ディオリアの覚醒2
ディオリアは大きな翼をゆるやかに畳み、エフィの待つ花畑へと静かに舞い降りた。
「エフィさん! お待たせしてすみません!」
カナは弾んだ声で駆け寄る。
「ほんと、ほんと……すごかったです!」
興奮を隠しきれない様子のカナに、エフィは柔らかく微笑んだ。
「まあまあ、カナ様。それは良かったですね」
「次は、エフィさんの番ですよ!」
カナはディオリアを振り返る。
「ディオリアが、乗せてくれるそうですから!」
その言葉に、エフィは困ったような表情を浮かべ、視線を伏せた。
「……ですが……」
「……エフィ」
静かに口を開いたのはレイナルトだった。
「カナがこう言っているんだ。行くといい」
「と、とんでもございません、殿下!」
エフィは慌てて一歩下がり、深く頭を下げた。
王太子と、未来の王太子妃をこの場に残す――。
そう考えただけで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
慌てて首を振るエフィに、レイナルトは苦笑を浮かべる。
「お前の領地だろう」
レイナルトは穏やかに言うと、エフィの手から二頭分の手綱を受け取った。
「お前自身が、見なくてどうする?」
オルタスは穏やかに鼻を鳴らし、主人の意図を理解したかのように静かに立っている。
「殿下……申し訳ございません。ありがとうございます」
エフィが再び深く頭を下げると、レイナルトは頷き、そのままカナへと視線を移した。
「カナ。君も一緒に行くといい」
「え……?」
カナは目を瞬かせる。
「でも……」
「いいから」
穏やかな声で制し、続ける。
「エフィ一人では、不安だろう? それに……」
レイナルトは、カナの顔を覗き込む。
「カナも、もう一度空から見たいのではないか?」
その一言に、カナの顔がぱっと明るくなった。
「……良いのですか?」
次いで、満面の笑みになる。
「レイナルト様、ありがとうございます!」
そう言うと、カナは嬉しそうに、ディオリアのもとへ駆けていった。
*
再び、眼下には息をのむほど美しい景色が広がっていた。
花畑は小さくなり、森と丘陵が、柔らかな色の帯となって連なっている。
背後から、エフィが思わず息を呑む気配が伝わってきた。
「……綺麗ですよね、エフィさん……!」
「はい……」
そして、少し遅れて言葉がこぼれる。
「ああ、本当に……。
このような貴重な経験を……本当にありがとうございます。
カナ様、ディオリア様……」
『喜んでくれて良かったよ、エフィ』
ディオリアが楽しげに翼を揺らす。
「はい……幸せです……」
そのあたたかな雰囲気を破るように――ふわり、と空気がざわめいた。
カナの周囲に、風の精霊たちが集まり始める。
『カナー!』
『助けて!』
『助けてあげて!』
(え……? どうしたの!?)
『この先の森ー』
『苦しんでる』
『かわいそうなのー』
(……わかった!)
心の中で即座に応えると、カナの表情が一変した。
楽しさの色が消え、真剣な緊張が宿る。
それを感じ取ったのだろう。
背後から、エフィの硬い声が響く。
「……カナ様? どうされましたか?」
カナは振り返ると、精霊たちの言葉を伝える。
「……なるほど……」
エフィは一瞬、記憶を辿るように、視線を遠くへ向ける。
「この先の森は、確か……」
彼女は頷くと、はっきりと告げる。
「分かりました。カナ様、行きましょう。
何があってもお守りします」
『僕もだよ!』
エフィとディオリアの即答に、カナは力強く頷いた。
「ありがとう。二人とも。
ディオリア、森へ!」
『わかった!』
ディオリアは翼を大きく打ち、進路を変える。
「精霊のみんな!」
カナは声を張った。
「場所を教えて!」
風の精霊たちは、待っていましたと言わんばかりに、一斉に流れを作り始める。
――美しい空から、救いを求める森へ。
彼らは、迷いなく、その風に身を委ねた。




