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無才剣士と、偽りの友人  作者: ブヒ太郎
第一部

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11/20

11話

アルスと共に、この魔術学院に入学してから、季節は一度巡り、もうすぐ三ヶ月が経とうとしていた。

学院の授業は、私の想像以上に、難しかった。

特に、その大半を占める、戦闘用の術式を学ぶ授業。

常に「フレデリック」としての擬態を、寸分の隙もなく維持し続けなければならない私にとって、生徒同士が本気でぶつかり合う、実戦形式の訓練は、想像を絶するほど、厳しいものがあった。


特に、体格で勝る男子生徒との、剣を交える実戦訓練。

本来は、か弱い女の身体である私にとって、男性と、純粋な力で渡り合うのは、あまりにも、分が悪すぎた。

結果は、惨憺たるもの。勝率は、よくて四割。一引き分けを挟んで、五割は、敗北。


そんな私の不甲斐ない結果を、女生徒たちが、廊下の隅で、ひそひそと噂しているのが、聞こえてくる。


「フレデリック様って、お顔は、本当に、王子様みたいで素敵なんだけど、実力的には、まあ、普通よね」

…黙れ。

「ねー。こう、王子様っぽい見た目なんだから、もっと、派手に、圧勝して欲しいよねー」

…黙れ。

「でも、逆に、ああいう、ちょっと隙があるところも、可愛くない?私達にとっても、チャンスがないわけじゃないって、思わない?」

…黙れ。


日々、好奇と、値踏みと、そして、憐憫が入り混じった、無数の目に晒される。

違う。違うんだ。

お前たちが、勝手に作り上げた、その安っぽい偶像を、私に押し付けるな。

黙れ。

私にとっての「フレデリック」は、お前たちが考えるような、そんな、安易な存在ではない。

もっと、崇高で、気高くて、誰にも、決して、手の届かない、近寄りがたい存在で、なければならないんだ。

なぜなら、そうでなければ、私は…。


実戦訓練の帰り、課題のレポートを作成するために重い足取りで図書室へ向かう、その途中。

私の目に、訓練場で汗を流す、一般生徒たちの姿が映った。

そこには、アルスも混じっている。

ぎこちない魔力の操作…。他の、才能豊かな一般生徒たちに、明らかに劣るその姿。

必死に、食らいつこうと、剣を振るう、その姿。

その、あまりにも不器用で、惨めで、しかし、どこまでも真っ直ぐな彼の姿が、なぜか、私の目には、やけに愛おしく思えた。


いや、違う。

これは、愛しさなどという、綺麗な感情ではない。

私よりも、私なんかよりも、よっぽど苦労している彼の姿を見て、私は、心のどこかで、安堵し、優越感に浸っているだけだ。

最低だ。

そう、自分を罵りつつも、彼が、それでも、懸命に頑張っているその姿は、私の目には、やはり、どうしようもなく、愛おしく見えてしまったのは、確かだった。


夕刻前。

特待生としての課題レポートを、どうにかこうにか作成し終えた私は、その足で、まっすぐに、アルスがまだ働いているであろう、街はずれの鍛冶屋へと、足を向けていた。


人通りのない、街はずれの、薄暗い小道。

そこで、私は、ふぅ、と、今日一日、ずっと張り詰めていた、心の糸を、ゆっくりと解きほぐす。

身体を包んでいた、魔力の光が、霧のように、晴れていく。

背は、少しだけ、低くなる。肩幅も、華奢な、本来のそれに。声も、顔も、全てが、「フレデリデリック」という、窮屈な鎧の中から、解放されていく。

本来の「セラ」に、戻る。

この瞬間だけが、私が、あの、自分で作り上げた、完璧な理想の騎士「フレデリック」ではなく、ただの、不完全な「私」に戻れる、唯一の時間だ。


彼…アルスに会う時は、私の、この、本当の姿で、接していたい。

なぜなら、自分よりも、ずっと、ずっと苦労しているであろう、彼にだけは、私も、何の偽りもない、本来の私で、向き合いたい、と、そう、思ってしまったからだ。

今の私の、この気持ちは、一体、何なのだろうか…。

道端で拾った、傷ついた子犬を、あやすような、ただの、憐れみの気持ちにでも、なっているのだろうか…。

それとも…。


その答えの出ない、複雑な心境を、胸の奥に秘めたまま、私は、カン、カン、と、鉄を打つ音が聞こえる、あの鍛冶屋まで、静かに、歩いて行った。


「…や」

普段通り、気配を殺してアルスに近づき、声をかける。

「わっ!びっくりしたぁ…」


いつもと、同じ反応。

ちょっと鈍い、彼のこの素直な反応が、今の私には、なぜか、心地が良かった。

これが、同レベルの特待生たちなら、私の、この程度の気配遮断なんて、基礎的なスキルとして、すぐに見破られてしまうだろうから。


「…どう?学院のほうは?」


上手く行っていないのは、知っている。

ただ、それは、「フレデリック」としての私が知っていることであって、「セラ」である私は、知り得ないことになっている情報だ。

分かっていて、意地悪な質問をしてしまう。彼の、困った顔が、少しだけ、見たい…。


「あはは…なんとか、うまくやってるよ」


嘘でごまかす、彼の、そのぎこちない笑顔を見て、可愛い、と思ってしまう自分がいる。

きっと、私に、余計な心配をかけまいと、必死に、そうやって、強がってくれているんだろう。


「…そっか。心配して、損したよ」


心にもない、素っ気ない言葉が、口から出てしまう。

…あぁ、本当に、嫌になる。こんな、可愛げのない言葉、普通の女の子なら、絶対に言わないんだろうな…。

普通なら、こんな女、気色悪がられるに、決まっている…。


「心配してくれてたの?…ありがとう、セラ。でも、本当に、大丈夫だよ」


彼が、困ったような、でも、どこか嬉しそうな、ぎこちない愛想笑いで、返してくれる。

この、彼の、どこまでも優しい笑顔で、私は、今日の、自分の、学園での数々の失態や、醜い感情が、全て、無かったことにしてくれるような、そんな気分になった。


「…そろそろ、実力試験の頃合いじゃない?」

「あはは…また、フレデリックにでも聞いたの?」


私は、彼に、フレデリックとはただの知人だと、説明したはずだ。

しかし、彼は、私がフレデリックに恋する、ただの女の子だという、壮大な勘違いをしたままだ。

最初は、いきなり変な勘違いをされて、どうしたものか、と思った。

だが、彼の、その、どこまでもお人好しで、謙虚な性格は、私の、この、危険な二重生活を送る上で、彼に「セラ」として会うためには、非常に、好都合なものに、変化していた。

彼は、私とフレデリックの仲を、邪魔しないように、常に、気を遣ってくれている。

だから、私は、彼の知らないところで、たまに「フレデリック」と会って、学院の話を聞いている、という設定の上で、彼の学園生活の事情を知っている、という、この、危うい嘘が、成立している。

なんと、都合のいい事だろうか。

そして、なんと、卑怯なことだろうか。


「それで…パートナーは見つかった?また2対2の実力考査だって聞いてるよ?」


学院での、あの、孤立した様子だ。きっと、見つかっていないだろう…わかりきったことを、分かっていない風を装って、聞く、私。

(まだ、見つかってないんだ)

その言葉が、欲しい。

「フレデリック」である私なら、一般生の、誰が相手でも、遅れをとることは、まずあり得ない。

一般生の中でも、特に優秀な部類に入る…あの、赤毛の…レナとか言ったか。私に、恋焦がれるような瞳を向けてくる、あの子も、私の敵ではないだろう。


(さぁ、「見つかってないんだ」って、聞かせて…)


そうすれば、「セラ」として、私が、また、君を助けてあげられる。

それが、今の私にできる、君への、最大限のお礼なのだから。


「…なんとかなったから、平気だよ。ありがとう、セラ」


笑顔で、彼は、そう言った。


「…え?…なんとかなった、の…?」


…信じられない…。「フレデリック」としての私が見ていないところで、彼は…。

落ちこぼれだと、学院中で評判の彼を、誰かが、受け入れてくれた、とでも、言うのか…。

私ですら、まだ、あの、鼻持ちならない特待生の子たちとは、誰一人、馴染めていないというのに…。


「うん、だから、心配いらないよ。セラ」


あり得ない…。信じられない…。彼は、この私を頼らず、私以外の、誰かを、頼るとでも言いたいのか…。


(フレデリックなら…フレデリックなら、こんな時、なんて言うんだろうか…)


「…そっか、良かったね。フレデリックが、君のこと、すごく心配してたから、私も、つい、心配になっちゃったよ」


当たり障りのない、完璧な「フレデリックの友人」としての言葉を、かける、私。


(そうじゃないだろ…)

(そうじゃない…)


胸の奥にある、本当の言葉が、喉まで出かかっているのに、出てこない。

私は、一体、何を言いたいんだろう…。

もどかしさで、胸が、苦しくなる。


「おい、アルス。ちょっと、こっち手伝え」


彼の、鍛冶師としての師匠、バッカスが、店の中から、彼を呼んでいた…。


「あ、ごめんね、セラ。また、今度、ゆっくり話そうね」


そう言って、彼は、足早に、バッカスの元へと、駆け寄っていった。

まだ、私と、話していたのに…。どうして、彼は、この私を、優先してくれないんだろう。


「…ん、またね。アルス」


私は、胸の奥に渦巻く陰鬱な気持ちを、必死に抑えつけて、踵を返した。

街はずれから、学園の寮へと、一人、帰る。私の瞳に、地平線へと沈んでいく、真っ赤な夕日が見えた。


…実家にいた頃は、こんな、何かに執着するなんてこと、一度も、なかったのにな…。

お父様に頼めば、欲しい物は、なんでも手に入る、そんな生活をしていた。

家を継ぐ兄も、とうに結婚していて、二人の姉も、それぞれ、良家に嫁ぎ、円満な夫婦生活を送っていると聞く。

実家で、誰とも結婚していないのは、末っ子の、私だけだった。

そんな私に対して、父も、母も、いつも、優しかった。

望めば、なんでも手に入る、何不自由ない、完璧な生活。


だから、だろうか…。

物だけで、飽き足らず、今度は、「人の心」まで、自分のものにしたくなってしまったんだろうか…。

自分の、その、醜い「歪み」に、吐き気がする。

今、この時だけは、私の、この、醜い心も、擬態できれば、どんなに、良かっただろうか…。


沈んでいく夕日を見ながら、私は、そんなことを、ただ、ぼんやりと、思っていた。


(第11話 完)

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