遠乗り
翌日。
柔らかな朝の光に包まれながら、カナはレイナルトと並び、城の厩舎へと向かった。
辺境伯が誇る厩舎は広く、梁の高い建物の中には、艶やかな毛並みを持つ馬たちが並んでいた。
手入れの行き届いたその姿から、この地がどれほど馬を大切にしているかが、ひと目で伝わってくる。
カナは、その中の一頭の前で足を止めた。
漆黒に近い、深い青を帯びた毛並み。
レイナルトが手綱を取る。
「昨日は、この馬で駆けたんだ。
名はオルタス。とても賢くて、穏やかな良い馬だ」
「そうなのですね……」
カナは微笑むと、そっと近づいた。
オルタスがふっと、柔らかな眼差しを向ける。
「とても、おとなしい子ですね。
オルタス、今日は、私も一緒に乗せてもらうけど、よろしくね」
そう言って、カナが首元に手を伸ばすと、オルタスは静かに頭を下げ、彼女の手にすり、と頬を寄せた。
ブルル、と低く、満足げに鼻を鳴らす。
その仕草に、カナの表情が自然とほころんだ。
「ふふ……かわいいですね」
その様子に、レイナルトは思わず苦笑する。
「オルタス……。まったく……現金な奴だな」
ほどなくして、カナはレイナルトの前に乗り、背後には、エフィが自分の馬で控える。
馬たちは落ち着いた足取りで、城門を抜け、辺境伯領の大地へと踏み出していく。
「この先に、丘陵がある」
レイナルトが言った。
「今の季節は、花が見事だそうだ。そこへ行こう」
*
道は、花の咲き誇る野へと続く。
やがて森を抜けると、視界が一気に開けた。
緩やかに連なる丘陵一面に、数え切れぬほどの花々が、波のように広がっている。
風が渡るたび、花の海が静かにうねり、甘やかな香りが空を満たす。
白、淡紅、黄金――名も知らぬ花が折り重なり、視界の果てまで続いていた。
「……きれい……」
カナは思わず息を呑んだ。
どこまでも続く花の絨毯。
丘の起伏に沿って、色彩が重なり、溶け合い、
空の青と、雲の白が、その上にやさしく重ねられている。
「……すごい……」
カナは、言葉を探すように呟いた。
「こんな景色……初めてです」
「ああ……俺もだ。これは……素晴らしいな」
言葉にするのも惜しいほどの景色が、そこにはあった。
カナは、思わず小さく息を吐く。
「……まるで、絵本の中みたい……」
レイナルトは、その言葉に微かに微笑む。
「……本当だな。――共に見られて、良かった」
花と空に抱かれながら、三人はしばし馬を止め、その静かな美しさを、ただ心に刻む。
その光景は、時間さえも穏やかに溶かしていった。




