けた、開けた空間だった。

円形に広がる巨大な空間。中央には綺麗に磨かれた石板が敷き詰められており、それを囲むように、はるか上まで観客席が続いている。まるで、闘技場のような区画だった。

観戦席には、すでに十数名の少年少女たちが座っていた。彼らは、すでに試験を終え、入学を許可された合格者たちなのだろう。どこか余裕のある、あるいは、これから始まる最後の試験を値踏みするような表情で、こちらを見ている。


その中に、見知った顔がいた。

そう、フレデリックがいたのだった。

彼は、ひときわ豪華な装飾が施された一角に、他の数名と共に、ゆったりと座っている。僕に気づくと、彼は、爽やかな笑顔と共に、こちらに手を振ってくれた。


講師は、その様子を不思議そうに見て、僕に尋ねた。

「…ほう?特別推薦枠の彼らの中に、知り合いがいたのかね?」

「特別推薦枠?」

「知らないのかね…まぁ、無理もないか。彼らは、入学試験そのものを免除されるほどの、特別なスキルや、規格外の能力を持っている者たちのことさ」

どうやら、フレデリックも、その一員のようだ。

見た目もさることながら、能力まで備わっているなんて…天は二物を与えた、ということか。改めて、彼との間に大きな差があることを感じさせられる。


「では、君の対戦相手を呼ぶとしよう。レナくん!」


講師の声に応えて、合格者席の中から、一人の少女がこちらへ駆け寄ってきた。鮮やかな赤毛をポニーテールに揺らし、その瞳は期待に満ちてキラキラと輝いている。華奢で、可憐な見た目の女の子だ。


「もー、待ちくたびれましたよ。対戦予定の人が、こんなに遅れるなんて」


その言葉が、僕のことだと思い、僕はすぐに彼女に頭を下げて謝罪した。

「す、すいません!道に迷ってしまいまして!」

そんな僕を見て、講師は、やれやれといった様子でレナに話しかけた。

「トカット村の子だ。王都は初めてだろうから、無理もないだろう」

「田舎っ子かぁ…まぁ、そういうことにしておくわ。よろしくね。あたしはレナ」

「ぼ、僕はアルスって言います」

「自己紹介はその辺りにして、一応、試験のルールを伝えておこう」


僕は、講師の説明に、真剣に耳を傾けた。

この闘技場の区画には、古代の回復術式が常に張られており、万が一のことがあっても、死んだり、大怪我をすることはないそうだ。

そして、この試験は、勝ち負けを決めるものではなく、あくまで互いの技能を、我々講師陣に見せ合うことを目的とした、実技演習である、と。

勝敗に関係なく、その技能に光るものが見えた者のみが、入学を許されるとのことだ。


「さ、始めましょ。悪いけど、あたしだって夢があるから、手加減できないからね」


レナは、先ほどまでの快活な少女の雰囲気とは打って変わって、まるで獲物を前にした獣のような、獰猛な笑顔を僕に向けていた。

その小さな手のひらの上に、まるで生きているかのように、揺らめく炎が生み出される。

パチパチと火の粉が爆ぜる音が、やけに大きく聞こえた。

背筋が、凍るような思いがした。

これは、村で起きていた、ただの子供の喧嘩なんかじゃない。

これは、本物の才能を持つ者たちが、互いの未来を賭けてぶつかり合う、真剣勝負。…いや、殺し合いだ。

魔術の才能もない、ただの剣士である僕に、一体、何ができるっていうんだ。

もしかしたら、僕は、来る場所を、間違えたのかもしれない…。


僕の恐怖を、さらに煽るように、講師は、淡々と説明を続けた。

「…実戦形式で行う。術式で致命傷は防げるが、痛みは生じる。それを踏まえて、敵わないと思ったら、潔く降参するように」

そう言うと、講師は、僕の肩に、ポン、と軽く手を置いた。

それが、何を意味するのか、すぐに分かった。

「君は、弱い。だから、無理をするな」

という、講師なりの、残酷な優しさだ。


(誰か、僕に力を…僕に、立ち向かう勇気を…)


心が折れかけ、俯きそうになった、その瞬間だった。

観客席にいる、フレデリックと、目が合った。

彼は、僕の不安を見透かしたかのように、優しく、力強く、微笑んでくれた。

そして、その唇が、ゆっくりと動くのが見えた。

(が・ん・ば・れ)


そうだ。

僕は、ここで、僕の新しい居場所を作るんだ。

先生のために。

そして、彼と…フレデリックと、友達になるために。


僕は、自然と、腰に差した、村から持ってきた、ただの古い剣の柄に、そっと手を触れる。

すると、不思議だった。あれほど胸の中で荒れ狂っていた恐怖の嵐が、すぅっと、凪いでいくのが分かった。

心が、静かに、そして冷たく、落ち着いていく。

僕は、ゆっくりと顔を上げ、目の前に立つ、炎を操る天才少女を、真っ直ぐに見据えた。


「鐘が鳴ったら、試合開始です。両者、悔いのないように」


講師の厳かな声が、闘技場に響き渡る。

僕とレナは、互いに向き合う形で、広大な石板の上へと歩を進めた。


「手加減は出来ないけど、最初から致命傷になるような事はしないわよ。お互い、未来があるんだから」

「あ、ありがとう…。でも、レナさんはそれでいいの?もし、僕が最初から本気で行ったら…」

僕の言葉に、レナは、まるで子供の強がりを聞くかのように、不敵に笑った。

「アルス…あなたがどんなスキルを持ってるかは、知らないけど…。ふふっ、その体から溢れる魔素マナの量を見るに、まだまともに魔力も扱えないような、ただの剣士系でしょう?もし、魔剣士としての才覚にでも目覚めてたら怖いけど、今のあなたは、あたしの敵じゃない」


見破られているのか…。

確かに、本物の術師ならば、その身体から、オーラのように魔素が溢れ出すという。

今の僕には、そんなものは、かけらもない。

それでも………僕は、腰にある、古い剣の柄を、強く、強く握りしめた。


「…」

「可哀そうだけど、これが試験だから。恨まないでね」


ゴォン…!

試合の開始を告げる、重く、長い鐘の音が、闘技場に鳴り響いた。


「一発で終わらせてあげる!――フレイム・ボルト!」


鐘の音が鳴り止むのとほぼ同時に、レナは僕に向けて右手をかざし、そこから高速の火の矢を撃ち放った。

空気が焦げる匂いと、灼熱の塊が、一直線に僕の顔面へと迫る。

観客席の誰かが、憐れむように呟くのが聞こえた。

(終わったな)


… …… ………


「――勝手に、終わらせるな」


自然と、口から言葉が漏れていた。

その瞬間、僕の身体は、まるで僕のものではないかのように、勝手に反応していた。

恐怖で固まっていたはずの足が地を蹴り、迫りくる火の矢の軌道を、紙一重で見切る。

そして、抜き放った剣が、まるで最初からそこにあったかのように、的確に、火の矢の核を**「斬り払って」**いた。

ジュッ、という音と共に、僕の顔のすぐ横で、火の矢は霧散する。


レナは、信じられないものを見るかのように、目を丸くして僕を見ている。

「うっそ…。ただの村の素人が、あたしのフレイム・ボルトを…?」

「…」

僕は、答えない。

ただ、まるで獣のように、姿勢を低く、深く、構えた。

その瞳は、もはや、目の前の少女を「敵」としてではなく、ただの「障害物」として、冷たく、静かに、見据えていた。


「…っ!奇跡なんて、そう何度も起こらないのよっ!フレイム・」


レナが、恐怖を振り払うように叫び、二射目の詠唱を始める。

僕は、レナが詠唱を始めた、まさにその瞬間、全力で地を蹴り、一気に距離を詰める。

魔術師は、距離を詰められれば終わり。そんな戦いのセオリーを、僕の身体は、本能で理解していた。

僕の予想外の行動に、レナの顔が驚愕に引きつった。


「――ボルトッ!」


焦りからか、詠唱を短縮して放たれた高速の火の矢。

しかし、僕の身体は、それすらも「予測済み」とでも言うかのように、無表情のまま、剣でいともたやすく切り払った。

その勢いのまま、僕は、完全に無防備になったレナの懐へと、滑り込むように潜り込む。

そして、彼女の、白く、か細い首筋目掛けて、剣を、真横に、振り抜いた。


「…っ!?」


レナは、常人なら反応すらできないであろうその一撃に、天才の名に恥じぬ、驚異的な反射神経で対応した。持っていた魔術の杖を、咄嗟に首の前に突き出し、僕の剣を、かろうじて、受け止めた。

耳をつんざくような甲高い金属音が闘技場に響き渡った。僕の剣と彼女の杖が激しく衝突し、まばゆい火花を散らす。衝撃で、僕の手にした古い剣は限界を超え、澄んだ破壊音と共に、その刀身を砕け散らせた。

僕の一撃の勢いを完全に殺しきれず、レナの華奢な身体は、打ち払われた方向へと、まるで木の葉のように宙に舞った。


レナは、数メートル後方で、かろうじて受け身をとり、すぐに立ち上がった。

「ハァッ!ハァッ!!」

激しく肩で息をしながら、レナは、斬られてもいないはずの、自らの首筋を手で押さえている。

「斬られる」という、死の恐怖が、その心に、焼き付いてしまったのだろう。

だが、その恐怖よりも、彼女の顔には、勝利への確信が浮かんでいた。


「危なかったけど…勝負あり、ね。見てみなさい。その折れた剣で、これ以上、戦えるかしら?」


僕は、自分の手の中にある剣を見た。

確かに、レナの杖と衝突した衝撃で、剣身は、根元から半分ほどの長さで、無残に折れていた。

村から持ってきた、使い古された訓練用の剣だ。ここまで耐えてくれたことに、感謝しなければならない。

でも、大丈夫だ。何も、問題はない。

僕は、ただ冷静に、事実をレナに伝えた。


「――刃は、まだ残ってる。斬るには、それで事足りる」


僕のその言葉に、レナの顔に、再び、純粋な恐怖の色が走るのが見えた。

「…狂ってるっ!」

そう叫び、レナは、震える手で、最後の力を振り絞るように、僕に再度、その手のひらをかざした。

「フレイム・」


僕は、彼女の詠唱が終わるよりも早く、再び距離を詰めるため、全力で疾走し、詰め寄った。


「――バーストッ!」


しかし、今度の魔術は、先ほどの火の矢とは違った。

レナの手のひらから、爆風と灼熱の塊が、至近距離で、僕に向かって、炸裂する。

近接戦闘に持ち込まれた術師が、最後の切り札として放つ、カウンター系の魔術。


「馬鹿ねっ!生身で防ぐなんてっ!」

勝利を確信し、レナが嗤う声が聞こえた。


確かに、常人なら、その爆風で吹き飛ばされ、全身に大火傷を負っていただろう。

咄嗟に、顔面を守るために突き出した左手は、骨が砕け、肉が焼け爛れる、凄まじい衝撃と熱に包まれた。

それでも、僕が止まる理由なんか、どこにもなかった。

左手の指が、何本か、吹き飛んだが、それがどうした。

幼い頃に読んだ、絵本の中の「戦士」は、腕の一本や二本を失っても、決して止まらなかった。

今、ここで、目の前の敵を仕留めないといけないのだから。


僕は、爆風の勢いを殺さず、一歩も引かずに、焼け焦げた左手で、レナの首を、鷲掴みにした。

残っていた親指と人差し指が、彼女の喉に、深く食い込んでいく。


「うごっ!?」


レナは杖を捨て、両手で僕の左手を掴み、必死に引き剥がそうとする。彼女の爪が、僕の焼け爛れた腕に食い込んでいくが、そんな痛みは、もう、感じなかった。


「終わりだ」


僕は、彼女の頭目掛けて、折れた剣を、無慈悲に振りかぶった。

その時だった。

空間がガラスのように砕け散る、甲高い音と共に、僕とレナの間に、金色の閃光が割って入ってきた。

その腕は、僕が振り下ろそうとしていた、剣を握った右手を、力強く掴み上げていた。

そう、割り込んできたのは、フレデリックだった。


「君の勝ちだよ、アルス」


何故か、ひどく、寂しげな表情をする彼の顔が、僕の瞳に映った。


「試合終了っ!!!」


講師の、張り詰めた声が、闘技場に響き渡る。

その瞬間、僕の全身が淡い光に包まれ、凄まじい速度で、身体の修復が始まっていく。焼け爛れたはずの左手も、まるで何もなかったかのように、元の姿に戻っていく。


レナは、その場に、へなへなと座り込んだ。

勝敗が決した安堵からか、あるいは、僕という、理解不能な存在への恐怖からか。

ただ、震えながら、僕の顔を、見つめていた。

右手を掴んでいたフレデリックの手が、そっと離れていく。

それと同時に、僕の頭を支配していた、冷たく、静かな何かが、すぅっと潮が引くように消えていくのを感じた。

代わりに、いつもの、臆病で、不器用な僕が、身体の主導権を取り戻す。

目の前で、か細く震えている、一人の女の子。

僕は、彼女に対して、なんて酷いことをしてしまったんだろう。


「ごめんね、女の子相手に…本気になっちゃって…」

僕は、レナに、咄嗟に謝っていた。

「え、えぇ…。大丈夫よ…大丈夫だから…」

首筋をさすりながら、レナは、まだ少し怯えたような目で、か細く応えた。


講師は、そんな僕たちの様子を確認すると、壇上に上がりながら、感心したような、それでいてどこか探るような目で、僕に話しかけてきた。

「才覚はないが、覚悟はある、とのことだったが…。まさに、その通りだったな、アルスくん」


観客席からも、試合が終わったことで、張り詰めていた緊張の糸が解き放たれたようで、どよめきと、遅れてやってきた歓声があがっていた。

僕は、講師に、ただ、深々と礼を言った。

「ありがとうございます」


その瞬間、足元に転がっていた、折れた剣が視界に入った。

どうやら、この闘技場の回復術式は、武器のような無機物には反応しないようだ…。

(お前も、ありがとうな。ここまで、僕に着いてきてくれて)

僕は、心の中で、相棒だった折れた剣に、そっと礼を言った。


パン、パン、と講師が手を叩く音が響く。

「これにて、本年度の入学試験は、全て終了とする。結果は二時間後、中央掲示板に張り出すため、各自、確認しに来るように」


長かったようで、あっという間だった入学試験も、これで終わり。

その言葉を聞いて、僕の全身から、どっと力が抜けていく。緊張の糸が、完全に切れていくのを感じた。


フレデリックは、そんな僕の様子を、ちゃんと見ていてくれたようだ。

「お疲れ様、アルス。…良かったら、この後、喫茶店で少しお茶でもしないか?」

「嬉しいけど…僕、手持ちのお金が…」

フレデリデリックは、そんな僕の心配を、優しく笑い飛ばした。

「なんだ、そんなことか。大丈夫だよ。今日のところは、私が払うから」


その、気遣いの気持ちが、本当に嬉しかった。

その会話を聞いていたレナが、おずおずと立ち上がり、僕たちに声をかけてきた。


「…あたしも…一緒に行って、いいかな?」


フレデリックは、一瞬、微妙な表情をした。

やはり、友人である僕と、つい先程まで本気で戦っていた子だ。流石の彼でも、快く受け入れるのは、難しいのだろうか。


「あ、あたしはちゃんと、自分の分は自分で払うからっ!」

ここで助け舟を出すのが、男の礼儀というものなんだろう。村では、そんな相手もいなかったけど。

「…いいじゃないか、フレデリック。レナさんも、そう言ってるし…」


フレデリックは、僕の顔をじっと見つめ、やがて、ふっと、仕方なさそうに微笑んだ。

「君がそう言うなら、私が断るわけにはいかないだろう。では、三人で行こうか」


僕らは、他の合格者たちの喧騒を背に、静かに試験会場をあとにした。

結果は、二時間後。

僕は、かすかな期待を胸に、今日出会ったばかりの、不思議な二人と、その時を待つことに決めた。


(第3話 完)

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