国境の森で4
真っ青になったまま、言葉を失っているカナに、エフィが静かに言葉を添えた。
「カナ様。
ちょうど今、辺境伯領に、父の馴染みの隊商が来ているのです。
折しも、近くゼンウェールへ回ると聞いております。
そこへ――私たちは、紛れ込みます」
「……私たち、ということは……」
カナがかろうじて絞り出した声に、エフィは穏やかに頷いた。
「はい。私も同行いたします。
恐れながら、殿下の護衛を務めさせていただきます。
……カナ様。
しばしお側を離れてしまいますこと……どうかお許しくださいませ」
エフィは頭を下げると、続けた。
「隊商主には、父の顔が利きます。
当然、変装は必要になりますが……。
頼み込めば、何とかなるのではないかと」
「……そう、ですか……」
それは、敵の懐へ丸腰で飛び込むようなもの。
カナは胸の奥に渦巻く不安を押さえ込むように、深く息を吸った。
その様子に、レイナルトが口を開く。
「カナ。心配するな。
ゼンウェールの内情を把握次第、すぐに戻る」
「……はい……」
彼は頷くカナに目を細めると、ふっと視線を巡らせた。
「――それから」
その目が、ティリアを捉える。
「エフィ不在の間、カナのことは、君に任せたい。ティリア」
「……えっ」
ティリアは驚いたように跳ね上がった。
「わ、わ、私が……ですか?
で、ですが……私のような者が……」
言葉は次第に小さくなり、視線は下へと落ちる。
その肩に、エフィがそっと手を乗せた。
「ティリアさん」
エフィは微笑んでいた。
「ティリアさんは、とても真摯な心をお持ちです。見ていれば、分かります」
そのまま、まっすぐに言葉を続ける。
「だからこそ、先ほども、私は迷いなくカナ様をお任せできたのです」
「……エフィ、様……っ」
ティリアの金色の瞳が、じわりと潤んだ。
彼女は慌てたように目元をごしごしと拭うと、次の瞬間、ぱっと顔を上げ、弾けるような笑顔を浮かべた。
「……はいっ!
精一杯、務めさせていただきます!
胸を張って――お帰りをお待ちできるように!」
そのまっすぐな声に、レイナルトとエフィは、静かに笑って頷いた。
――その時だった。
空間がかすかにきらめき、光の粒子が集うと、光龍ディオリアが姿を現した。
『僕も一緒に行くよ、レイナルト』
「えっ? ディオリア様が……?
一体……なぜ?」
戸惑うレイナルトに、光龍は楽しげに尾を揺らした。
『僕がいた方が安心でしょ?
逃げるときは……手伝えるし。
それに、僕とカナは繋がってる。言葉を届けることもできるしね』
そう言うと、ディオリアは、グレイゼルとカザンへ視線を向けた。
『たぶん、何かあったときは、君たちが辺境伯領まで乗せてくれるんだよね?
でもね、そんな時に二人が揃って長時間姿を見せないのは……やっぱり不自然だと思うよ。
誰にも違和感は持たせない方がいいんじゃないかな』
ディオリアは言う。
『だから、僕がいた方がいいかな、って。
姿を消せば、気づかれないしね』
「……ディオリア様……」
レイナルトが言葉を失う中、ディオリアはふわりとカナの肩へ降り立った。
『ほら、ね? カナも不安でしょ?
だから……僕も一緒に行ってくるよ』
カナはディオリアをそっと撫でる。
「……心配してくれて、ありがとう、ディオリア……。
お願い。二人を、助けてあげてね」
『うん! 任せて!』
光龍は満足そうに笑うと、その姿を再び光の中へ溶かすように消していった。




