表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/20

18話

翌日


午後の講義が終わり、多くの生徒たちが、解放感と共に、賑やかな街へと繰り出していく時間。

その喧騒の中で、一つの噂が、まるで熱病のように、ささやかれていた。

アルスが、昨日、この魔術学院を、自主退学した、と。


一般生徒たちの間では、その話題で、持ちきりだった。

あの「狂犬」が野に放たれたのだ、と。

当然の結果だ、と。

これこそが、選ばれた者だけが、在籍を許される、この学院の、あるべき姿なのだ、と。

誰もが、口々に、そう、囁き合っていた。


その、無責任で、心ない噂の全てを、学院の中央広場、そのベンチの端で、一人の赤毛の少女が、ただ、興味なさそうに、聞いていた。

名は、レナ。

アルスと、二度、戦い、そして、二度、完膚なきまでに、敗れてしまった、『“優秀な”魔術師』と、言われている、少女であった。


どうやら、学院内での、公式見解は、こうらしい。

彼女は、アルスに、実力で負けたのではなく、彼の、卑怯な奇策によって、不覚を取っただけなのだ、と。

もし、正面から、正々堂々とぶつかれば、アルスなど、彼女にとっては、取るに足らない存在なのだ、と。


「…なんで、そんなに、あたしを、持ち上げたがるのかしらねぇ…」


確かに、ハッタリも、奇襲も、一切なしの、純粋な殴り合いなら、あたしが負けることはないだろう。

だが、アレは、実戦を想定された、命のやり取りにも等しい訓練だったのだ。

自分より、強いと分かっている、格上の相手に、果たして、真正面から、馬鹿正直に、ぶつかっていく馬鹿が、この世の、どこにいるというのだろうか。

アルスの、あの、友人を盾にする、非情な戦法も。

狂気とも思える行動も。

全てが、彼なりに、必死に、ただ、がむしゃらに、勝ちに、拘った、その、結果だったんだろう。


「…ホントに、ただの、剣士、なのかしらね…あいつ」


確かに、あたしの目には、彼の身体から、魔術の起動も、魔素の大きな流れも、何も、見えなかった。

ただの、剣士…。

だが、対峙した時の、あの、アルスの姿を思い出すと、とても、そうではない、と、何かの警笛が、心の奥で、鳴り響く。


「…呪い…でも、かかってんのかしらね」


いくら、試合で、不死の術式が掛かっているとはいえ。

躊躇なく、ミュウの腕を、斬り落とし。

あまつさえ、それを、動揺を誘うための、道具として、蹴り飛ばし。

そして、あたしのことも、真っ二つにする、あの、狂気とも言える、倫理観の、完全な欠如。

普段の、あの、自信がなさそうな、怯えた子犬のようなアルスからは、到底、想像も、できない。


「…ま、たまには、顔、見にいってやろうかしらね…」


そうだ。

まだ、あたしと、アルスの、決着は、ついていない。

今のところ、まだ、0勝2敗。ただ、それだけの、話だ。

あたしは、ここから、まだまだ、強くなる。

それを、いつか、あいつに、思い知らせてやりたい。

心の中の、ぐちゃぐちゃだった整理が、ついた。

レナは、すっと、ベンチから、立ち上がった。


「さてと…。夕飯でも、食べに、あたしも、出掛けますかね」


あいつは、もう、この学院には、いない。

でも、同じ、この、王都の街に、いるのだ。

きっと、また、どこかで、会える。

その時にでも、あたしの、この、成長した姿を、見せてやろうじゃないか…。

可能であれば…あの、フレデリック様と、共に。


少女は、吹っ切れたような、明るい顔で、夕暮れの、賑やかな街へと、一人、繰り出していった。



フレデリックは、その日の最後の講義が終わると、誰に声をかけるでもなく、早々と自室への道についた。


「あの…フレデリックさん、もし、良かったら、このあと私と一緒に食事でも…」

取り巻きの女子生徒が、勇気を振り絞ってフレデリックに話しかけるも、彼は、その存在にすら気づいていないかのように、一切無視して、ただ、前だけを見て歩き去っていく。


(うっとおしい…)

(なんだ、その、媚びるような眼は。一体、この私に、何を期待している…)


小声だが、絶妙に、耳に届く声で、さっきとは別の女子生徒たちが、ひそひそと話している。

「最近、フレデリックさん、なんだか、暗いよね~」

「あれじゃない?お気に入りの『ペット』が、自主退学したって、噂のやつ」

「えー…。あんなのの、どこがいいのよぉ…。女の子を、平気で斬り飛ばすような、『狂人』じゃないのよ」


(なんなんだ、お前らは…)

フレデリックは、その、あまりにも、下品で、心ない言葉に、思わず、足を止め、彼女たちを、心の底から、蔑むような眼で、睨みつけた。

「…うわっ…こっわ…」

フレデリックは、怯える彼女たちを、汚物でも見るかのように一瞥すると、その場を、足早に去る。

…私は、お前らのような、弱き者を、ただ、見下し、蔑むような、卑劣な連中とは、違う…。

お前らとは…。

お前らとは、違う。

その言葉が、まるで、自分に言い聞かせるかのように、フレデリックの胸の奥で、何度も、反芻していた。



フレデリックは、自室に、まるで、閉じ籠るように入ると、乱暴に、鍵をかけた。

そして、擬態を、解いた…。

重い鎧を、脱ぎ捨てるように、「フレデリック」という、窮屈な仮面を、剥ぎ取る。

その瞬間、彼女の心も、まるで、擬態が解けたかのように、抑えきれない、本当の想いが、溢れ出した。


(…辞めないで、くれないか…?君の、為なんかじゃない…。この、私の、為に。私の、傍に、ただ、いてくれないだろうか…?)


あれは、「フレデリック」が、私の、本当の言葉を、必死に、気高く、変換させて、彼に、伝えた言葉だ。

”あの言葉の、本来の、意味”は…。

(辞めないでよ…。君の為なんかじゃない。ただ、私の為に、私の、傍に、いてよ…)

あの時、アルスの目の前で、この、擬態を解いて。

ただの、「セラ」として、そう、言えば。

アルスも、私の、その、みっともない願いを、聞き届けてくれただろうか…?

「フレデリック」のような、完璧な、理想の人格ではなく。

こんな、不完全で、歪んだ、私の、本当の言葉なら…。


…アルス…


「…っ!!!ふっざけんなよっ!!」


セラは、怒りに任せて、テーブルの上にあった、ガラスのコップを、力任せに、壁に叩きつけた。

コップが、床に衝突し、派手な、甲高い音を立てて、粉々に、砕け散った。


「弱い、お前がっ…!!弱いはずの、お前が、なんでっ!!」

なんでっ!!

「なんで、『フレデリック』の、あの、完璧な言葉が、通じないんだっ!!」

「あいつの言葉が、通じないなら、この、私なんてっ!!!」


セラは、その場に、ずるずると、蹲った。

「私なんてっ…」


『フレデリック』なら、彼の決断を、尊重し、彼の未来を、慮っていただろう…。

…だが、私は、違う。私は、心のどこかで、彼を、見下している…。

あの、「狂犬」と、彼を蔑む、学院の連中と、全く、同じだ…。


「………そうだよ…。私も、『お前ら』と、同じなんだ…」


弱いモノを、庇護しているつもりになって、悦に入り、高みにいる気分になっている、私と、全く、同じで…。

だから、だろうか…。

彼が、私に、少しも、見向きも、しないのは…。

彼が、いつも、見ているのは、「フレデリック」であって、この、私では、ない…。

だから、なのか。

彼の、その、無垢な注目が、欲しくて、欲しくて、たまらない…。

…これは、商家の者として、生まれた、私の、資質、なのだろうか?欲しいものは、何がなんでも、手に入れる…。そして、手に入れたら、飽きるまで、愛でて、飽きたら、捨てる…。まるで、モノのように…。


「…違う…違うよ…。商家だからじゃ、ない…。これが…。この、腐った、性根が…」


…そうだ…。これが、私の、本質だ…。

容姿に恵まれ、家柄にも恵まれ、あまつさえ、才能にも、恵まれてしまった者が。

際限なく、強欲になり、まるで、自分は、天に愛された、特別な存在なのだと、錯覚したものの、哀れな、末路だ…。

それが、ただ、最初は、『可愛い』『子犬みたい』…そんな、庇護欲から始まった感情が、徐々に、

…『無能』『無才』『可哀そう』『私が、護ってあげなきゃ』『騎士である、私が』…

と、歪んでいき。

完全に、見下していたはずの相手から、全く、見向きもされない、この、屈辱…。


「…っ!!」


セラは、蹲りながら、力いっぱい、床を、叩いた。

衝撃と共に、手に、鋭い痛みと、痺れがあったはずだが、今の、彼女には、何も、感じ取れない。


…認めろよ…。

私は、アルスに、惹かれているんだ…。

女の身では、騎士にはなれない。

だから、偽りの『フレデリック』になった、私とは、違い。

彼は、彼自身の、たった一つの、力だけで、欲しいモノを、その手に、掴み取ろうとしている。

その、あまりにも、真っ直ぐな、姿に、惹かれたんだろ…。

恋心、なんていう、綺麗なものは、私には、わからない…。わからないが、これが、『執着』している、ということだけは、痛いほど、わかる…。


セラは、ゆっくりと、立ち上がった。

「…行こう…」

胸元から、アルスから、渡された、あの、住所が書かれた、小さな、紙切れを、見る。


…『フレデリック』は、もう、関係ない…。

本来、彼は、この世に、いない、架空の人物なんだ…。

…私が、演じていただけだ…。

なら、彼の隣に、本当に、相応しいのは、この、私では、ないだろうか…?

…彼が、憧れた、『フレデリック』の、本当の姿は、この、私なのだから…。それなら…。


自分の考えが、錯乱しているのは、重々、承知の上だ…。

だが、それが、今の、私にある、最大限の、行動力に、繋がるのなら。

今は、その、『狂気』に、この身を、委ねるのも、いいだろう…。

茶番は、ここまでだ…。

ここから、この、私と、アルスの、本当の、物語が、始まるんだ…。


彼女は、その胸に秘めた、歪んだ、しかし、純粋な想いを、原動力に、部屋を、駆けだした。

目的は、そう…。

『アルスの、新しい、住処』だ。


(第18話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ