隊商主・ジグ
夕刻。
茜を含んだ光が城壁を染める頃、辺境伯城の門を、ジグは供も連れず、ただ一人でくぐった。
そのままギルノードの執務室へと通される。
重厚な扉が静かに閉じられると、室内には沈黙が満ちた。
ジグは一歩進み、深く頭を下げた。
「お待たせしました。閣下」
「いや。無理を言って悪かったな、ジグ」
「いえ……」
短いやり取りの後、ギルノードは椅子から身を起こした。
机に肘をつき、顎に手を添えると、ジグを正面から見据える。
「なあ、ジグ。
この話は――お前の遂行力にかかっている。頼むぞ」
「閣下」
ジグはわずかに眉を寄せる。
「私は“話を聞くだけ”と申し上げたはずですが……」
「ああ、確かにな。
だが……」
その言葉に、ギルノードは口元に笑みを浮かべた。
「お前には、何か勝算があるのではないか?
供もつけずに単身で来た。
それが何よりの証拠だ。
お前なら、できる」
ジグは小さく息を吐き、半ば呆れたように首を振る。
「……買いかぶり過ぎですよ、閣下」
「まあ、そう言うな」
ギルノードは軽く手を振った。
「今から、当人たちを呼ぶ」
*
ほどなくして扉が開き、レイナルト、カナ、エフィ、そしてティリアが姿を見せた。
ジグは長身だった。
肩にはマント。
マントの陰に隠れた左腕は、厚手の布に包まれ、首から吊るされていた。
長い茶色の髪は、後ろで一つに束ねており、動くたびに静かに揺れる。
その目がこちらを向いた瞬間。
(……!)
カナの胸の内で、何かが小さく弾けた。
これまで思い描いていた像が、静かに崩れていく。
(ジグ様って……女性、だったんだ……!)
ジグは、その顔ぶれを見た瞬間、目を見開き、思わず息を呑む。
「……レイナルト、殿下……?!」
思わずギルノードを振り返る。
「閣下……っ!
”お身内”とは、お嬢様方のこととばかり……!」
「身内には違いないだろう?」
ギルノードはこともなげに言った。
「甥っ子だからな」
「……な、んという……」
言葉を失ったまま、ジグは一度深く息を吸い、やがて覚悟を決めたように膝をついた。
「レイナルト殿下。お久しぶりにございます。
そして、聖女カナ様。お初にお目にかかります。
隊商主、マスター・ジグ。
ジグ・ダボットと申します」
レイナルトは頷いた。
「ああ。久しいな、ジグ」
エフィが微笑んで続ける。
「ジグ様、お顔を拝見できて嬉しいですわ」
「ありがとうございます。レイナルト殿下、エフィ様」
ジグは、荒くれ者を束ねる者とは思えないほど、物腰が柔らかかった。
彼女の視線が、ふと一人の少女の上で止まる。
「……あなたは……。
ゼンウェールの方とお見受けしますが」
ティリアは一歩前に出ると、深く頭を下げる。
「はい。
ゼンウェール族長、グレイゼルが妹――ティリアと申します」
「……なんと……!」
ジグは思わず声を漏らし、再びギルノードを見る。
「閣下……」
「混乱しているな、ジグ」
ギルノードは苦笑を浮かべ、手で制した。
「まあ、座れ。話はこれからだ」
一同は静かにソファーへ腰を下ろす。
執務室には、夕闇とともに、運命が動き出す気配が満ちていった。




