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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
第一部

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14/20

14話

「……驚嘆、だな…」


隣で、呆然と座っていたゾメスが、そう、ぽつりと、呟いていた。

私は…試合の結果を、ただ、食い入るように、見つめていた。

勝敗が決した、その瞬間の、アルスの、あの、疲れ切った、寂しそうな顔が、脳裏に焼き付いて、離れない。


(なぜ、私は、今、彼の隣に、居てあげられていないんだろうか…)


あそこまで、追い詰められた、弱い彼が。

あんなにも、必死になって…。

才能に溢れた、格上の相手と、真正面から激突すれば、一矢報いるために、決死の覚悟で、立ち向かうなんてこと、分かりきっていたことだろうに…。


「…なぜ、なぜ、私は、あの場に、居なかったのだ…」


悔しさのあまり、握りしめた拳に、爪が食い込むほど、力が入る。


「なぜって、そりゃ、お前は特待生。あいつは、ただの一般生だからだよ。…なんだ?情でも、湧いたか?王子様よ」


当たり前の事実を、あまりにも、無慈悲に、そう、口にするゾメスに、私は、腹が立った。

「…だからといって、強者である彼女たちが、弱者である彼を、あそこまで、一方的に追い込む、その必要性があったのか!?」

この学院の理念である、「強者は、弱者の盾であれ」。

その言葉に、あまりにも、矛盾しているではないか?


しかし、その私の言葉に、ゾメメスは、どこか、懐疑的な視線を、向けてきた。

「…あの、無才の彼が、本当に『弱者』なのかね…。俺には、むしろ、あいつの相手をした、女の子たちの方に、同情を禁じ得ないがな」

何を、言っているんだ?

ゾメス…。君ほどの、スキル保持者が、無才の彼を哀れまず、才能に溢れた彼女たちの方が、可哀そうだと、そう、言いたいのか?


「君には、理解できないのか!?弱者が、強者の牙にかかる、その瞬間に、必死の抵抗をしただけなのだと!?」


私の、その、悲痛な言葉に、しかし、ゾメスは、やはり、懐疑的だった。

「…確かにぃ、彼女らは、一般生徒の中じゃ、掛け値なしの才能の持ち主だろうよ。…まぁ、俺らが言っても、説得力は、ねえけどな。ただ、現状を、よく見てみろよ。一人は、あの無才に、腕を、綺麗に斬り飛ばされ、もう一人は、胴体を、真っ二つにされてるんだぞ。ここが、不死の術式が掛かってない、本物の戦場だったら、もう、二人とも、とっくに死んでるぜ」


…こいつ…

話にならない…。

なぜ、誰も、アルスの、その、悲痛な覚悟に、寄り添ってやらないんだ。


私は、もう、居ても立ってもいられず、二階の、特待生用の観客席から、手すりを乗り越え、眼下の闘技場へと、飛び降りた。


「お、おい!?まじかよ!!」


背後で、ゾメスが、何かを、驚いたように言っていたが、私は、それを、完全に、無視した。


「…流石、フレデリック様…。負けてしまった、彼女たちを、励ましに行くのかしら」

他の、女子生徒たちが、全く、見当違いなことを、囁いている。

勝って当たり前のはずだった、彼女たちが、負けた。

そのことを、なぜ、この私が、わざわざ、励ましてやらなければならないのだ…。


闘技場から、暗い、虚ろな表情で、一人、降りてくるアルスを、私は、じっと、見つめた。


「アルス」


私の顔を見るなり、いつもの、あの、人懐っこい、明るい表情のアルスは…そこには、いなかった。

ただ、焦燥し、疲れ切った、一人の友の顔が、そこには、あるだけだった。


「…フレデリック………なんか、ごめんね」

何を、謝る必要があるんだ…。

「な、なぜ、君が、謝罪を…?」

僕のその問いに、彼は、一層、暗い顔になる。

「必死だった、とはいえ…。女の子、二人に、あまりにも、酷いことを、しちゃったんだ…。これで、謝罪の気持ちの一つもなかったら、僕は、もう、男じゃないよ…」


…弱者である彼が、なぜ、傲慢だった、強者の彼女たちに、謝意を示さなければならないんだ…。

負けた、彼女たちの方に、非があるだろうに…。


しかし、彼から、ふと、漏れた「必死」という、その言葉が聞こえた他の一般生徒たちから、心ない、非難の声が、上がった。


「何が、必死だよ!?お前、笑いながら、斬りつけてただろうがよ!この、変質者!!」

「そうよっ!!魔術で撃たれるのと、剣で斬りつけられるの、どっちが、トラウマになるか、考えてみなさいよ!?」


…変質者?

誰のことを、言っている…。

魔術と、刃物の違い、だと?

殺し方に、一体、何の違いがあると、言いたいんだ?

魔術の方が、より、優雅で、気品があるから、トラウマに、ならないとでも、言いたいのか?


心ない、罵声と、非難が、アルスを、包み込む。

彼は、ただ、俯いたまま、闘技場の、冷たい石の床を、見つめているだけだった。

その、あまりにも惨めな姿を見た私は、堪忍袋の緒が切れた。


「…黙れ…!」


そう言い、私は、集まっていた、一般生徒たちを、一人、一人、睨みつけた。

普段の、優雅で、優しい「フレデリック」なんて、今の、ここには、いないだろう。

決死の覚悟で、たった一人で、勝利を掴み取った、たった一人の友を、無責任に、踏みにじった者たちへの、純粋な怒り。

その怒りで、さぞ、今の私は、醜い顔をしていることだろう。

私の、理想像とは、全く違う、「フレデリック」が、そこに、いた。

だが…今は、それで、いい。


私の、その、ただならぬ、殺気にも似た睨みで、一般生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように、黙った。

そう…それでいい。

彼のように、自分より強い者に、立ち向かう勇気もない、本当の弱者たちは、そうやって、ただ、怯えていればいいんだ…。


「…アルス、疲れただろう?どうだい?これから、一緒に、いつか、君と行った、あのカフェテリアで、お茶でも…」


私は、一刻も早く、この、胸糞の悪い場所から、彼を、連れ出してあげたかった。

しかし、彼は、意外な、そして、あまりにも、切ない返答をした。


「…ありがとう、フレデリック。でも、僕、これから、仕事に、向かわなくちゃ…」


いつの間にか、普段の、あの、愛想笑いが、戻っていた。

彼の、その顔が、どうしようもなく、切なく見え、そして、どうしようもなく、愛おしく思えた。

あんなに、ボロボロになるまで、頑張ったのに。

彼は、まだ、生活苦という、もう一つの戦場から、逃れる暇すらもないというのか…。

彼に同情していた、その時だった。


「…さっさと行け、狂犬野郎」


また、一般生徒の中から、彼への、卑劣な、非難の声が、聞こえた。

その声が、アルスの耳に、届いたのか、届いていないのか、分からない絶妙なタイミングで、彼は、逃げるように、早足で、会場を、去っていった。

私は、無言で、その声がした方角を、睨みつけ、腰に差した剣の柄に、そっと、手をかけた。


…この場で、全員、斬り殺してやろうか…。

どうせ、この闘技場の範囲内なら、何度でも、再生するんだ…。


「………」

「…」

「……」

私の、その、本気の殺気に、恐怖に駆られたのか、一般生徒たちは、今度こそ、完全に、沈黙した。

…そうだ。それでいい。

私は、お前らのような、くだらない奴らに構ってる暇なんてないんだ…。

とにかく、今は、アルスの事が、心配で、仕方がない…。

さっさと、この、胸糞の悪い場所から去り…。

今すぐに、「セラ」として、彼の元へ、会いに行かなければならない。

そんな、抗いがたい、強い衝動に、私は、駆られていた。


試験会場を出た僕は、喧騒から逃れるように、とぼとぼと、街はずれの小道を歩いていた。


(…狂犬野郎)


会場を出る、その間際に、一般生の誰かが、僕に浴びせたであろう、その言葉。

その言葉が、まるで、呪いのように、頭の中で、何度も、何度も、反響していた。

ふと、足が、その場で止まる。

おかしくなってしまいそうな、ぐちゃぐちゃの気持ちを、どうにか抑えるために、僕は、両手で、顔を覆った。


「…じゃぁ、僕は、どうしたら、良かったんだ…」


あの場で、僕は、学院に相応しい実力を、示さなければならなかった。

退学を賭けた、崖っぷちの状況だった。

しかも、相手は、一般生の中でも、特に優秀と言われていた、レナたちのペアだ。

手を抜いて、どうにかなるような、甘い相手ではなかった。

ただ…ただ、その結果は、あまりにも、凄惨なモノだったのは、僕自身が、一番、分かっている。

ミュウさんの、あの、恐怖に張り付いた顔。

彼女は、もう、しばらくは、まともに戦うことなんて、できないだろう。

特に、レナは…。

…トラウマになっても、おかしくない、あまりにも、残酷な倒し方をしてしまった…。

もしかしたら、彼女は、もう二度と、戦闘系魔術師として、誰かの前に、立つことは、できなくなってしまったかもしれない。


… …… ………


僕は、両手を顔から離し、再び、目的もなく、歩き始めた…。

その足取りは、何かを決意したような、確かなものではなく、ただ、当てもなく彷徨う、迷い人の足取り、そのものだった。


「…僕が、あの時、彼女たちに、大人しくやられていれば、良かったのか…?」


わからない…。

僕を、本気で倒そうと、息巻いていた、あの二人に、大人しく倒されてあげて。

そして、僕は、そのまま、黙って、退学になれ、とでも、言いたいのか…。

答えなんて、どこにもない問いを、僕は、自分自身に、問いかけ続ける。


僕は、腰にある、相棒の鞘を、ぎゅっと、握りしめた。

…不思議と、それだけで、荒れ狂っていた心が、少しだけ、晴れるような感覚が、そこにはあった…。


(お前だけは…僕を、裏切らないからな…)


主の敵を、ただ、斬り伏せるためだけに、作られた、無機質な道具。

それは、今の僕にとって、唯一、心から、信頼に足る、相棒だった。

僕は、ほんの少しだけ、晴れた気持ちを、その手に取り戻し、親方の元へと、足を急がせた。

今は、ただ、無心に、鉄を打ちたかった。


アルスが試験会場から出て、しばらくの時間が経過した後に、私は、たまらず、席を立った。

本当は、あの場で、すぐにでも、彼の後を追いかけたかった。

ただ、今の私は、「セラ」であると同時に、学院の誰もが知る、特待生「フレデリック」でもあるのだ…。

特待生であり、その美貌や、常に模範的であろうとする立ち振る舞いは、この学院の中で、良くも悪も、一目も二目も置かれていることは、自分でも、重々、分かっていた。

あの場で、取り乱したように、すぐに彼を追えば、間違いなく、不審がられる。最悪の場合、私の、この「擬態」の秘密が、バレる可能性だって、出てくる。


(…便利なスキルだと思っていたけど、使い方を間違えると、本当に、厄介だな…)


本来の使い方ではない、この「擬態」に、ここまで固執している自分のことを、頭では、おかしいと分かっていながらも、私は、どうしようもなく、歯噛みしていた。

街はずれの、人通りのない小道を、早歩きで抜けながら、人目がないことを、素早く確認し、私は、擬態を解く。

「フレデリック」という、重い鎧を脱ぎ捨て、本来の、ただの「セラ」に戻る。

その足取りは、いつの間にか、気づいた時には、全力で、彼のいるであろう、あの鍛冶屋へと、向かって、走っていた。


(落ちこぼれ)

(無才)

(これといった友人も、私以外には、ほとんどいない、アルス)


学院で、ひたすら、孤独を味わっているであろう、彼には、私だけが、頼りなはずなのだ。

私は、その瞬間、一瞬だけ、自分が「フレデリック」でもあることを、忘れていた。

彼の、唯一の「友人」である、「フレデリック」の、存在を。

だが、そんなことは、どうでもいい。

今の、傷ついている、彼に必要なのは、そんな、架空の友人などではない。

ただ、黙って、隣に、寄り添ってくれる、誰かだ。


街はずれの鍛冶屋に着く頃には、私の肩は、激しく、上下していた。

落ち着いて、息を、必死に整えて。

そして、私は、鍛冶屋の、あの、軋む木の扉を、そっと、開ける。


「いらっしゃいませっ!」


そこにいたのは、店の奥の、たたら場で、汗だくになって鉄を打ちながら、それでも、私に気づき、精一杯の、愛想の良い笑顔を、こちらに向けてきた、アルスだった。

その、あまりにも、健気で、あまりにも、痛々しい、笑顔を見て、私の心は、まるで、鷲掴みにされたかのように、強く、締め付けられる想いがした。


「…あ、セラ」

「…こんにちわ。試験の結果が、気になってね。つい、仕事も抜け出して、遊びに来ちゃった」


そう、当たり障りのない、完璧な嘘をつきながら、私は、店のカウンターで、腕を組んで座っていた、この店の主、バッカスさんと、目が、合った。

彼の、その、全てを見透かすような、鋭い瞳が、私を、じっと、見ていた。


「…あいつは、今、ちょうど、短剣を打つ練習をしててな。話がしたいんなら、あいつの邪魔にならないようにだけは、してやってくれよ」


バッカスさん…。

恐らく、私が、ただの客ではないこと。そして、アルスが、今、一人にしてはいけない状態であること。その全てを、なんとなく、察してくれたのだろう。

私が、店の奥にある、たたら場に入ったのを確認すると、店の入り口の、あの分厚い扉が、ゆっくりと、しかし、確実に、閉じられた。

(二人で、ゆっくり話せ)

という、あの、無口で、頑固そうな鍛冶師からの、不器用な、優しさなのだと、私は、好意的に、解釈した。


「あの…アルス。今日の実力試験のほう、どうだった?」


結果は、知っている。

あの、あまりにも、壮絶で、残酷な、彼の戦いを、私は、この目で、全て、見ていたのだから。

なのに、今の私は、「セラ」。

それを知っているのは、彼の友人である、「フレデリック」のほうだ。

だから、私は、何も知らない、無垢な少女のフリをして、彼に、聞かなければならない。

この、どうしようもない、もどかしさに、私は、頭がおかしくなってしまいそうだった。


「…なんとかなったよ」


どこか、虚ろな表情のまま、アルスは、鉄を打つ手を、止めずに、そう、答えた。

…また、「なんとかなった」か…。

私にだけは、本当のことを、素直に、話して欲しいのに。

彼は、なぜ、こうも、「フレデリック」に対する態度と、私に対する態度が、明確に、違うのだろうか…。

いや…違う。

これは、私が、始めたことだ。

私の、責任だ。


「そ、なんとかなったんだ。よかったね。それって、新しく出来た、パートナーのおかげ?」


私は、どうにかして、彼から、本音を聞き出そうと、わざと、意地悪な質問をした。

自分が、今、している行動の、その、あまりの性格の悪さに、吐き気を、催しそうだ。

そんなことを思う私を、アルスは、一瞬だけ、じっと、見てきた。


「…そうかもね…。そう、かもしれない。彼は、すごく、頼りになるから…」


アルスは、また、あの、ぎこちない、愛想笑いを浮かべながら、そう、答えた。

…この、発言の、真意は。

私に、心配をかけさせないため、なんだろう…。

そうだ。そうに違いない。

こんなことになるなら、最初から、「フレデリック」なんていう、面倒な擬態を、使うんじゃなかった。

最初から、「セラ」として、彼と接し、「セラ」として、この学院に、入学するべきだったのだ。

同性ではないから、今よりも、関係性は、多少、拗れたかもしれない…。

…ただ、こんなにも、明確な、他人行儀な線引きを、彼に、されることは、なかったはずだ…。


「そう…。よかったね。友達が、増えて…。ふ、フレデリックも、きっと、安心してると思うよ」

「そうだね。僕も、そう思うよ。フレデリックは、すごく、心配性だから」


アルスは、いつもの、あの、愛想笑いを、浮かべた。

…やめてくれ…。

普段、この私…「フレデリック」にだけ、向けてくれる、あの、心の底からの、本物の笑顔を、今、この、「セラ」である、私にも、向けてくれ…。

…君の、今の、その笑顔が、ただの、作り物だと、私には、分かってしまうほどに。

「フレデリック」には、あんなにも、素敵な、本物の笑顔を、向けてくれるじゃないか…。


私は、もう、これ以上、彼に、何を、言ってあげればいいのか、分からなくなった。

私に出来たのは、アルスが、黙々と、鉄を打つ、その仕事を終えるまで、ただ、黙って、その横に、居てあげること、くらいしか、出来なかった…。


(第14話 完)

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