15話
あの、壮絶な実力試験から、一ヶ月が経っていた。
あれから、僕の、学院内での立ち位置は、色々と、そして劇的に、変わっていった。
生徒の皆から僕に向けられる視線は、今までは、まるで、道端の小石でも見るかのような、無関心なものだった。
だが、今では、明らかに、危険な生物を見るかのような…。
まるで、噂で聞く、冷酷非道な魔人族を、その目で直接、見てしまったかのような、恐怖と、侮蔑が入り混じった、鋭い眼つきに、変わっていった。
…そこから、まるで、自分こそが正義の味方だとでも、勘違いしているのか。模擬戦の授業では、何度か、
「狂犬!お前が成した悪行は、今日俺が討ち取ってやる!」
と、大義名分を掲げて、勝負を挑んでくる人たちがいた。
ただ…
彼らの放つ魔術は、あの日のレナと比べれば、弾速も、威力も、何もかもが、比べ物にならないほど、稚拙だった。
僕には、それらが、これといった脅威には、ほとんど、感じられなかった。
皮肉なことに、彼らの挑戦は、ただ、あの日のレナが、どれほどまでに優秀で、強かったのかを、改めて、証明するようなものだった。
僕は、そんな、取るに足らない挑戦を、挑まれるたびに、ただ、黙って、木刀で彼らを軽く打ちのめし、勝負は、ついていた。
…あぁ…嫌だな…。
村での、あの、忌まわしい出来事を、思い出す。
これじゃぁ、あの村での、僕とグレンたちの関係と、全く、同じじゃないか…。
僕に、試験で腕を斬り落とされた、ミュウさんと言えば。
「…こんにちわ」
廊下ですれ違った時に、なんとなく、気まずくて、挨拶をしてみたのだが。
「ひっ…!こ、こ、こんにちわっ!」
やはり、あの日の試験が、彼女の中で、大きなトラウマになってしまったのだろうか…。
僕を見るたびに、その顔が、恐怖で引き攣った、痛々しい笑顔になっている。
そして、レナとは…。
「よっ、アルス。今日も、あんた、湿気た顔してるわねぇ…。大丈夫?ちゃんと、ご飯、食べてる?」
流石の、メンタル強者。
あの、壮絶な試合は、幸い、彼女の中では、トラウマには、なっていないようだ。
「うん、食べてるよ。僕なんかよりも、ミュウさんの方が、心配だよ…」
レナは、僕の言葉に、からりと、軽く笑った。
「あはは…。気にしなくていいわよ。あいつも、これで、実戦の、本当の危険性が、身に染みたんじゃない?…ま、それは、あたしも、だけどね」
強いな…。
彼女は、以前と、何も変わらない、普段通りの、少しだけ素っ気ない態度で、僕に接してくれる。
ただ、今でこそ、こうして、普通に話せているが、彼女の周りの環境は、あの日を境に、大きく変化していた。
当然だ。
試合の後、レナは、一週間もの間、意識を取り戻さなかったのだ。
講師の話では、あまりの衝撃に、魂が、肉体から一時的に離れてしまい、その定着に、時間がかかった、とかで。
当然、その間、僕は、学園中の生徒たちから、白い目で見られ続けた。
「殺人者」
「狂人」
「変質者」
その言い方は、様々だったが、僕は、同級生を、情け容赦なく、斬り殺した者として、ある意味、学院中に、その悪名を、馳せていたのだった。
日に日に、僕の、この学院での居場所が、また、静かに、消えていく。
そんな、確かな感覚が、そこには、あった。
そんな中で、唯一、変わらないものと言えば、フレデリックと、僕の関係性、だろうか。
彼は、僕を取り巻く、冷たい空気など、まるで意に介さない様子で、相変わらず、太陽のような、屈託のない態度で、僕に、接してくれている。
それが、心の底から、ありがたいものであったが、同時に、どうしようもなく、心苦しいものでもあった。
「嫌だわ…。フレデリック様ったら…あんな、狂犬みたいな子に、まだ、情けをかけてあげるだなんて…」
そんな、悪意に満ちた声が、僕たちが、廊下を並んで歩いていると、どこからともなく、聞こえてくる。
「…気にしなくていい、アルス。私の友人は、この私が決める。ただ、それだけの、簡単なことだよ」
そう言って、フレデリックは、変わりない、いや、むしろ、今まで以上に、親身になって、僕に、寄り添ってくれていた。
僕には、それが…あまりにも、申し訳なくて、胸が、痛かった。
(フレデリック…君は、将来、国を守る、立派な騎士を、目指しているんだろう?)
(セラは、どうするんだ?あんなに、良い子が、君のことを、慕ってくれているというのに)
(僕なんかに関わって、君まで、汚名を着るべきなんかじゃ、ないんだ)
(君は、僕なんかとは違う。もっと、光の当たる、高い場所に、いないといけない、そういう人なんだ)
そう、思ううちに、僕は、徐々に、フレデリックと、会う時間を、避けるようになっていった。
学食で、彼が来る時間帯を、わざと、ずらしたり。
彼が、特待生の授業を受けている時間を狙って、図書室に籠ったり。
そして、いつしか、僕は、学院の授業そのものに、出なくなり、代わりに、親方の元で、ただ、ひたすらに、鍛冶師としての仕事に、打ち込んでいった。
それが、今の僕にできる、唯一の、彼への、誠意の示し方だと、そう、信じて。
「アルス、おめぇ、最近ずっと、俺の仕事を手伝ってくれるのは、ありがてぇが…学院の方は、どうしたんだ?」
ついに、親方が、僕のその、不自然な生活に気づき、それとなく、心配そうに、声を掛けてくれた。
「あはは…。やっぱり、魔術適性がない僕だと、どうしても、授業についていけなくて…。あと、特に、この学院を出て、剣士の特性を活かすような仕事に就くつもりも、最初からなかったので…。むしろ、僕は、鍛冶師として、ここで、生きていきたい。今は、本気で、そう思えるんです」
それは、取り繕った嘘などではない。
僕の、心の底からの、本音だった。
(誰が、好きで、人を斬って、楽しいものか。僕は、狂人じゃない)
(ただ、僕に、振りかかってきた火の粉を、必死で、払いのけてきただけに、過ぎないんだ)
僕が、本当に、欲しかったのは、ただ、僕という存在を、静かに、受け入れてくれる、「居場所」、そのものなのだ。
「…ふむ…そうかい。お前さんが、そう思うんなら、別に、俺は止めねぇよ。ま、あと五年も修行すりゃ、おめえも、人様に見せられるくらいの剣は、打てるようになるはずだ。ま、それまでは…」
親方は、作業台の上に置いてあった、僕が練習で作った短剣を、無造作に持ち上げて、ニカっと、豪快に笑って、言った。
「とりあえず、この短剣やら、包丁やらを、どんどん作っていけばいいさ。どんな、面白い製法を思いついたのかは知らねぇが、お前の作る、この短剣は、客の間で、特に、人気なんだぜ。『どんなに乱暴に扱っても、刃こぼれ一つしねぇ』ってな」
それを聞いた僕は、久しぶりに、心の底から、嬉しくなった。
「ほんとですか!?ありがとうございます!実は、学院の図書室で、偶然、古い時代の製造法を示した書物を見つけまして、そこから、ヒントを見つけて、何度も、何度も、焼き入れして作ったのが、その短剣なんですっ!」
親方は、その言葉に、鋭い、商人のような目つきになった。
「ほほう…そいつは、面白い。よし、その製法、俺にも教えろ。…その、代わりと言っちゃぁなんだが…お前、そろそろ、自分の、本物の剣を、打ってみねぇか?」
「え?…僕の、ですか?でも、僕には、親方から譲っていただいた、あの剣がありますし…」
親方は、僕が普段、腰に差している剣の、その柄を、ちらりと見た。
「…その剣は、最初にお前に渡した時から、言った通り、ただの、俺の『習作』だ。実戦で使うようには、精巧に作っちゃいねぇ。ただ、よく切れて、見た目が綺麗なだけの剣だ。言ってしまえば、金持ちの家の、お飾り用の剣と、同じようなもんだよ。だからな、いつ、ボキっと、いっちまわねぇか、内心、心配でならなかったんだよ」
僕は、自分の、唯一の相棒を、改めて、見つめた。
「そ、そうなんですか…。全然、気づきませんでした…。たまに、研いであげれば、大丈夫かと…」
親方は、どこか、渋い顔をした。
「…それにな、そいつは、元々、人を斬るようには、打ったわけじゃ、ねぇんだよ。…アルス。お前、それで、人を、斬ったろ?」
僕は、心臓が、喉から飛び出すかのように、大きく跳ねるのが聞こえた。
「…し…試験、で…」
「…だろうな。…じゃねぇと、そいつの刃が、そんなに、鈍るはずは、ねぇ…。その辺の、魔術防壁も張れないような、家畜の、豚か何かを、何匹斬ったところで、どうってことは、ないがな。…魔術適性がある、人間なんかの、防御術式の上から、ぶち抜くような、無茶な斬り方をしたんじゃ…あと、もう一人、斬れるか、斬れねぇかって、とこだろうよ」
この人は、ただ、この剣の、刃の状態を見るだけで、僕が、あの学院で、何を、しでかしたのか、全て、分かってしまうんだな…。
「…そうだったんですか…。あの、親方…僕は、別に、好きで、人を斬ったわけじゃ…」
僕は、思わず、弁明の言葉を、口走っていた。
この人からだけは、軽蔑の視線を、向けられたくなかったからだ。
「…はっ、何を、今更、言い出すかと思えば。お前ぇ、余計な心配、してんじゃねぇよ。もともと、あの魔術学院っつうのは、国の、軍人を生み出すための施設だ。そこで、血なまぐさい事の一つや二つ、してんのなんて、ずーっと、昔っからの、当たり前の話だよ」
親方は、全てを、見通したような、それでいて、どこまでも、温かい瞳で、僕を、見つめてくれた。
その、一言に、僕は、これまでの、全ての苦しみが、救われたような気持ちになり、自然と、視界が、涙で、歪んでいた。
「…おいおい、男が、そんな、くだらねぇことで、泣くんじゃねぇよ。お前が、何をしでかしたかなんて、俺は、いちいち、聞かねぇからよ」
「ま、俺に、出来る事といえば、こうやって、剣を打つことくらいしか、ねぇんだ。…どうだ?お前に、渡した、その剣。一度、溶鉱炉で溶かして、お前の手で、一から、錬成し直して、打ち直してみる、ってのは。特別に、この俺が、手伝ってやるよ」
親方が、ニッと、最高の笑顔で、僕に、そう、言ってくれた…。
僕が、ずっと、探し求めていた、本当の「居場所」は、あの、華やかな学院ではなく、本当は、ここだったのかもしれない…。
「ありがとうございます!!よろしくお願いしますっ!!!」
「へっ、ちったぁ、元気、出たようだな。んじゃぁ、とっとと、始めるか!」
そう言って、親方と僕は、
僕だけの、僕が、これから、振るうための、新しい、相棒を作るために、二人で、炉へと、向かって、歩き出した。
その、まるで、本物の親子のように、温かく、そして、楽しそうな後ろ姿を、私は、店の外の、暗い物陰から、ただ、静かに、盗み見ていた。
(なんで…)
(なんで、私には、何も、相談してくれないんだ…)
(別に、「フレデリック」に、相談してくれたって、良いじゃないか…)
君を、一番、近くで見ていたのは、この、私だ。
君が、この街で、たった一人で、途方に暮れていた時に、一番初めに、その手を、拾い上げたのは、この、私なんだっ!
あの頃の、可愛かった、傷ついた子犬みたいだった、君を、見つけ出したのは、この、私だったはずなのにっ!
…それが、どうして、こうなったんだ…。
今じゃ、君は、もう、あの頃の、子犬みたいな、無防備な目で、私を、見てくれない。
私…いや、「フレデリック」か。
「あいつ」に、心配をかけさせまいと…馬鹿みたいに、強がって…。
弱いくせに…
弱いくせに…
弱いくせに、気ばっかり遣ってっ!
私がっ!私が、目指した「フレデリック」は、絵本の中の、あの、完璧な騎士なんだっ!!
どんな弱者でも、どんな窮地からでも、必ず、救い出してくれる、完璧な、英雄なんだっ!!
アルス一人、救えないで。
彼の、本当の苦しみに、気づいてやれないで。
何が、完璧な騎士だっ!
笑わせるなっ!
私は、自分自身の、その、あまりの不甲斐なさに、悔しくて、悔しくて、ただ、地面を、見つめていた。
ぽつり、と、地面に、赤い染みができた。
それで、私は、初めて、気づいた。
自分が、必死に、嗚咽を、声を出さないように、強く、強く、歯を食いしばり、そのせいで、唇の端が切れて、血が、流れていたことに。
その、鉄の味で、私は、少しだけ、冷静になった…。
それと同時に、自分の、心のうちに渦巻く、醜い欲に、気づいてしまった。
フレデリックみたいに、なりたい、という、歪んだ願望。
未だに、決して、手に入らない、アルスの、心を、求める、醜い独占欲。
…一度、帰って、シャワーでも浴びて、落ち着こう…。
今の私は、到底、アルスに、見せられるような、綺麗な顔は、していないだろう…。
今は、無理でも。
絶対に、この私が、アルスを、救ってみせる。
…そうだ…。
私は、ずっと、騎士に、なりたかった…。
ただ、それは、国に仕える、名誉ある騎士なんかじゃない…。
…たった一人でもいい。目の前で、苦しんでいる、誰かを、この手で、護ることができる、そんな、騎士に、なりたかったんだ…。
ようやく、気付けた、自分自身の、本当の、望み。
だが、その、私が護りたいと願う、唯一の存在は、今、私の手の届かない場所で、一人、どん底にいる。
私に、彼を、救えるのだろうか…。
この、「フレデリック」という、偽物の、親友のままで…。
本当に、彼を、救うことが、できるのだろうか…。
私は、その答えの出ない問いを、胸に抱えたまま、ゆっくりと、闇に包まれた、学院への道を、歩き始めた。
(第15話 完)




