執務室で2
しばし、沈黙が落ちた。
ジグは自分の左腕を、信じられないものを見るように見つめ続けていた。
動かぬ腕。ジグは唇を噛みしめていた。
だが――次の瞬間。
「……っ、は……」
喉の奥から、息が漏れた。
掠れた声が、零れる。
やがて、こみ上げるものを抑えきれず、ジグは声を上げて笑った。
「はは……はははは……!」
突然のことに、ティリアが目を瞬かせる。
エフィも、驚いたようにジグを見た。
堰を切ったように、感情が一気に噴き出す。
ジグは、震える右手で自分の左腕を抱きしめた。
「あ、あ……解けた……本当に……解けたのですね……!」
ジグは俯くと、両肩を震わせた。
笑いと嗚咽が混じり合い、声にならない声が漏れる。
「呪いが……消えた……!
ずっと、耳元で囁いていた声も、引き裂かれるような痛みも……全部、消えた……!
長かった……本当に……長かった……」
ジグは天井を仰ぐと、深く息を吸い込む。
胸いっぱいに広がるのは、久しく忘れていた――“生”の感覚。
「……ああ……”私”は……生きてるんだ……!」
涙が溢れ出す。
ジグは、カナとディオリアを見ると、深く、深く頭を下げた。
「聖女様……。
そして、ディオリア様……!」
震える声が、部屋に落ちた。
「この身に刻まれた呪いを……終わらせてくださった。
生きることすら、諦めかけていた私に……未来を、与えてくださった……!
ありがとうございます……本当に、本当に……ありがとうございます……!」
言葉が、何度も詰まる。
――やがてジグは顔を上げた。
自分の右手を、両手で強く握りしめていた、小さな存在に視線を落とす。
「……ティリアさん……」
名を呼ばれ、ティリアがびくりと肩を震わせる。
「怖かったでしょうに……ずっと、手を離しませんでしたね。
その手の温かさが……どれほど、力になったか」
ジグは、そっと微笑んだ。
「……ありがとう。
あの温もりがなかったら、私はきっと……耐えきれませんでした」
ティリアの目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ジグ様……よかったです……本当に……っ!」
ジグは微笑みのまま頷くと、次いで、エフィを見た。
「……エフィ様。
冷静な判断と、的確な処置……助かりました」
エフィは、静かに頭を下げた。
「……とんでもございません。ジグ様。
お役に立てて、何よりです」
ジグの唇が、微かに震える。
「……お二人が、ここにいてくださったからこそ。
見届けてくださって……本当に、ありがとうございました」
そう言うと、エフィとティリアに向け、静かに、深く頭を下げる。
その眼差しは、これまでになく柔らかかった。
*
ジグは小さく息を吐くと、不安そうに、動かぬ左腕を見つめていたカナへと、視線を戻した。
「……聖女様」
優しく呼びかける。
「そんな顔をしないでください」
「……ジグ様……」
ジグは、ゆっくりと首を振った。
「大丈夫です」
即答だった。
「動かないのは……当然でしょう。
長い間、呪いに喰われていたのですから」
彼女は左腕を見つめ、もう一度、右手で抱きしめた。
「でも――固くは、ありません。
冷たくもない。
……ちゃんと血がかよってる、私の腕です。
なら、これからです」
そして、穏やかな笑みを浮かべ、カナを見る。
「時間をかけて、取り戻せばいい。
動かせるようになるまで、生きていればいい。
私は……諦めません」
その強い光を宿した瞳には、未来が映っていた。
「呪いは、消えました。
それだけで……私は、もう一度、歩き出せます」
「ジグ様……」
ジグは頷くと、微笑む。
その微笑みは、壮絶に輝いていた。
「もう、終わりを急ぐ必要はない。
これからは……“その先”を考えても、いいのでしょう?」
絶望の跡に残ったのは――前へ進む者の、強い意志の光。
確かな希望の、始まりだった。




