表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/20

2話

「――着きましたよ」


がらがらと音を立てていた車輪が止まり、御者のぶっきらぼうな声が、馬車の窓から差し込む光と共に、アルスの意識を現実へと引き戻した。

長い時間、揺られてきた旅路の終わり。


「ありがとうございます…」


アルスは、小さな会釈と共に御者に礼を言うと、なけなしの金から運賃を支払い、馬車を降りた。

目の前に広がるのは、生まれ育ったトカット村とは、何もかもが違う世界。

天を衝くようにそびえる巨大な城壁、ひっきりなしに行き交う人々の波、そして、活気に満ちた喧騒。ここが、王都。

アルスは、新しい景色を、呆然と見上げる。

すると、脳裏に、村での出来事が、走馬灯のように駆け巡った。


(…本当は、あの村で、先生やみんなと一緒に、ずっと暮らしていたかったな…)


もし、僕があの時、グレンの挑発に乗らなければ。

もし、僕の中に、あの「もう一人」がいなければ。

そうすれば、今、この場に、こんな孤独な気持ちで、一人で立っていることなんて、なかったはずなのに。

たらればを繰り返す思考が、アルスの胸を締め付ける。


(だめだ、このままじゃ…折角、僕を信じて送り出してくれた先生に、申し訳ない…)


アルスは、ぶんぶんと頭を振って、感傷を振り払う。

そして、これから始まる新しい生活に向けて、決意を固めた。


とりあえず、推薦状を書いてもらった、魔術学院を探すことにしたアルス。

しかし、街中を見渡しても、それらしき建物は、どこにも見つからない。

村の中なら、教会や広場といった大きな建物は、どこからでも見えたのに。この街は、あまりにも広すぎるのだ。


(街の人に、聞いてみよう)


そう思い、アルスは、道端で果物や干し肉を並べる、威勢のいい露天商に声をかけた。


「す、すいません。少し、道を聞いてもいいですか?」

「…すまねぇな、坊主。客じゃねぇなら、今は手が空いてねぇんだ」


そう言って、露天商は、山積みのリンゴを磨く作業に戻ってしまった。あっさりと突き返されてしまうアルス。


(このままじゃ、入学試験の時間に、間に合わないかもしれない…!)


焦りが、じわじわと胸の奥から込み上げてくる。

アルスは、もう一度、今度は先ほどよりも大きな声で、露天商に食い下がった。


「す、すいません!お願いです!せめて、どこに何があるかを示すような、地図みたいなものはありませんか!?」


必死の形相のアルスに、露天商は、やれやれといった表情で、磨いていたリンゴを置いた。

「…あそこの、広場の噴水が見えるか?あそこにある、でかい看板に、この区画の主な施設の場所が、凡そ書いてあるはずだよ」

「本当ですか!?ありがとうございますっ!」

アルスは、救いの神に出会ったかのように、露天商に深々と頭を下げると、教えられた噴水を目指して、人混みをかき分けながら、必死に駆け出した。


アルスは、人混みをかき分け、ようやくたどり着いた広場の中心で、巨大な案内看板を見上げていた。

そこには、びっしりと、おびただしい数の施設名と地図が描かれている。


「困った…そもそも、今自分がどこにいるのかも、よく分からない…」


村の案内板なら、せいぜい五つか六つの場所しか書かれていなかった。それに比べて、この王都の複雑さは、まるで迷宮だ。地図を見ても、現在地が分からなければ、目的地への道筋も立てられない。

どうしようかと、途方に暮れて俯いていた、その時だった。

頭上から、澄んだ、優しい声が降ってきた。


「…迷子かい?」


僕は、ハッとして振り返った。

「す、すいません!魔術学院という場所を探していて!」

そう言って顔を上げた僕の目に、信じられない光景が飛び込んできた。

そこに立っていたのは、陽光を浴びてキラキラと輝く金の髪、そして、吸い込まれそうなほど澄んだ碧眼を持つ、一人の青年だった。

まるで、幼い頃に先生に読んでもらった、絵本の中から抜け出してきたかのような、気高い姿。


青年は、そんな僕の顔を見て、柔らかく微笑んだ。

「奇遇だね。私も、ちょうどそこに行くところだったんだ。良かったら、一緒に行かないかい?」


僕は、彼の姿を、ただ、ぼーっと見つめていた。

この、ごちゃごちゃとした、埃っぽい王都の広場で、彼がいる場所だけが、まるで違う世界の光景のように、輝いて見えた。


「どうしたんだい?私の顔に、何か付いているかな?」

青年が、不思議そうに首を傾げる。その仕草すら、絵になる。

はっと我に返った僕は、慌ててぶんぶんと首を横に振った。


「すっ!すいません!あまりにも、その…昔読んだ絵本の中の騎士様が、そのまま出てきたようなお姿に見えてっ!」


青年は、僕の言葉に少し驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに、はにかむように微笑んだ。

「そう…それは、光栄だな…。では、行こうか」

青年は、すっと、僕の前に手を差し伸べてきた。

「私はフレデリック。君は?」

「僕は、アルスです!よろしくお願いします!」

「フフッ…よろしく、アルス。さあ、行こうか」


僕は、フレデリックにその手を引かれて、人混みの中を歩き出した。

差し伸べられた彼の手は、温かかった。

村で孤立してから、ずっと一人だった。

同年代の子に、こんな風に、何の偏見もなく、優しくしてもらえたのは、本当に、久しぶりのことだった…。

嬉しくて、少しだけ、泣きそうになった。


魔術学院に向かう途中、僕は、隣を歩く彼の横顔を、盗み見ていた。

喧騒に満ちた王都の雑踏の中を、彼は、まるでそこだけ空気が違うかのように、凛として歩いている。


「その…フレデリックさんは、魔術学院にどのような御用で?」

「入学したくてね。…あと、私のことは呼び捨てで構わないよ。私も、アルスのことはアルスと呼び捨てにするから」

「わ、わかりました!」


フレデリックは、僕の緊張した返事に、くすりと笑うと、不意に立ち止まって、僕の唇にそっと人差し指をあててきた。

「敬語も、禁止」

「…は、はい」

「フフッ…返事は、まぁ及第点かな」


悪戯っぽく笑うフレデリック。その距離の近さと、整いすぎた顔立ちに、心臓が大きく跳ねた。

僕は、ただ、絵になるなぁ…と、その光景に見惚れていた。


「その…フレデリックは、なぜ学院への入学を?」

「…子供の頃からの夢なんだが、笑わずに聞いてほしいんだ………私は、将来、騎士になりたくてね。そのための力が欲しくて、この学院に入学したいんだ」

フレデリックは、少し照れたように、はにかみながら答えた。

その姿は、僕が幼い頃に夢見た、理想の騎士の姿そのものだった。


「なれま…なれるよ、絶対に。フレデデリックなら」

「ありがとう。アルスこそ、どうして入学を希望してるんだい?」


どうして、入学を目指すのか?

僕は、その問いに、すぐに答えられなかった。

明確な夢や希望があったわけじゃない。ただ、そうするしかなかった。

なぜなら…


「…村に、僕の居場所が、なかったんだ…」


降りかかってきた火の粉を、僕はただ、必死で振り払っただけだった。

グレンが諦めるまで、何度も叩き伏せたから?

乱暴者と、村中の人から言われたから?

もう、どうでもよかった。今更、誰かに説明する気にもなれなかった。

ただ、そこには、僕の居場所がなかった。そうとしか、答えようがなかった。


フレデリックは、そんな僕の顔を、寂しげに、痛ましげに見つめた。

「…そうだったのか…。悪いことを、聞いてしまったね」

「い、いや、別に大丈夫だよ。それに、こんな都会に来られたことは、孤児院の先生に感謝しなくちゃいけないし…」


フレデリックの眉間に、わずかに皺が寄るのが見えた。

「…アルス…君…親が…」

「よくある話だよ。食い扶持に困って、赤ん坊の我が子を捨てるなんてさ。特に、田舎の方だとね…」


僕は、事実だけを、感情を乗せずに、淡々と述べた。

そう、この残酷な世界では、別に不思議なことでも何でもないんだ。

孤児院の弟たちだって、みんな、似たような境遇の子ばかりだったから。


「…アルス。学院に入学して、もし、何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってくれ」

「そんな、まだ入学できるかどうかも、分からないのに…」

「出来るさ。…君なら、必ず」


フレデリックは、僕の言葉を遮るように、力強く、そして、どこまでも優しく、そう言ってくれた。

何の根拠もないはずなのに、彼の言葉は、不思議な説得力を持って、僕の心に、温かく染み込んでいった。


僕たちは、その後、言葉少なに行人たちの波をかき分け、ついに目的の場所へとたどり着いた。

目の前には、天を衝くほどの巨大な時計塔を持つ、壮麗な学び舎がそびえ立っている。ここが、魔術学院。僕の新しい人生が、ここから始まる。


入学試験の会場につくと、フレデリックは、残念そうに眉を下げた。

「…私は、別の会場なんだ…アルス。君の健闘を、心から祈っているよ」

「ありがとう…。フレデリックも…。あ、あのさ…もし、僕が入学できたら…その…」


フレデリックは、不思議そうに小首を傾げた。

「なんだい?言ってごらんよ」


その、どこまでも優しい声に、僕は、勇気を振り絞った。

「と、と、とと、友達に、なってくれるかい…?」


言ってしまってから、心臓が、破裂しそうなくらいに鳴り響く。

こんなことを、誰かに自分の口から言うのは、生まれて初めてだった。

ましてや、今日会ったばかりの人に、言うなんて…。

(引かれてしまったかもしれない…。気味悪がられたかもしれない…)

不安に苛まれながら、僕は、恐る恐るフレデリックの顔を見た。


フレデリックは、一瞬、きょとんとした顔で僕を見ていたが、やて、その表情が、春の陽だまりのように、ふわりと綻んだ。


「…私でよければ、喜んで」


フレデリックは、そう言って、もう一度、僕に手を差し伸べてきた。

僕は、その手を、今度は、迷わずに、強く、強く握った。


「ありがとう…!」


別の会場へと向かう、フレデリックの、騎士のように凛とした背中を見送りながら、僕は、一人、静かに決意を固めていた。


ここを…この魔術学院を、僕の、新しい「居場所」にするんだ、と。

先生と、そして、今日できた、たった一人の友達のために。


(第2話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ