獣人の少女3
カナとエフィ、そしてレイナルトからの報告に、辺境伯ギルノード・クラヴィスは、重々しく眉根を寄せた。
別室では、イリシャとリゼアの看病の下、獣人の少女が、昏々と眠り続けているという。
カナの癒しの力がなければ、とっくに命を落としていただろう。
目を覚ましたという知らせは、まだない。
「そうか……そんなことが」
ギルノードの低い声に、暖炉の火がわずかに揺れる。
その声の奥に、静かな怒りが潜んでいた。
「お父様。
……彼女はおそらく、ゼンウェール族長のお身内ではないかと」
エフィの言葉に、ギルノードは腕を組み、頷いた。
「……ああ。そうだな。俺もそう思う」
*
ゼンウェール――。
イリアム帝国の辺境――深い霧に包まれた「ゼンウェール自治領」は、帝国内にありながら、地図には空白の地として記されている。
深い森と、切り立った崖に守られる、美しくも孤高の地。
同時に、帝国が欲してやまぬ資源の宝庫。
帝国に属すると言いながら、その民――獣人は、帝国にとって下賤とされる。
だが、帝国騎士団でさえ、その深部を征することは叶わなかった。
ゆえに、族長グレイゼルの自治を認める代わりに、代価として、彼らは貴重な薬草と、希少鉱石を献上している。
それが、帝国とゼンウェールの、脆く危うい均衡であった。
ギルノードは、腕を組んだまま呟く。
「ゼンウェールは……帝国にとって、都合のいい搾取対象に過ぎん」
*
その頃――。
グレイゼルは、人の姿のまま、切り立った崖の端に立っていた。
漆黒の髪が夜風に揺れ、鋭い金色の双眸が西の彼方を射抜く。
『兄様、見て。
この薬草、きっと母様の熱に効くわ』
数日前――。
無邪気に笑った、妹ティリアの姿が脳裏に浮かぶ。
国境付近の薬草を摘みに行ったまま、まだ戻らない。
「……ティリア……」
拳を、きしむほど固く握りしめる。
胸の奥底で煮えたぎる怒りが、理性を喰らい尽くそうとしていた。
グレイゼルの喉奥から、人の声ではない低い唸りが漏れる。
彼は静かに目を閉じた。
次の瞬間――彼の肉体は隆起し、闇夜に溶け込む漆黒の毛並みが、全身を覆う。
四肢が大地を掴む。
爪が岩を抉る。
息遣いが野生へと変貌する。
そこには、雄々しい黒豹がいた。
――闇の狩人。
怒りと悲しみをその身に宿し、彼は崖を音もなく跳躍する。
影は、夜の底へと消えた。




