辺境伯執務室
一行は無言のまま、辺境伯ギルノードの執務室へと入った。
部屋に足を踏み入れた途端、外とは別世界の静謐さが満ちる。
壁を覆う深い色の木材は年月を重ね、鈍く黒光りしていた。
書架には磨かれた戦斧の装飾や古い地図が並び、中央には重厚な大机が鎮座している。
椅子の革は年月と共に深い皺を刻み、無骨な意匠が、この部屋の主の性格を象徴していた。
――ここは、贅を排し、力と実務だけが積み重ねられた空間。
扉が閉まると同時に、淡い光が壁を走る。
遮音の魔術が発動し、外界の音がすべて断ち切られた。
ギルノードは椅子に腰を下ろし、静かに視線を巡らせる。
すべての者が席についたのを確認してから、低く重い声を落とした。
「……レイナルト。何か感じたか」
レイナルトは目を伏せ、指先を組んだ。
「はい。あの獣人の少女――ティリアは、嘘は言っていないように思います。
母親のために薬草を探し、森へ迷い込んだというのは……真実かと」
「そうだな」
ギルノードは短く頷く。
レイナルトは静かに息を吸い込んだ。
「ただ……」
「うん?」
辺境伯が眉を動かす。
「国境を接していながら、罠の存在を知らないというのは……不自然です。
もしゼンウェールの者が仕掛けたのであれば、彼女が知らぬはずがない。
それほど、彼女の困惑は本物でした」
レイナルトの声が低く落ちていく。
「故に――仕掛けたのは、やはり帝国の者たち」
ギルノードは目を細め、さらに問いを重ねる。
「……何のためだと思う?」
その問いに、レイナルトは言葉を選ぶように一拍置いた。
「ゼンウェールの者たちを逃れさないため。
我々に助けを求めさせぬため。
そして……あるいは――口封じを」
室内の空気がひりついた。
そこでようやくギルノードの口元に、にやりと笑みが浮かんだ。
「さすがだな。レイナルト。そこに至るか。
……俺も同じ考えだ」
重い推測が、確信へと変わりつつあった。
――帝国は、何かを隠している。
そしてそれは、ゼンウェールを巻き込みながら、静かに牙を研いでいる。




