ジグの訪問2
ジグは、かすかに微笑んだ。
「……ディオリア様。おっしゃるとおり、です」
彼女はゆっくりと視線を移すと、カナを見つめる。
その眼差しは、驚くほど穏やかで、優しかった。
「私は、このゼンウェール行きを最後に……隊商から身を引くつもりなのです」
そう告げると、ジグは乱れたシャツの襟を整え、左腕に再び覆いを掛けた。
「次のマスターは、すでに育てました。
その者に隊商を任せ、私は……別の地で、余生を過ごそうと思っております」
静かな声が、部屋に落ちる。
そこには諦念が溶けていた。
「……ジグ様」
カナは逡巡しながら口を開く。
「……ギルノード様は……。
そのお話をご存じなのですか?」
ジグは、ゆるやかに首を振った。
「いいえ。何も、話してはいません」
そして一瞬、唇を結ぶと、遠くを見るような眼差しになる。
「団長は……本当にお優しい方です。
私が呪いを受けたと知った時、あの方は何と仰ったと思いますか?
――『死ぬまでここにいろ。俺たちが面倒を見てやる』、ですよ?』
その言葉を思い出すように、ジグは微笑んだ。
カナは、思わず胸の奥が締めつけられるのを感じた。
「団長だけではありません。皆が、私を引き留めてくれました。
ですが……戦えない副団長など、不要なのです」
淡々と、しかしその声に痛みが混じる。
「使えない者が……しかも上の者が情けで居座るなど、ただの害悪に過ぎません。
だから、私は離れたのです。
……そんな皆です。今、話せばまた、きっと――」
「ジグ様……」
カナの声がかすれ、震える。
ジグは首を振り、穏やかに微笑んだ。
「私は本当に、温かい方たちに囲まれて生きてきました。
もう、十分です」
その唇に、穏やかな決意の笑みが浮かぶ。
「最後に、この任務を……全身全霊をもって果たさせていただきますよ、エフィ様」
「……え?」
カナが声を漏らしたその瞬間、部屋の扉が静かに開く。
そこに立っていたのは、顔色を失ったエフィと、泣きはらしたティリアだった。
やがてエフィが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「申し訳ありません……立ち聞きをするつもりはございませんでした。
お休みのご挨拶をと思い伺ったところ……お話しの声が聞こえてしまって……」
「そうでしたか」
ジグは柔らかく微笑んで応じると、静かに立ち上がり、一礼する。
「こちらこそ、長居をしてしまって、申し訳ありません。
それでは、私は失礼いたします。
夜分にお邪魔いたしました、聖女様」
「え……あ、あの……お待ちください、ジグ様!」
思わず伸ばしたカナの手が、ジグの左手に触れた。
――その瞬間。
キィン――!
澄んだ音が空気を裂くと、白い光が弾け、雪の結晶がぱっと宙に舞った。
「なっ……?! これは……?」
ジグが息を呑む。
「えっ……!?」
カナもまた、舞い散る結晶を見つめたまま、息を呑んでいた。
静寂の中、淡い光が、二人の間に漂っていた。
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