ディオリアの覚醒
澄んだ空気を震わせるように、ディオリアの声が響いた。
『カナ、乗って!
レイナルトも! エフィも、乗れるよ!』
その言葉に、目を見開いていたエフィは、はっと我に返ると――すぐに、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。
「どうぞ、お二人でお出かけくださいませ。
私はこの子たちと、ここでお待ちしておりますわ」
そう言って、エフィは一歩前に出ると、レイナルトの手から、オルタスの手綱を預かる。
青毛の馬は落ち着いた様子で、エフィの手に従った。
「行ってらっしゃいませ、レイナルト殿下、カナ様。
あとで……ぜひ、お話をお聞かせくださいね」
「エフィさん……」
名を呼ぶカナに、エフィは柔らかく頷いた。
カナはレイナルトと共に、見上げるような大きさのディオリアの傍に寄る。
ディオリアは、カナが乗りやすいように、そっとその身を地に伏せた。
鱗が、すべすべとした手触りを返す。
カナは、ディオリアに跨ると、つと、その身を乗り出す。
「……エフィさん! 行ってきます!
後でエフィさんもお願いしてもいい? ディオリア?」
『もちろんだよ!』
弾むような声が返る。
『じゃあ、カナ、レイナルト! 準備はいい? それじゃ――飛ぶよ!』
次の瞬間。
大きな翼が風を切り、光が渦を巻く。
ふわりと身体が持ち上げられ、地面が、花の丘が、急速に遠ざかっていった。
「わぁ……っ!」
思わず、カナの声がこぼれる。
「すごい……! すごいよ、ディオリア……!」
眼下には、色とりどりの花が織りなす丘陵。
風に揺れる花の海が、柔らかな光を反射する。
『えへへ、すごいでしょ?』
ディオリアの声には、隠しきれない喜びと誇らしさが滲んでいた。
『……あのね……。
僕ね、あの時……アルヴェリオン様にお願いしたんだ。
“カナを護れる力をください”って』
少し間を置いて、風を切りながら、続ける。
『そしたらね、たくさん力を分けてくれたの。
この姿なら……カナを、ちゃんと護れるでしょ?』
その言葉に、カナの胸が、きゅっと締め付けられる。
「……そう、だったんだ……」
カナは、そっと首に回した手に力を込める。
「ありがとう、ディオリア」
『うんっ!』
嬉しそうな返事と共に、ディオリアはさらに空高く舞い上がり、滑るように進む。
『ねえ、カナ、見て!
すごいよ……きれいだよ!』
広がる景色に、カナは息を呑んだ。
「……うん……! ほんとすごい!」
思わずレイナルトを振り返る。
「レイナルト様……っ! すごいですね……!」
「ああ。夢のようだ……」
風が二人の間を通り抜け、光が頬を撫でる。
二人はただ、その景色に身を委ねていた。
花の丘は、今や遥か下。
空は、どこまでも澄み渡り、遠くには王宮の尖塔が見えていた。




