表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/20

19話

夜、十九時頃。 街はずれにある住居の一角。


「ふぅ…こんなもんかな」


僕は新しく借りた部屋で、新生活の準備を丁度終えたところだった。


「ま…大して荷物を持ってないから、すぐに終わったのは救いだったかな…」


部屋にあるのは数日分の着替えと、皿などの簡素な調度品だけだ。 つい数ヶ月前まで、その日の食事にありつくのがやっとだった。 余裕のない生活から、必然的に身の回りの荷物は最低限になっていた。


「さて…夕飯はどうしようかな…」


以前は学食で食べていたが、これからはそうもいかない。 仕事があるからといって、節約生活は続けないと。 そんな時だった。突然、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「…え?…フレデリックかな?…はは、ちょっと流石に早すぎるよ~」


たった一人の友人の来客を予測する。僕は戸惑いながらも嬉しさを隠せず、逸る気持ちで扉を開けた。


「…やぁ…」 そこに立っていたのは、フレデリックではなかった。 「セ…セラ…!?な、なんで僕の部屋の場所を…」 いや、なんでってそんなの決まってるじゃないか。 「フレデリックに、聞いたの?」 「フレデリックに聞いた」 …フレデリック。君は女性の扱いをもう少し覚えたほうがいいかもしれない。


「う、うん。そうだよね…。そ、それで一人で来たの?」 「他に誰かいるように見える?」 …うん…そうだね。


「セラ…。もう夜だよ。女性が男の部屋に一人で来ちゃ駄目だって、お母さんに習わなかったのかい…?」 習っていないはずがない。 その立ち振る舞いや上質な服の着こなしから察するに、彼女は相当良い所のお嬢様のはずだ。 とりあえず、彼女の返答に合わせて、なんとか上手に対応して、今日はお帰り頂こう。 だが、セラの返答は僕の予想を遥かに超えるものだった。


「ごめんね。私、そういうの習ってないんだ」


そう言って、彼女は僕の呆気にとられた体の横を、するりと通り抜けて部屋に入り込んだ。


「え…えぇ…」 呆れる僕を他所目に、セラは僕のがらんとした部屋をじろじろと興味深そうに見まわした。


「ふーん…。外観はボロいけど、中は割としっかりとした作りなんだね…」 そうだね。石畳で作られた武骨な部屋だけど、僕は結構気に入ってるんだよ。


「あぁ…それは…どうもありがとう…。それで、今日は僕に何の用なんだい?」 早く用件を聞いて済ませ… 「早く要件を聞いて済ませてしまおう、とでも思ってる?」 「え……」 「アルスって、本当に何を考えてるか分かりやすいんだね。言いたいことがあるなら、はっきりそう言えば?」 …なるほど。これが巷で噂の女性の勘というやつか。すごいな。すごいけど…。


「ホントに、なんで来たの?」 僕はもう取り繕うのをやめて、素直にそう聞いた。 「会いたくなったから」 セラのあまりにも単刀直入な言葉に、僕は言葉を失った。 そうこうしてる間に、セラは僕が次に言おうとしていたであろう言葉を続けた。 「『会いたい相手なら、僕じゃなくて、フレデリックの事だろ…』かな?」 クスクスと楽しそうに笑いながら、彼女は質問してくる。 いや…でも…。 「『でも、僕はもう学院に通ってないから、フレデリックとは毎日会えない。だからセラの思惑とは違う事しかできない』って?」 あぁ…なんでこの子は、僕が言おうとすることがこうも簡単に分かってしまうんだろうか。 僕はもう、頷くしか出来なかった。


「…はぁ…。アルスは、その見た目と違って女性を困らせるのが得意なんだね?」 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、僕に語り掛けてくる彼女。 「確かに私はフレデリックとはよく見知った仲だけど。別に互いに恋愛感情なんてこれっぽっちも持ってないんだよ。…フレデリックにも同じようなこと言われてないの?」 「あ……う、うん、そうだね…。言ってた、かも…」 確かに言っていた。むしろ、ほとんど罵倒に近い勢いで。


…僕は気になった事をそのまま口に出した。 「な、なんかあったの?二人の間で…」 セラは少しだけ考えるような顔をした。 「何かあったか…。そうだね………心の中は案外、似た者同士なのかな?だからあいつの考えてることくらいは手に取るようにわかるんだよ。相手やその場に応じて都合よく『良い人』気取りの王子様を演じてる、ってやつ?」 僕は驚いた。ここまで互いに辛辣な事を言えるものなのか。 「…そんなにお互いの事分かり合ってるなら、逆に相性がいいんじゃないかな…?」


僕の不用意な一言に、セラはニヤリと笑った。 「何が言いたいの?アルス」 そう言いながら、彼女は僕との距離をすっと詰めてきた。 僕は思わず後ずさり、背中が冷たい壁にぶつかる。 セラは僕のすぐ真横の壁にトンと手をつきながら言った。


「私は、君に、会いに来たんだ。フレデリックの事は、今は忘れて欲しいな」


セラの整った顔が僕の目の前にぐっと近づいた。 自分の心臓の音が、うるさいくらいに鳴り響くのを感じていた。 その僕のあまりにも初心な様子を見たセラは、クスクスと楽しそうに笑い、僕からすっと離れた。


「ふふっ…。アルスってやっぱり可愛いよ」 か、可愛いって…。 「そ、それはどうも…」 僕がしどろもどろにそう答えると、セラは僕の手を急に力強く握ってきた。 「さ、夕飯まだでしょ?一緒に、行こ」 「え、えぇ!?ちょ、ちょっとセラ!まだ僕、心の準備が!っていうか、強引っ!」


セラは心の底から楽しそうに僕の手をぐいぐいと引っ張った。 「ほらほら、お店閉まっちゃうよ。急いで、急いで」 僕はもう有無を言えず、そのままセラに手を引かれ、二人で夜の街へと駆け出していった。 その手は、驚くほど温かかった。



セラはアルスを連れて、広場の喧騒から少しだけ離れた、落ち着いた雰囲気の一軒の酒場に来ていた。 木製の扉を開けると、温かいランプの光と、肉料理の香ばしい匂い、そして、客たちの陽気な話し声が、僕らを包み込む。 以前に「フレデリック」としてアルスを連れていった時と同様に、彼は、メニューを前にして、少しだけ、たどたどしく注文をしていた。その、都会に慣れていない初々しい様子を眺めながら、セラは、知らず知らずのうちに、口元に笑みを浮かべていた。 お父様に渋々連れていかれた、息が詰まるような見合いの席とは違う。 何の駆け引きも、遠慮もいらない。ただの友人として、彼と過ごす、この時間。 セラは、そのことに、心の底から、満足していた。


「アルスはさ、鍛冶師になったその先の事とか、何か考えてたりするの?」


探りも何もない、ただの当たり障りのない質問。 相手の仕事の先見性や将来性など、微塵も考えない、こんな、他愛もない会話が出来るのが、セラには、心地よかった。


「え…特にはないかな…。普通に仕事して、普通に生活できれば、僕はそれで、十分だよ」


彼の、素直な答えなのだろう。その、あまりにも欲のない、実直な言葉が、今の私には、少しだけ、眩しく見えた。


「セラは…そういえば、今、どんな仕事してるの?」


…そういえば、そんな設定をしていたな…。 もう会って数ヶ月も経つというのに、この質問は、初めてかもしれない…。 それだけ、私は、彼に、興味を持たれていない、ということか…。 急に、胸の奥が、ちりりと焦げ付くような、苛立ちが湧き上がってくる…。 その苛立ちを悟られまいと、私は、完璧な笑顔を貼り付けながら、答えた。 「どんな仕事してると思う?」


少し、困った顔をする、アルス。 その、無防備な顔に、嗜虐心をそそられてしまう自分を、私は、必死に抑えつけた。


「…うーん…セラみたいな、綺麗な子なら…やっぱり、花屋とか?」


綺麗な子、か…。 確かに、それは、嬉しい。だが、それを、面と向かって、何のてらいもなく言えるあたり、私は、彼にとって、異性としての興味の対象外なのだと、改めて、思い知らされる…。 何故だろう…何故か、胸が、もやつく。


「ふふっ…残念…私の仕事は、配達員よ」


そう答えておけば、日中は配達してるから、という言い訳が立ち、会えなくても、不思議ではないだろう。


「へー…なんか、意外だね」 「そう?」 なんて、当たり障りのない、返答なのだろうか…。


「セラみたいに綺麗な子が、花屋の店員さんなら、きっと、そのお店の売り上げも、上がるだろうに…。勿体ないな」


…正面切って、綺麗、綺麗と連呼する、こいつは、なんなのだ…。 流石の私も、なんだか、恥ずかしくなってくるんだが…。


「それは、どうも…。そういえば、アルスって、どんな女の子が、好みなの?」 やられっぱなしは、性に合わない…。 そう思って、私は、少しだけ、意地悪な気持ちで、聞いてみた。


「ん-…素朴で…家庭的な子、かな?」


…なんだ、その、模範解答は…。 私に、本当の事を、教える気はない、ということなのか…。


「…それって、私とは、真逆ってこと?」 腹いせに、困るような質問をしてしまう…。 …嫌な女に、見えているだろうか…。


「えぇ…別に、そういうわけじゃないよ…。『一緒に家庭を持つなら、そういう人を選びなさい』って、先生が、昔、言ってたから」


家庭…家庭、か。 嫁ぎ先を探してもらっていたのに、自分の我儘で、実家を飛び出してしまった私には、到底、縁のない言葉だな…。 セラは、神妙な顔つきで、考え込んでいた。


「な、なんか、気に障った?」 「え?いや…私は、あんまり、家庭を持つとか、興味なかったからさ…。アルスは、そういうのに、興味あるの?」


アルスは、困るような表情をした。 だが、先程とは打って変わり、どこか、深刻そうな表情だった。 …まずい…地雷を、踏んだか?…話題を、変えないと…


「は、話したくないなら、別に…」


話題を変えようと、焦るセラ。だが、 「いや、別に、話したくない、とかじゃなくて…。僕は、孤児だからさ。その、家庭の温かさとかは、よく分からないんだけど…孤児院の先生が、僕にとっては、親みたいなもんだから…。きっと、僕は、先生みたいな…誰かを、包み込んであげられるような、そんな人に、なりたいんだと思うよ…」


不意に出た、アルスの本音に、私は、どう返したらいいのか、困った…。 「その…なれると…思うよ」


ありきたりな回答しか、出てこなかった…。 しっかりしろ…それでも、あの人の、娘か…


「はは…ありがとう。その言葉だけで、救われるよ」


社交辞令に、社交辞令で返したような、会話だ…。 私は、これが、許せなかった…。


「い、今でも、アルスの、その温かさに、救われてる人は、いると思うんだ…」 何を言ってるんだ…私は…。何が、言いたいんだ…。 「…フレデリックのこと?」


お前は…すぐに、フレデリックの事を、蒸し返す…。


「わ…私だ…」


思わず、反射で、応えてしまった…。 自分の中に、ここまで、嫉妬深い馬鹿が、いるとは思わなかった…。


「え…?セラが?」


きょとんとした顔をする、アルス。 だが、ここで、黙るわけにもいくまい…。


「…キミと話してると、何故か、安心するんだ…」


それは、本心だった。 思わず、恥ずかしさで、顔が俯いてしまう。 アルスも、黙っていた。


「…」


少しの沈黙のあと、アルスは、口を開いた。


「…そう…。僕と話して、そう思ってくれるなら、僕は、嬉しいよ…。なにかあったら、いつでも、訪ねておいで」


アルスは、優しい笑顔で、私に、そう言った。 何かが、胸の奥から、溢れてくる…。


「…アルスが、そう言ってくれるなら…」


つい、照れながら言ってしまったためか、妙な空気感になってしまった。


「そ、そろそろ帰ろうか…。家まで、送っていくよ」 「あ、ありがとう…。でも、途中までで、大丈夫だよ」


アルスは、何かを察したように、答えた。


「そっ、そうだね。うん、そうする」


こういう時の、変にお人好しなアルスには、心底、ありがたいと、思えた。 二人は、酒場を出て、帰り道についた。 その夜。 二人の、心の距離は、ほんの少しだけ、縮まったのであった。


(第19話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ