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精霊たちと話せるので、転生先で聖女になりました  作者: 高梨美奈子


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ジグの訪問

「……!」


カナは、目を見開き、息を呑んだ。

露わになった左腕は、人の腕とは呼びがたいものだった。


肌であるはずのものは、闇が形を取ったような漆黒に染まり、光を吸い込むように沈んでいる。

皮膚は硬質化し、鱗とも装甲ともつかぬ不規則な凹凸を成していた。


そこにあるのは、冷え切った異物――人の形を借りた呪具だ。

叩けば、カン、カンと乾いた音が返る。

空洞を持つ金属を打ったような、不気味に澄んだ反響だった。


生き物の一部でありながら、完全に異質。

呪いが、形を奪い、性質を塗り替えているのが、一目でわかる。


ジグは、シャツのボタンを外していく。

黒は腕だけに留まらなかった。


肩口から首元へ、意思を持つかのように、蠢く細い筋となって這い上がっている。

皮膚の下を脈打ちながら進むそれは、枯れ枝のような紋様を描き、鎖骨の上に禍々しい影を落としていた。

鎖骨を越えた呪いは、右肩、胸、そして腹へと“手”を伸ばす。


黒い紋様が、指先のように分かれ、白い肌に食い込んでいた。

見ているだけで、じわりと冷気が滲み出す錯覚を覚える。


部屋の空気が、重く澱む。

呼吸すら、呪いに絡め取られそうな静寂。


ジグは、その異形を曝け出す。

ただ、微動だにせず、まっすぐにカナを見つめていた。


「……これが、私が受けた呪い、です。

先ほども申しましたが……この呪いは、止まりません」


低く、抑えた声が落ちる。

カナは、言葉を失ってジグを見つめた。

その時、カナの傍らで空気が揺れ、ディオリアが姿を現した。


「ディオリア……?」


カナの声に、ディオリアは、ジグを見ると言った。


『その呪いは、魔力を喰い、進む。だよね?』


淡々とした声。だが、その奥に、静かな怒りにも似たものが滲んでいた。


『だけど……それだけじゃない。

心が折れれば、もっと進む』


その言葉は、静かだった。


『恐怖、絶望、諦め……。

自らを「もういい」と手放した瞬間、呪いは歓喜する。

魔力よりも、よほど甘美な糧だからね』


「えっ?!」


カナの胸が、ぎゅっと締め付けられる。

ディオリアは頷いた。


『ジグ。君は、それを知っているんだね。

だからこそ……感情を削ぎ、痛みを押し殺し、意志だけで立ち続けているんだ』


ディオリアの声に、ジグはただ微笑む。



呪いは、ただ広がるのではない。

それは彼女自身の魔力を喰らいながら、痛みを伴って侵食していった。


魔力が削がれるたび、内側から引き裂かれるような感覚が走った。

血管を灼き、骨を砕き、魂に爪を立てる――そんな苦痛が、波のように何度も押し寄せる。


焼けるような痛み。

骨の内側を掻きむしられるような苦悶。

意識が白く飛び、悲鳴すら出せなくなるほどの――生存本能を根こそぎ揺さぶる苦痛。


魔力を使えば使うほど、呪いは喜ぶように広がり、肉体を変質させていく――逃げ場のない悪意の循環。


それを、彼女は理解していた。

理解した上で、弓を捨て、なお剣を取り、任務に就き、人の前に立ち続けてきた。


カナの目の前に、その事実が、否応なく突きつけられる。

どれほどの覚悟があれば、そんな真似ができるのか。


痛みを受け入れ、恐怖を拒み、「終わり」を理解したうえで、なお前に進む選択。


それは覚悟という言葉では足りない。

決意でも、犠牲でもない。


――己が砕ける瞬間まで、己で在り続けるという、折れることを許さない、鋼のような凄絶な意志。


ジグの表情は、静かだった。

苦悶の色も、哀願もない。

ただ、すべてを受け入れた者だけが持つ、研ぎ澄まされた覚悟が、瞳の奥に宿っていた。

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