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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
第一部

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17/20

17話


僕は、洗面器に張った冷たい水で顔を洗いながら、これからのことを、考えていた。

セラが、あの鍛冶屋に、僕を訪ねてきてから、三日が経っていた。

あれから、彼女は、一度も、店には来ていない。

…当然じゃないか…

あの子が、僕に会いに来てくれていたのは、飽くまで、フレデリックと仲良くなるための、ただの、口実だったんだ。

本人は、「ただの知人だ」「恋愛感情はない」と、言っていたが。

あの、完璧なフレデリックの容姿と、気高い人柄に、惹かれない人間がいるなんて、僕には、信じられる気がしない。

セラの、あの、切ない恋路を、最後まで、見届けてあげたかったけど。

どうやら、僕の、その役目も、これまでのようだ。

大丈夫だ。彼女は、僕なんかとは違って、強い。

「欲しいものは、自分の力で手に入れる」と、そう、言っていたじゃないか。

なんて、カッコいい事だろうか。

…まさに、フレデリックに、お似合いじゃないか…


さて…。

今日は、久々に、学院の講義がある日だ…。

そして、フレデリックには、伝えなければいけないことが、ある…。


僕は、手短に、部屋を出る準備を済ませると、部屋の隅に立てかけてあった、昨日、ようやく打ち上がったばかりの、新しい剣を、手にする。

闇を溶かし込んだかのような、漆黒の刀身を持つ、片刃の剣…。

親方から、最初に譲っていただいた、あの美しい剣を、一度、溶鉱炉で溶かし、親方の指導の元、僕自身の力で、新たに、生まれ変わらせた、僕だけの、相棒…。


「…お前が、いてくれれば、僕は、もう、何も、怖くない…」


自分で、自分の為に、作った剣だ。

そこには、僕を、決して裏切らないという、絶対的な、信頼があった。


「さぁ…行こうか、相棒」


僕は、その新しい剣を、静かに、腰に差し、自室の扉を開けた。

もう、歓迎されてなどいない、あの教室へ。

そして、たった一人の友への、別れを告げる、ために。



学院の鐘が、午前十一時を告げる音が、ぼんやりと聞こえた。

ようやく、と思えるほどに、長く、退屈な講義が、終わった。

不思議なものだ…。

つい、数ヶ月前までは、あれほど新鮮で、楽しく思えたはずの学院の講義も、今の僕には、その内容の、何一つとして、頭に入ってこない。何の、面白みも、感じない。

先週まで、あれほど、しつこく実技訓練で絡んできた連中も、僕が何度か叩きのめしたうちに、誰一人として、僕に、声をかけてくることはなくなった。

だから、訓練の時間も、ただ、だだっ広い訓練場の、一番端で、一人、黙々と、木刀を振るだけ。


…いいさ。

こんな、孤独な経験は、これが、初めてじゃ、ないんだ。

それに、あの、村にいた頃とは、違う。

今の僕には、「ここではない、別の場所」という、選択肢が、ちゃんと、ある。

鍛冶師を、目指す。

親方の元で、自分の手で、何かを、生み出す。

そんな、新しい、選択肢が。


他の生徒たちが、わいわいと、賑やかに、二限目の講義の準備をするのを、ただ、傍目に、僕は、一人、静かに、教室を出た。

学食は、ちょうど、今、空いたばかりだろう。

普段なら、そこで、簡単な昼食を済ませて、すぐに、親方の元へと、向かうのだが。

今日は、その前に、寄らなければならない場所があった…。

一般生徒である僕には、これまで、全く、縁が無かった、校舎…。

フレデリックたちが、普段、講義を受けているという、特待生用の豪奢な建物へと、僕は、迷うことなく、足を、向けた。



僕は、特待生用の、その、大理石でできた、だだっ広い建物の中で、完全に、迷っていた。

広すぎるのだ、ここは…。

仕方ない…誰かに、声をかけよう…。

あの、悪夢のような実力試験のことは、多くの特待生も、見ていたはずだ。だが、彼らは、一般生徒とは違う。僕のことを、ただの「狂犬」と、決めつけたりはしないはずだ…。

僕は、そう、自分に言い聞かせ、勇気を出して…。

視線の先の、長い廊下から、ゆっくりと出てきた、屈強な体格の男性に、声をかけた。


「あのっ!すいません!!少し、人を探しているのですがっ!!」


屈強そうな男性は、僕の声に、面倒くさそうに、こちらを見た。

「…人探しだぁ?」

なんて、強そうな、圧倒的な雰囲気を放つ人なんだろう…。

フレデリックも、相当なものだが、目の前のこの人は、彼を、さらに、上回るような、そんな、底知れない感覚があった。


「ま、俺が知ってる奴なら、いいけどよ…。で、誰を…ん?」


男は、僕の顔を、まじまじと、見つめてきた…。

「…お前が、探してるのって、もしかして、フレデリックか?」

「え…あっ!はい!そうです!!」

やっぱり、あの実力試験は、目立ち過ぎたんだ…。特待生にまで、僕の顔が、知れ渡っているなんて…。

どこか、居心地の悪さを、感じた。


「…しかし、お前、あの実力試験の時と、雰囲気が、まるで違うな…。あんときは、まるで…」


僕は、一般生の誰かが、僕に投げつけた、あの言葉を、思い出す。

「…狂犬、ですか?」

「お、おぉ!そう、それだ!あんときの、お前は、相手が誰であろうが、見境なく、噛みつくような、そんな、やべぇ雰囲気を、出してたもんなぁ」

「あ、あの…それは、あの時は、僕も、必死だったので…。それよりも、フレデリックがいる場所を、教えてはいただけませんか?」


男は、ニヤリと、何かを企むように、笑った。

…やっぱり、簡単には、教えてくれないんだろうか…。


「いいぜ、教えてやるよ。むしろ、俺が、直々に、案内してやる」


なんという、幸運だろうか…。

「ありがとうございます!…あのっ!」

「…俺は、ゾメス。フレデリックの…まぁ、いわゆる『ライバル』って奴かな」


ゾメスさん…。

やっぱり、フレデリックは、僕がいなくても、ちゃんと、新しい友人が、出来てきてるんだ…。

少しだけ、羨ましい…。


「ありがとうございます!ゾメスさん!」

「いいってことよ。なんつっても、あのお堅い、王子様が、ずーっと、気にかけてる『お気に入り』なんだからなっ!」

「お気に入りって…そんな、僕は…」


ゾメスさんは、ニヤニヤと、意地の悪い笑みを、僕に向けた。

「ま、あいつが、この校舎で、普段、どんな澄ました顔をしてるか、お前の目で見れば、きっと、その意味も、わかるぜ…。お前の顔を見た、あいつの反応が、今から、楽しみで、仕方ねぇぜ…」


…この人は、フレデリックの、友人…では、ないのかもしれない…。

うん…。本人が、はっきりと、「ライバル」って、言っていたし…。

僕は、少しだけ、不安な気持ちを抱えながら、ゾメスさんの、その、大きな背中の後を、ついていくしかなかった。


ゾメスさんは、複雑な校舎の中を、迷うことなく、ずんずんと先導してくれた。

そして、ある一つの教室の前で、ぴたりと足を止める。

「ほら…着いたぜ。講義も、あと少しで終わるだろうから、ここで待ってな」

「はいっ!」


そう言われ、僕は、教室の扉の横で、講義が終わるのを、静かに待つことにした。

だが、先程、ゾメスさんに言われた、フレデリックの「澄まし顔」という言葉が、どうしても気になってしまい、僕は、そっと、扉の、小さな窓から、中の様子を、覗いてみることにした。

フレデリックは、教室の一番後ろの、窓際の席に、一人で、座っていた。

腕を組み、ただ、淡々と、正面の教師の話に、耳を傾けているようだった。

ただ、なんだろう…。

普段、僕の目の前で見せてくれるような、

あの、優しくて愛想の良いフレデリックの姿は、そこには、なかった。

周りの、彼に憧れの視線を送る女子生徒たちとも、まるで、見えない壁があるかのように、少し、距離を置いているようで…。


なんだろう…。どこか…。

「浮いてんだろ?あいつ」

僕が、心の中で、まさに思っていた事を、隣のゾメスさんが、こともなげに、口にした。

「え、えぇ…なんでしょう?もしかして、機嫌が、悪いんでしょうか?」

ゾメスさんは、やれやれ、と、肩をすくめた。

「いやぁ、あいつの、普段の態度は、あんなもんだよ。初対面の相手には、そりゃ、愛想はいいがな。少しでも、距離を詰めていこうものなら、急に、氷みたいに、冷淡になっちまう。で、ついた渾名あだなが、その見た目も揶揄して、『氷の王子様』ってわけだ。…これで、分かったろ?お前が、あいつの、特別な『お気に入り』だって、意味が」


心底、意外だった。

誰にでも優しく、完璧に見えたフレデリック。彼にも、あんな風に、人を選り好みするような一面があるなんて。

そして、僕が、その「特別」なのだという事実。

そのことに、僕の心は、大きな戸惑いと、ほんの少しだけの、小さな嬉しさで、複雑に揺れていた。


僕は、ゾメスさんと共に、フレデリックが教室から出てくるのを、静かに待った。

少しして、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。教室の扉が開き、フレデリックが、一人、姿を現した。


「やぁ、フレデリック」

僕は、できるだけ、普段通りを装って、彼に声をかけた。

「アルス…。と…ゾメスか。なぜ、君が、アルスと共にいるんだ」

フレデリックの声のトーンは、僕が知っているものよりも、明らかに、一段、低い。

その瞳は、まるで、絶対零度の氷のように、冷たい光を放ちながら、ゾメスさんを、真っ直ぐに、射抜いていた。

こんな、冷え切った瞳で、他人を見ることなんて、あるんだな…。本当に、意外だった。


「お前が、ずーっと気にかけてる、お気に入りくんがな。『お前に、どうしても、どうしても、会いたくて、会いたくて、たまらないっ!』って、俺に、涙ながらに、ねだるもんだからよ。その、あまりにも熱い、お願いに、この俺が、仕方なく、折れてやって、ここまで、連れてきてやったってわけさ。………感謝、しろよ?」


ゾメスさんは、ニヤニヤと、明らかに、この状況を面白がりながら、冗談交じりに、そう、説明した。

…さすがに、ちょっと、盛り過ぎだよ、ゾメスさん…。


「…そうなのかい?アルス」

フレデリックは、その、氷のような表情を、一瞬で、いつもの、穏やかなものに戻すと、少しだけ、驚いたような顔をして、僕を、見つめてきた。

「あ…うん。流石に、そこまで、情熱的なお願いは、してないけど…。でも、実際に、フレデリックに会って、話がしたかったのは、間違いないよ」

「…そうか。…それなら、二人きりになれる場所で、ゆっくりと、話そう」

フレデリックは、僕の言葉に、間髪入れずに、そう、答えてきた。


「…おいおい、『話したい』っつってる奴に対して、いきなり、『二人きりで、話さないか…?アルス』ってのは、流石に、どうかと思うぜ、王子様…。周りの、お姫様方が、勘違いしちまうだろ」


…うん…。確かに…。

遠くで、こちらの様子を、伺っていたらしい、フレデリックと同じ、特待生組の、華やかな女性陣も、そのやり取りに、動揺を、隠せていないようだった。


「え…フレデリックさんって…もしかして、そういう、ご趣味…?」

「いや、いやいやいやいや…でも、相手、あの…」

「…割と、あり、かもしれない…」

「あの、『狂犬』くんでしょ…?つまり、フレデリック様の…ペット、的な?」

「やだっ!禁断の、主従関係!?」


こちらに、聞こえないようで、絶妙に、聞こえる声量で、そんな、とんでもない会話を繰り広げている、女性陣…。

ほんとに、女性は、どうして、そういう話が、好きなんだろうか…。


しかし、フレデリックは、そんな周りの喧騒など、全く、意に介さない様子で、ただ、真顔で、僕に、聞いてきた。

「…大事な話、なんだろう?アルス」

…本当に、彼は、いつも、鋭いな…。

この男の前では、僕は、隠し事を、出来る気がしない。


「まぁ…ね。他の人には、できれば、聞かれたくない、話かな」

フレデリデリックは、その言葉を聞くと、一度、ゾメスの方を、ちらりと見遣り、そして、まだ、聞き耳を立てている、女性陣にも、聞こえるように、はっきりと、言った。


「そういうことだ。悪いが、邪魔しないで、いただこうか」


そうして、フレデリックは、僕の肩を、そっと、掴むと、有無を言わさず、僕を、廊下の、奥へと、連れて行った。

その手は、いつもと同じように、温かかった。



連れていかれた先は、特待生用の校舎の中でも、特に、人気のない一角。

今はもう、ほとんど使われていないという、古い資料室だった。

埃っぽい空気と、古い紙の匂いが、鼻をつく。


「ここなら、もう、誰の目も、耳も、気にすることなく、話せることだろう。…アルス。それで、君の、大事な話とは、一体、なんだい?」


フレデリックは、僕から、ゆっくりと手を離すと、その真剣な眼差しで、僕の心を、射抜くように、見つめてくる。

僕は、勇気を、振り絞った。

これから、僕が口にする言葉が、この、たった一人の友人との、最後の会話になるかもしれないのだから。


「あ、あぁ…。その…僕さ…。知っての通り、魔術の適性も、ほとんど、ない。この学院で、僕が学べる事って、精々、基礎的な剣術くらいしか、ない、っていう状況で…。それで…」

「…それで?」


僕は、意を決した。

「辞めようと、思うんだ…。この、魔術学院を」


フレデリックは、これまで、僕が、一度も、見たことがないような、表情をした。

怒りなのか、寂しさなのか、あるいは、落胆なのか…。

いや、違う。その、全ての感情が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、そんな、痛々しい、表情だった。


「…そうか…」


…あぁ…。

たぶん、これで、僕たちの、短い友情は、終わりなんだろう…。

片や、騎士になるという、大きな夢を追いかけるフレデリック。

片や、その夢を、一度は、諦め…。

いや、違うな。もっと、性質が悪い…。

片や、この学院に対して、もう、夢も、希望も、何も、持てなくなってしまった、僕。

そんな、あまりにも、違いすぎる二人だ…。

出会いが、間違いだったんだ。

いずれ、こうやって、別れる運命だったんだろう…。


そんなことを、考えている時だった。

フレデリックは、何かを、こらえるように、ゆっくりと、口を開いた。


「…アルス。…私が、なんて言えば、君は、ここに、残ってくれるんだ?」

…一体、何を…。

「…何を、言ってるんだ…?フレデリック…?」

完璧な、騎士様。

誰よりも、強く、気高い、僕の友人。

そう、思えていた彼が、今は、なぜか、ひどく、か細く、小さく、見えた。


「…何度でも、言おう。…私が、なんて言えば、君は、思い止まってくれるんだ?…私に、何を、望むんだ?」

「…い、言ってる意味が、わからないよ…」

フレデリックが、僕に、ただ、「辞めるな」と、そう、言えば。

僕が、その一言で、この決意を、簡単に翻すとでも、思っているのか?

それで、私に、何を望む?

対価を、払うとでも、言うのか?

彼の、その、必死な言葉の、本当の真意が、僕には、全く、見えなかった…。

ただ、彼の、その、見たこともない、追い詰められたような表情が、僕の胸を、強く、締め付けていた。


「………私と共に、歩まないか?君の、その才能を、私なら、きっと、引き出す事が…出来ると思うんだ」


その言葉を、聞いた瞬間に。

僕の中で、何かが、音を立てて、深く、深く、沈んでいき、僕は、自然と、地面に、視線を落としていた。


(才能…?)

(僕が、あれほどまでに、血の滲むような努力をしても、決して、引き出すことができなかった、いや、そもそも、僕の内には、存在すらしなかった、その「才能」を…)

(『他人』である、君が、一体、何を、どうやって、引き出そうと、言うんだ…?)

(君は、特待生で、しかも、セラと同じ、最強の「魔剣士」で…。そんな、生まれた時から、全てを与えられ、選ばれた存在である、君に…)

(…僕の、この、四年間にも及ぶ、孤独や、苦労の、一体、何が、わかるっていうんだ…)


僕は、生まれて初めて、目の前にいる、この、完璧な友人、フレデリックに対して、どす黒い、憎悪の感情が、芽生えるのを、感じていた。

何を、彼に、言えばいいんだ…。

何を…。

そう、思いながら、僕は、ゆっくりと、彼の顔を、見上げた。

…僕は、何か、とんでもない、勘違いを、していたのかもしれない…。

そこにいたのは、僕が知っている、あの、完璧な騎士の顔ではなかった。

今にも、プレッシャーに、押しつぶされてしまいそうな、ただ、不安に、震えている、一人の、少年の顔が、そこには、あった。


「…フレデリック…?」


彼は…本当に、僕の知る、あの、フレデリックなのだろうか…。

誰よりも、気品があり、崇高で、そして、気高い、あの、彼、なのだろうか…。

その時だった。

フレデリックの、震える唇から、か細い、言葉が、漏れた。


「…辞めないで、くれないか…?君の、為なんかじゃない…。この、私の、為に。私の、傍に、ただ、いてくれないだろうか…?」


その、あまりにも、弱々しく、そして、あまりにも、切実な、言葉を聞いた瞬間に。

僕の中に、渦巻いていた、醜い憎悪や、妬みの感情が、すぅっと、まるで、嘘だったかのように、消えていった…。


(あぁ…こんな、完璧に見える人でも、僕と、同じように、悩むことが、あるのか…)

でも…僕の、答えは、もう…。


「…ごめんよ、フレデリック。…僕の、答えは、もう、出てるんだ…」


僕は、フレデリックの、その、縋るような瞳を、真っ直ぐに、見つめ返して、そう、答えた。


「…だめ…なのか?…どうしても…?」


悲しみと、怒りと…そして、どうしようもない、寂しさが、ぐちゃぐちゃに混じったような顔をする、フレデリック。

僕は、彼の、そんな、見たこともない、痛々しい顔を見て、自分の、胸が、きりきりと、痛くなった。


「…フレデリック…。君は、優秀だ。僕から見たら、眩しすぎるくらい、優秀な人だ…。だから、僕なんかと、これ以上、関わっちゃいけないんだ…。この学院の、在り方が、僕は、この数ヶ月で、よく、分かった。その人に、あった、身の丈にあった、立ち振る舞いってものが、あるんだってことを…」

「アルス…。君を、馬鹿にしている奴らが、いるのは、知っている…。君が、それで、苦しむというのなら、そんな奴らは、この私が、今すぐに、全員…っ!」

「だめだよ、フレデリック…。君は、僕が、初めて会った時に、『憧れた人』の、そのままで、在り続けてくれ…。みんなが、『憧れる、完璧なフレデリック』で、いてくれよ…」


「~~~~~っ!!」


僕の、その、あまりにも、残酷な言葉に、フレデリックは、その、抑えきれない感情のまま、思い切り、資料室の、硬い壁を、殴りつけた。

壁に、蜘蛛の巣のような、大きな亀裂が、走る。


「…なら、私は、これから、どうしたらいい?君という、唯一の、親友を失って、この、息の詰まる学院で、ただ、完璧な、ピエロを、演じ続けろと。君は、そう、言いたいのか?」


フレデリックの、僕を見つめる瞳は、もはや、殺意が、混じっているのではないかと、思うほどに、冷たく、そして、鋭かった。


(…ここで、僕が、怯えたら…。もう、彼とは、本当の意味で、友人では、いられなくなるな…)


僕は、ゆっくりと、腰にある、相棒の、剣の柄を、強く、握りしめた。

「…誰が、親友を、失うって?」


「!?」

フレデリックは、僕の、その、意外な言葉に、驚愕の顔をした。

まるで、「私たちは、もう、親友じゃないのか?」とでも、そう、言いたいとばかりに。


「別に、僕は、死ぬわけじゃない。ただ、居場所を、ここから、鍛冶屋に、移すだけさ。…それに、僕だって、フレデリックとは、これからも、ずっと、友人で、在り続けたいと、思ってる。…まぁ、学院を去るって聞いたら、君に、愛想を、尽かされるんじゃないかって、少しだけ、思ってたけどね」

「…私を、一体、なんだと、思っていたんだ…。…だが、君は…それでも、ここを、去るんだろう?」

「うん。…それは、本当に、ごめん。だからさ…」


僕は、ポケットから切れ端を一枚取り出すと、そこに僕の部屋の新しい場所を書き留めた。

「もし、君が、良ければ。たまに、僕のところに、遊びに、来てくれないか?」

僕は、その紙切れを、彼に、そっと、手渡す。

「………君の、新しい、部屋かい?」

「そうだよ。在学中、結局、フレデリックは、僕の部屋に、一度も、遊びに来てくれなかっただろ?だから、今度こそさ」

「そうか…。そう…だな。…うん。ぜひ、行かせてもらうと、するよ」

「うん…」


フレデリックは、僕から渡された、その、小さな紙切れを、まるで、宝物のように、大事に、懐に、仕舞い込んだ。

「…アルス…。その事、セラには、もう、伝えてあるのか?」

「あ…うん。こないだ、鍛冶屋で、ちょっと会ってね。一応、伝えておいたよ。…あ、そうだ。フレデリックも、セラの事、もっと、大事にしてあげなよ?」

「…なぜ、私が、彼女のことを?」

「だって、セラ、君の話を聞くときに、いつも、すごく、楽しそうなんだ。たぶん、君の事が、本当に、好きなんだと思うよ。それに、すごく、良い子だしさ」

「…良い子、か…」

なぜだろう。フレデリックが、少しだけ、遠い目を、しているような…。


「私は、ああいう、腹の底が見えない女性は、あまり、好きではないんだ…。誰かの前で、その時々で、自分を、取り繕って。まるで、自分は、あたかも、『良い人』です、とでも、言いたいばかりに、虚勢を張る、セラのような女が…」


… ……これは、セラ…。君の、恋路は、ちょっと、前途多難、かもしれないな…。


「そ、それは、きっと、好きな人の前では、カッコつけたいってことだよ。ほら、レナも、そんなこと、言ってたし」

「…彼女か…。セラに比べたら、レナの方が、まだ、幾分、可愛げも、あろうよ。…むしろ、アルスは、セラの事を、どう、思っているんだ…?」

なんだか、フレデリックの、セラに対する印象が、すこぶる、悪い…。

一体、何をやらかしたんだ、セラは…。


「どうって…。まぁ、綺麗な子だな、くらいしか…」

「…綺麗な子、か…。容姿、だけには、恵まれているからな、彼女は…」

「フ、フレデリック、どうしたのさ…。なんだか、らしくないよ」

「…すまない。…明日から、この学院に、君が、いないと思うと、少し…ね」

「…いや、だから、今生の別れじゃ、ないんだからさ…。ほんと、いつでも、会いにきてよ」

「…あぁ。…そういえば、君の、その、新しい部屋の場所は、セラには、伝えてあるのか?」

…フレデリックは、その、完璧な見た目によらず、紳士さが、少しだけ、足りないのかもしれない…。


「女の子に、いきなり、『僕の、新しい部屋に、遊びにおいでよ』なんて、軽々しく、言えるわけ、ないじゃないか…」

「…ふふっ、君らしいな。…わかった。君の、その部屋の場所は、私の方から、彼女に、上手く、伝えておくよ」

流石に、女の子一人で、僕の、殺風景な部屋に、遊びに来られても、困るかもしれないしな…。


「え、えぇ…。わ、わかったよ。…あ、でも、その時は、フレデリックも、一緒に、同行してね…」

「…考えておこう」

「え~~~」


僕は、その後、もう少しだけ、フレデリックと、他愛もない話をし、資料室を、あとにした。

…よし。

理事長室に行って、退学のこと、ちゃんと、伝えよう…。

フレデリックとの、友情に、亀裂が、入らなかったことに、僕は、心の底から、安堵し、少しだけ、軽い足取りで、その、重い扉へと、向かうのだった。


(第17話 完)

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