12話
実力試験の朝が来た。
僕は、緊張した面持ちで、当直室の小さな洗面台で、冷たい水で顔を洗っていた。
(大丈夫だ…頑張れ…頑張れ…)
鏡に映る、情けない自分の顔に向かって、そう、何度も、何度も、励まし続けた。
そう励まし続けながらも、僕は、この三ヶ月で、この世界の本当の厳しさを、改めて悟っていた。
三ヶ月前の、最初の査定試験。
あの時、僕は、セラのおかげで、腕章を二個、試験をクリアするために必要な、最低限の数だけを集めた。
普通の、才能ある生徒なら、それでも、構わないんだろう。
だが、僕は違う。
僕が、選択式の授業で、まともに受講できるのは、「基礎魔術」と「基礎の武器修練」の、ごく僅かな科目だけだ。
当然、それだけでは、学院からの評価が良いわけがない。
そのため、年に数回ある、この実力試験で、この学院に通用するだけの、確かな実力を、他の生徒や講師たちに知らしめなければならない。
試験の大半は、基本的に、二人一組のタッグ戦だ。
最初の査定の時に、僕は、もっと早く、気づくべきだった。
この試験は、対魔人族との、本物の戦闘を仮定している。
一対一の、正々堂々とした戦い。
そんなものは、実戦では、あり得ない。
どちらかが、相手の裏を掻くために、必死になる。卑怯な手を、使い合う。それが、実戦だ。
僕は、この学院に入って、少し、浮かれていたのかもしれない。
フレデリックという、最高の友人ができて、居場所が、できた気になって。
こんな、優しい世界で、綺麗事が通じる、とでも、思ったのか。
…今回、この試験で、僕は、学院に通用する実力を、証明しなければならない。
それが出来なければ、最悪、退学だ、と、先日、講師から、非情な通告を受けた。
学院側も、性格が悪い…。
ただ、ここは、慈善施設ではない。将来、この国の防衛を担う、優秀な人材を育てるための施設だ。
格安で部屋を提供してもらえたものだから、僕は、どこかで、変に勘違いしてしまっていた。
居場所のない、村のはぐれ者の僕を、学院が、快く受け入れてくれた、と。
だが、今更、後悔しても、始まらない。
僕はこの試験で、たった一人で、二人組の敵と戦い、そして、相手に、一矢報いなければならない。
三ヶ月前の、あの試験とは、わけが違う。ここにいるのは、皆、日々の戦闘訓練を、真面目に積んできた、本物の術師たちだ。
あの時のように、口先だけの揺さぶりで、どうにかなる、なんて、甘い考えは、通用しないだろう。
それでも、僕は、やらないといけないんだ…
フレデリックの、傍にいるために…。
彼の、友人であり続けるために。
今回の試験、僕は、死ぬ気で、クリアしないといけないんだ。
… …… ………
漆黒の髪を持つ、彼女。
名前は、セラ。
少し不思議な雰囲気の彼女は、なぜか、フレデリックの友人である僕のことを、気にかけてくれている。
きっと、フレデリックと友人である僕から、彼のことを聞き出して、自分の印象を、よく伝えて欲しいからだろう。
前回の試験も、彼女に、助けてもらった。
今回の試験も、まだパートナーが見つかっていない、と正直に言えば、彼女は、フレデリックからの好印象を獲得するために、きっと、喜んで、手を貸してくれただろう。
…しかし、そんな、相手の恋心や、都合を、僕が利用するなんてこと、思ってはいない。
そんなことをしたら…村で、僕を陥れたあいつらと、同じになってしまう。
僕は、僕だけの力で、なんとかするんだ。
それに、もし、セラが、フレデリックに、僕が、彼女の気に障るようなことをした、とでも、告げ口をしたら。
フレデリックの、僕への心象が、悪くなるかもしれない。
折角、初めてできた、たった一人の、友人だ。
軽い行動で、その友情を失うような、失態は、絶対に、避けたい。
だから、僕は、先日、セラからの問いに、こう答えたのだ。
「なんとかなった」と。
これで、彼女が、僕の応援のために、この試験に、駆けつけることは、もう、ないだろう。
特待生である、フレデリックに、これ以上、僕の、情けない姿を見せるわけには、いかない。
とにかく、今回は、僕一人で、頑張らないといけない…。
… ……… …………
「いいな、フレデリックは…」
思わず、独り言が、漏れた。
容姿も、完璧で、特性も、最強クラスの『魔剣士』ときた。
それに反して、僕は、ただの剣士だ。
これがせめて、鍛冶師のような、生産職に特化したスキルだったら、諦めもついただろうに。
やはり、フレデリックくらいの、才能と容姿になると、セラのような、綺麗な女性が、自然と、寄ってくるんだろう。
セラ…。
少し、影がある子だけど、あの漆黒の髪が、本当に、綺麗な、綺麗な子だ…。
僕なんかが、憧れていいような、相手ではない。
それに、光のように輝くフレデリックと、影のように静かなセラ。
なんて、お似合いの、二人だろう。
せめて、僕は、彼らの、ただの、友人であることに、満足しよう。
…さて、考え事は、もう、終わりだ…。
僕は、霧散していた、くだらない感傷を、頭の中から振り払い、
相棒の剣を、強く、腰に差し、決戦の場である闘技場へと、静かに、足を向けた。
歓声が沸き上がる観戦席。
一般生徒たちの、年に数回の実力試験。それを、私たち特待生が、上から見下ろすように観戦する。
講師たちは、これを「戦闘技能の参考にするため」と説明していたが、その言葉を、私は、心の底から、信じてはいなかった。
(性格が悪い…)
フレデリックである私は、内心で、そう、毒づいていた。
同じ格の生徒同士が、互いの戦いを見るというのなら、まだしも、我々は、特待生だ。
『魔剣士』である私や、『パラディン』、『賢者』など、国家レベルでも希少と言われる特性を持つ私たちが、これから、一般生の、泥臭い戦いから、何を学べというのか…。
彼らが、必死に、無様に、足掻く様を、ただ、見世物として見ろ、とでも、言うのだろうか…。
そんなことを考えながら、私は、眼下で繰り広げられる、一般生の戦いを、冷めた目で、見ていた。
…泥仕合だ。
そう、思った。
そこには、戦術的な美しさも、剣技の優雅さも、気品の欠片すらも、感じられない。
ただ、誰もが、必死の形相で、がむしゃらに相手を倒そうと、もがいているだけ。
これが、特待生同士の戦いなら、もっと、華やかで、派手な戦いになっただろう。
例えば、私が、この「フレデリック」として、エンチャントの『炎剣』でも使えば、この、退屈な舞台は、一瞬で、熱狂に包まれただろうに。
あまり、見ていて、気持ちのいいものでは、ない…。
そんな、うんざりした気分の中で、ふと、見知った顔が、闘技場に出てきたのが、目に入った。
赤毛の魔術師であるレナと、その友人であろう、同じクラスの女魔術師が、ペアとして出てきたのだ。
…少しだけ、ホっとした。
アルスのパートナーが、もし、この、レナという少女であったなら、私は、後で、彼を、問い詰めていたかもしれない。
女と組むとは何事か?とでも、そう、問い詰めたのだろうか…。
そう思っていた、矢先。レナの方から、私に向かって、声がかかる。
「フレデリック様っ!!見ててくださいね!この三ヶ月での、あたしの成長した姿をっ!!」
ぶんぶんと、大きく手を振りながら、私に向かって、大声を張り上げる彼女。
私は、そんな彼女の声に、完璧な「フレデリック」として、優雅に手を振り返し、当たり障りのない、愛想笑いで、応えた。
「さすが、イケメン騎士様は、モテ方が違うわぁ~」
「…煩いぞ、ゾメス…」
隣から、茶化すような、野太い声がする。
ゾメス…。私と同じ、特待生で、『パラディン』の特性を持つ、大柄な男。
彼には、実戦訓練で、何度、煮え湯を飲まされた事か…。ここまでの勝率は、凡そ、四割。それも、どれも、辛勝としか言えない、薄氷の勝利ばかりだった…。
…まぁ、同じ特待生同士。楽に勝てるような相手など、いるはずもないが。
「ちぇっ。俺も、お前みたいに、そのイケメンフェイスだったら、良かったのによぉ」
「…黙れ。仮にも、『パラディン』と言われる、希少な特性を持つお前が、そんな、安い言葉を使うんじゃない」
私は、ゾメスに対して、普段の「フレデリック」よりも、少しだけ、厳しく、指摘した。
パラディン。
王宮騎士団の中でも、ごく一部の師団長クラスでなければ、使いこなせないと言われる、絶対的な防御特性。
もう少し、彼には、自分が、どれほど恵まれた才能を持っているかを自覚し、それに相応しい、誇り高い行動をして欲しい、と、常々、思っていた。
「…へいへい。流石、勇者様は、お厳しいこって」
そう言って、彼は、つまらなそうに、私から目線を外し、闘技場へと戻した。
やれやれ…。
この学院には、アルスのように、何の才能も持たずに、それでも、必死に食らいついてこようとする者も、いるというのに…。
…アルス…。
彼の出番は、まだだろうか…。試験も、もう、終盤に差し掛かっているというのに、まだ、彼の姿が見れていない…。
いや、今の私は、彼、というよりも、彼が、一体、誰をパートナーに選んだのかが、気になって、仕方がなかった…。
そんな、時だった。
それまで、喧騒に満ていた会場が、急に、水を打ったように、静かになった。
そして、闘技場に、アルスが、一人、入ってきた。
その面持ちは、いつになく、緊張している。
私は、彼の、入場してきた、その背後を、食い入るように、見つめた。
そのうしろに、当然、ついてきているはずの、彼のパートナーの姿を、探して。
しかし、私の期待とは裏腹に、アルスの後ろには、誰もいなかった…。
彼は、たった一人で、この、二人一組が前提の、過酷な試験に、挑もうというのか…。
そう思っていた矢先に、闘技場に上がったレナが、アルスに話しかけていた。
その会話が、静まり返った会場の中で、自然と、私の耳にまで届く。
「…まじでパートナー、見つからなかったの?」
私に話しかける時の、猫なで声とは違う。彼女の、素の言葉には、抑揚がなかった。
「…あはは、一応、声は、かけてみたんだけどね」
レナは、隣に立つ、自分のパートナーの魔術師を見ながら、答えた。
「…悪いけど、あたしも、ミュウの手前だから、加減できないわよ?」
「…加減してくれる気、だったの?」
レナは、アルスの、その、どこか諦めたような言葉に、カチンときたのか、私の方を見ながら、笑った。
「…まっさか。言ったでしょ。フレデリック様の前で、前回の汚名を返上するんだって」
アルスも、釣られるように、力なく、笑った。
「あぁ、入学試験の事か…。レナも、案外、根に持つタイプなんだね」
「…あんたねぇ…。好きな人の目の前で、恥かかされたんだから、そりゃ、根に持つでしょうよ」
…好きな人の、目の前、か。
私が、レナという少女を見たのは、あの試験の日が、初めてだったはずだが。彼女は、その時に、この、私が作り上げた、架空の存在「フレデリック」に、一目惚れしたとでも、言いたいのか…。
残念ながら、私に、その気は、全くないというのに…。
ミュウと呼ばれた、レナのパートナーの女性が、アルスに、申し訳なさそうに、頭を下げた。
「…すいませんが、私も、将来がかかっておりますので、加減はできませんので…」
… ……… …………
術師二人で、魔術の才能もない、アルスを、完膚なきまでに、叩きのめそうとでもいうのか…。
なんて、性格の悪い…。
そんな私の心配を他所目に、アルスは、不思議なほど、穏やかに笑って、二人に話しかけた。
「…大丈夫です。…お互い、将来がかかった、大事な試合です。…加減できないのは、僕も、よく分かっていますよ」
…なぜ、笑えるんだ…。
この、絶望的な窮地を、彼は、本当に、理解しているのか…?
いくら、死ぬ可能性がないとはいえ、才能ある術師、二人がかりで、一方的に、叩きのめされるんだ…。
痛みは、軽減してくれないというのに…。
そんな中、アルスが、ふと、こちらの観客席にいる、私の存在に、気づいた。
彼は、私に向かって、精一杯の、笑顔で、
「…頑張ってくるよ。見ててね」
そう、短い言葉を残して、最後に、くるりと、私に背を向け、一人、決戦の場である、闘技場の中央へと、上がっていく。
…なぜだ。
なぜ、言ってくれなかったんだ…。
昨日、「セラ」として会った時に、どうして、助けを求めてくれなかったんだ…。
あの時、一言でも、頼ってくれれば、私は、どんな手を使ってでも、どこへでも、駆けつけたというのに…。
そんなに、「セラ」のことは、信用ならないとでも、言うのか?
それとも、「フレデリック」には、これ以上、心配をかけたくない、とでも、言いたいのか?
そんな、私の、どうしようもない、もどかしい気持ちを他所目に、アルスたちの、あまりにも、無慈悲な試合の幕開けが、刻一刻と、迫っていた。
(第12話 完)




