少女・ティリア2
ティリアの部屋は、深夜の静寂に包まれていた。
ギルノードたちが去った後、部屋に残されたのは、微かな暖炉の音と少女の鼓動だけ。
彼女はしばらく天井を見つめていたが、やがてそっと毛布をめくり上げる。
ためらうように足を床へと下ろした瞬間、罠が食い込んだ痛みが、鮮明に脳裏をかすめた。
肩が震える。
――だが今、その足には、傷一つ残されていない。
(……立てる、かな)
深い息をひとつ。
ゆっくりと、足に力を込める。
――すっ。
何の痛みもなく、立てた。
(……すごい……!)
歓喜が胸に広がり、ティリアは部屋を歩き始める。
バルコニーに続く窓へと歩み寄ると、そっと開いた。
夜風がひやりと頬を撫で、彼方に広がる森が、月光に照らされている。
(兄様……きっと心配してるよね……)
小さなため息を落とし、そっと窓を閉める。
そして再び部屋を見渡した。
柔らかな寝具。
温かい食事。
清潔な部屋と衣服。
そして、たくさんの優しい言葉――。
国境を越えた侵入者――牙をむき、威嚇までした自分。
下賤な身分。
……奴隷。
(……あのまま打ち捨てられても、仕方なかったのに)
その自分を、彼らは見捨てなかった。
(……本当に、親切な人たち)
『この子を、助けます』
思い浮かぶのは、カナのまっすぐな瞳。
(カナ様……)
その声と共に灯った希望を、ティリアは一生忘れないだろう。
「……カナ様。ありがとうございました……。
いつか、この命……あなたのために……」
想いを乗せた声が、静かに夜へ溶ける。
その瞬間――
部屋の中央にふわりと光が浮かぶ。
淡い蒼光の粒が集い、輪郭を形づくり――銀の翼を持つ、小さな龍が姿を現した。
『やあ。元気になってよかったよ』
「……っ! あ、あなたは……! もしや、あの時の!」
ティリアは驚きに目を見開き、慌てて深く頭を下げる。
「本当に……助けてくださり、ありがとうございました」
『うん。ああ、僕はディオリアって言うんだ。
君はもう大丈夫そうだね。何よりだよ』
「ディオリア、様……」
龍は深い湖を思わせる蒼い瞳を細めると、興味深そうにティリアを覗きこんだ。
『……君は精霊に好かれているんだね。ちょっと気になってさ』
ティリアはぱちぱちと瞬きをする。
「精霊、ですか……?」
『そう。
あの時、風の精霊が、君の存在を教えてくれたんだ。
“助けを求めている子がいる”ってね。
だから、僕たちは森に向かったんだ』
「そう……だったのですね……」
ティリアは不思議に思っていたのだ。
あんな森の深いところに、どうして助けが来たのか――。
その答えが、ようやく腑に落ちる。
ディオリアはじいっとティリアを見つめた。
視線に気圧され、ティリアは思わず耳を伏せる。
「な、なんでしょう……?」
『ううん。ただ――』
龍はしばらくティリアを見つめた後、目を細め、楽しげに尾を揺らした。
『不思議な子だ。
うん……きっと、僕たち、いい友人になれそうだなって、思ってさ』
その言葉に、ティリアの顔は、花が咲いたように明るくなる。
「……はいっ! ぜひ!」
夜の部屋に、小さな歓びの光が灯った。




