国境の森で2
その時だった。
少し離れた草むらが、かすかにかさり、と鳴った。
空気が一瞬、張り詰める。
彼らが見つめる先で、一頭の狼が、静かに姿を現した。
鋭く研ぎ澄まされた金色の瞳が、彼らを射抜くように見据えている。
次の瞬間。
その身体が淡く揺らぎ、獣の姿がほどけていく。
そこに立っていたのは、燃えるような赤い髪を持つ青年だった。
引き締まった体躯は無駄がなく、長年の鍛錬を物語っていた。
そして何より、その双眸――鋭く澄んだその瞳には、揺るがぬ意志と、誇りが宿っていた。
ただ立っているだけで、圧倒するような存在感。
「え……? カザン……?」
目を丸くするカナの横で、ティリアの口から、青年の名がこぼれる。
青年は頷いた。
「……よう、ティリア。心配してたが……無事で何よりだ。
そしてお前と聖女様以外、とっくに皆さん俺の気配にお気づきだった、ってわけか」
そう言うと、カザンはグレイゼルの元へと歩み寄る。
「カザン……お前……」
「……悪い。心配で、お前を追って来ちまった。
それと……すまんが、話はすべて、聞かせてもらった」
そう言って、カザンは一歩進み、レイナルトとエフィの前に膝をついた。
「殿下……。
俺は、カザン、って言います。
こんな生まれで、礼儀作法も口の利き方も、ろくに知りやしません。
……隠れて聞いていたことを、お詫びします」
一度、言葉を区切る。
「ですが、俺は……! ゼンウェールを守りたい気持ちは、グレイゼルにも負けないつもりです」
握り締められた拳が、微かに震える。
「どうか……どうか……。俺も、使ってください……!
お願いします……俺も、ゼンウェールのために……っ!」
深く頭を垂れたまま、カザンは微動だにしなかった。
その背に宿る覚悟の重さに、グレイゼルは息を呑む。
「……お前……! 何を……!」
沈黙の中、レイナルトがゆっくりと頷いた。
「……そうか……。
立て、カザン。
お前の覚悟――確かに、見届けた」
その言葉に、カザンは勢いよく顔を上げる。
「……あっ……ありがとうございます!!」
立ち上がった彼は、息を吐くとグレイゼルの肩に手を置く。
その力強さは、言葉よりも雄弁だった。
「グレイゼル……。お前一人に背負わせねえ。
俺も一緒だ。どこまでも行ってやる。
この国を――守っていこうぜ」
グレイゼルは、わずかに目を細めて頷いた。
「ああ。
そうだな……頼もしいよ、相棒」
その一言に、カザンは耳まで赤くし、思わず声を荒らげた。
「なっ……!
や、やめろよ! 恥ずいだろ……!」
照れ隠しのように声を荒げるカザンに、張り詰めていた森の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。




