13話
僕は、緊張した面持ちで、一人、闘技場へと上がった。
観客席からの、好奇と、侮蔑と、そして、憐憫が入り混じった、無数の視線が、僕の背中に突き刺さる。
目の前には、レナと、そのパートナーであるミュウさんが、すでに、僕のことを、じっと見ていた。
レナは、まるで、僕を値踏みするかのように、その口を開いた。
「少しは、魔術らしいこと、使えるようになったのかしら?」
「…はは、まったく」
僕は、力なく、そう答えるしかなかった。
レナは、心の底から、呆れた、というように、嘆息した。
「…よく、それで、まだ、この学院に居たいって思えるわね…。居たって、惨めな思いをするだけで、辛いだけじゃないの?」
…そうかもしれない…。
彼女の言う通り、なのかもしれない…。
「…そうかもね…。でも、まだ、ここに居られるうちは、居ようと思うんだ…」
レナは、僕のその、あまりにもか細い抵抗に、一瞬だけ、憐れむような顔をした。
「そ…。なら、別に、止めはしないわ。…ただし、ここは、実力がものを言う世界。…あたしは、あんたに、もう、加減なんか出来ない。…意味は、わかるわよね…?それに、あんたの、あの無茶苦茶な剣の動きは、もう、この三ヶ月で、研究し尽くした。だから、今回は、入学試験の時みたいな、油断なんか、ありえない。…言ってる意味、わかるよね?」
あぁ…わかるよ…。
そうだね。レナも、あの敗北から、必死に、訓練を重ねてきたんだろう…。
前回みたいな、まぐれ勝ちは、もう、二度と起きないだろう…。
「アルスさん…でしたでしょうか?そんなに、怯えなくても、大丈夫ですよ。痛みは、一瞬ですから。すぐに、意識を奪って、差し上げます」
ミュウさんは、まるで、泣きじゃくる赤子をあやすような、優しい表情で、その手から、パチパチと、小さな電撃を放ってみせた。
…これで、苦しまずに、楽にしてあげますよ。
そういう、意味なのだろうか?
…怖い。
…どうして、僕が、こんな目に、合わなければならないんだろうか…。
…冷静に考えれば、術師二人を相手に、たった一人で、一矢報いるなんて、どうあがいたって、無理に決まってるじゃないか…。
…でも, とにかく、やれるだけのことは、やらないと…。
僕は、震える手で、剣の柄に、そっと、触れた。
(どうか…僕に、立ち向かう、勇気を…)
レナは、そんな僕の、あまりにも情けない姿を見て、追い打ちをかけるように、言った。
「…そんなに怯えているようじゃ、あの、フレデリック様のご友人に、相応しくないわよ、ア・ル・ス」
…今、なんて、言ったんだ?この女は?
僕の、心の奥底で、どす黒い、冷たい感情が、ゆっくりと、広がっていく。
「今、なんて言ったんだい?レナ…」
ミュウさんは、僕のその変化に気づかず、ただ、憐れむような視線で、レナに告げた。
「…もう、やめて差し上げましょう。そんな風に、煽ってあげたところで、彼の中に渦巻く恐怖が、怒りで消えるわけでもないでしょうし…」
煽って、あげた?
なんだ?なんなんだ?
僕を馬鹿にして、何が、そんなに面白いんだ?
そんなに、僕が、フレデリックの隣に立つに、相応しくないとでも、そう、言いたいのか?
レナは、僕を、哀れな虫けらでも見るかのように、見つめながら言った。
「そうね…。ごめんね、アルス。すぐに、終わらせてあげるわよ」
…今度は、良い人気取りか、この女は…。
…いいよ。
見せてやろうじゃないか。
僕の、本当の、全力を。
ただの「無才」が、どこまで、君たちのような「天才」に、喰らいつけるかってところを、その身に、教えてやる。
僕は、完全に、剣の柄を、握りしめた。
講師が、僕らの、その張り詰めた会話を見届けたような、絶妙なタイミングで、開始の鐘を、高らかに鳴らした。
すぐさま、ミュウさんが、僕に向けて、その手に持つ杖を、突き出した。
「一瞬で終わらせます!――ライトニング・ボルトッ!」
その前置きは、慈悲の表れのつもりか?
僕は、君たちの成長の度合いを図るための、実験動物か何かか?
高速で、空間を切り裂き、飛んでくる雷撃の矢。
僕は、ただ、静かに、身を翻すことで、それを、紙一重で、躱した。
「…っ!?外した!?」
避けられるのが、そんなに、意外だったのか。ミュウさんは、信じられない、というように、驚愕の顔を浮かべる。
「…ミュウさん、だったっけ?『痛みは一瞬』…そうだね。安心してよ。僕も、嗜虐趣味は、特に持ってないんだ。だから、ただ、君の首を落として、終わりにしてあげるよ。試合が終わった時には、ほら、不思議。元通り、ってね」
僕は、にっこりと、完璧な笑顔を浮かべながら、ゆっくりと、彼女に向かって、歩いていった。
ミュウさんは、何か、決して、見てはいけないような、モノを見てしまったかのような表情を浮かべている。
「フレイム・ボルトッ!」
僕のその異常な前進を止めようと、すぐさま、レナから、炎の矢が飛んでくる。
三ヶ月前よりも、その弾速は、比べ物にならないくらい、速くなっていたが…。
「成長しているのは、君たち、天才だけじゃぁ、ないんだよ」
僕は、そう言いながら、飛来する炎の矢を、ただ、一瞥するだけで、その軌道を見切り、剣で、いともたやすく、叩き落とした。
「甘いのよ!!」
何が、甘いというのか?
僕は、レナの方を、改めて見やると、ようやく、彼女の言葉の意味を、理解した。
彼女の背後には、無数の、幾何学模様の魔法陣が、宙に、展開されていた。
今から、矢の豪雨を、この場に降らせることを、暗に示していたことが、分かった。
「これなら、いくらあんたでも、全部は叩き落とせないでしょ!」
確かに…。その数は、あまりにも、多い。
いくら僕でも、全てを叩き落とすことは、不可能だろう…。
「終わりですっ!アルスさんっ!ライトニング…」
ミュウさんが、僕にとどめの一撃の狙いを定める、まさに、その前に。
僕は、ある、一点の場所に向かって、全力で、駆けた。
ミュウさんが、僕の動きを警戒して、立ち位置を変えないように、彼女とは、あえて、距離を詰めない、絶妙な立ち位置へ…。
そこは…。
「…アルスッ!あんた!!」
レナが、激昂する理由も、わかる。
その立ち位置とは、ちょうど、僕と彼女の間に、ミュウさんを、挟み込むような、一直線上の場所だったからだ。
「レナ…。君の、その大量の魔術って、単純に、真っ直ぐ、僕に向かって、飛んでくるだけじゃないかな?それなら、僕が、ここにいると…どうなるかな?」
レナと、ミュウさんが、同時に、驚愕の顔になった。
…そうだよね…。
「お友達ごと、僕を、撃てるのかい?レナ」
何故だろう。僕の顔から、笑顔が、まるで、張り付いたかのように、離れない。
「ミュウッ!早く、あたしの背後にっ!」
「あはははははははっ!!!そうは行かないよ!!」
僕は、全力で、今度こそ、彼女たちの元へと、一直線に駆け抜ける。
「雷撃よっ!!」
ミュウさんが、短く、そう唱えた。
その瞬間、彼女の杖の先から、小さな、しかし、極限まで圧縮された雷が生まれ、高速で、僕に向かってきた。
全力で駆けていた僕は、それを、避けることができず、
「っ!?」
見事に、その雷の一撃を、肩に、もらうことになった。
「…やりましたっ!」
肌が焼け、肉が焦げる強烈な感覚と、全身を駆け巡る、痺れるような痛みに、襲われる。
でも…。
「あはっ!!あははははははっ!!!」
簡易詠唱だったからか、その威力は、先ほどのライトニング・ボルトに比べれば、耐えるに、安い…。
僕は、その勢いを殺さず、そのまま、全力で、彼女の元へと、駆けつける。
「嘘ッ…」
ミュウさんの顔に、純粋な恐怖の色が、浮かんだ。
「はははっ!!!」
僕は、嗤いながら、抜き放った剣で…。
ミュウさんの、杖を握っていた右腕を、肩口から、斬り落とした。
「あああああああああああああああ」
ミュウさんの、甲高い絶叫が、闘技場に、響き渡る。
…大丈夫だ…。ここは、不死の魔術が、掛かってるんだから…。
「フヒッ…フヒヒッ…さぁ!唱えてごらんよ!次の魔術を!」
僕は、嗤いながら、斬り落とされた腕を押さえて蹲る、ミュウさんに、そう、聞いた。
彼女は、恐怖と、絶望に、顔を歪ませながら、ただ、僕を、見上げた。
…彼女は、もう、戦えないだろう。
その、完全に折れてしまったメンタルで、魔術の行使など、絶望的なのは、魔術が使えない僕にだって、よく分かった。
「アルスッ!!!!!!!!!」
今度は、レナが、僕の名前を、怒号交じりに叫んだ。
しかし、親友を傷つけられた、その精神的な乱れからか、先程まで、彼女の背後に、無数に展開されていた魔法陣は、蜃気楼のように、掻き消えていた。
「よくもっ!!よくもっ!!!」
ぶるぶると、怒りに震える彼女の杖の先に、今までとは比べ物にならないほどの、膨大な魔力が、凝縮されていく。
怒りに呑まれず、この状況で、再度、術式を編み上げる、そのメンタルは、驚愕に値する…。
「アハ…アハハ…どうだい?自分たちが弄んでいた実験動物に、噛まれた気分は?…さぁ、これは、僕からの、餞別だぁぁぁぁああああ」
僕は、足元に転がっていたミュウさんの、まだ、ぴくぴくと動いている腕を、レナに向けて、無造作に、蹴り飛ばした。
「!?!?!?」
気が動転したのであろう。レナは、咄嗟に、その、親友の腕を、受け取ってしまった。
その瞬間、彼女のメンタルは、完全に崩壊し、先程までの、強烈な魔力の奔流は、嘘のように、掻き消えていた。
その、一瞬の隙を、僕は、見逃さない…。
「…これで、僕の、射程圏内だね。レナ」
僕は、レナの、剣が届く、その距離まで、一気に駆け寄った。
「アルスッ!?待っ…」
レナが、最後に、何かを、言いかける。
だが、僕は、それを、全て、無視した。
ここで、彼女に構えば、もしかしたら、立ち直ったミュウさんが、後ろから、僕を撃ってくるかもしれない。
レナが、また、あのフレイム・バーストで、僕を、焼き払うかもしれない。
だから、僕は…。
レナを、その、か細い胴体を、袈裟斬りに、一閃のもとに、斬り払った。
一瞬で、彼女の、胴体と下半身が、真っ二つに分かれた。
「・・・・・・レナぁぁぁぁぁああああ!!!!」
ミュウさんの、絶叫が、闘技場に、木霊する。
可哀そうに…。
「…さぁ、次は、君の番だよ…。ミュウさん」
僕は、笑顔が張り付いたままの顔で、彼女に、ゆっくりと、振り返った。
「…っ!?た、助け…」
そこで、試合の終わりを告げる、無機質な鐘の音が、闘技場に、響き渡った。
「勝者・・・・・・アルスッ!!!」
審判役の講師が、どこか、怯えたような声で、高らかに、そう、宣言した。
その瞬間、闘技場全体に、温かい光が満ち溢れ、不死の術式が、発動する。
元通りになる、僕ら。
僕の、雷撃に撃たれた、焼け爛れた肩も。
ミュウさんの、失われた右腕も。
真っ二つに分かれていた、レナの身体も。
全てが、まるで、何もなかったかのように、元の姿に、戻っていた。
試合が終わった僕は、すぅっと、頭から血が引いていくのを感じていた。
そして、目の前で、呆然とする二人の姿を見て、いつもの、臆病な「僕」に、戻っていた。
「………大丈夫かい?二人とも?」
僕は、出来る限り、優しい笑顔で、彼女たちに、歩み寄った。
しかし、
「近づかないでっ!!!」
ミュうさんは、まるで、化け物でも見るかのような目で、僕を睨みつけ、完全な、拒絶の姿勢を示した。
一方、レナは…
「・・・・・・・・・」
復元された彼女の身体は、仰向けのまま、ぴくりとも動かなかった。
ただ、その、虚ろな目で、闘技場の、何もない、空を見ているだけだった。
(第13話 完)




