辺境伯領の静かな夜
食事を終えると、レイナルトとカナは、用意された続きの部屋へと案内された。
柔らかな灯りに満ちた室内には、季節の花が生けられ、ほのかに香りが漂っている。
その少し後ろに、エフィが静かに控えていた。
カナは歩みを止め、そっと振り返る。
「エフィさん……せっかくのご実家なのに、こうして着いていただいていて、良いのでしょうか……?」
カナの遠慮と気遣いが滲む声に、レイナルトが頷いた。
「そうだな。エフィ。カナの言うとおりだ。
ご家族と過ごす時間もあるだろう。ここはもう大丈夫だ」
エフィは一瞬、言葉を失ったように瞬きをする。
「レイナルト殿下……カナ様も。
そのようにお気遣いをいただき、ありがとうございます。
本当に……よろしいのでしょうか?」
「ああ」
レイナルトは穏やかに微笑む。
「エフィこそ、ゆっくり過ごしてほしい。
また明日、よろしく頼む」
その言葉に、エフィは深く一礼する。
「かしこまりました。
それでは……お言葉に甘えさせていただきます」
エフィは静かに退出していく。
扉が閉じられると、室内には静寂が戻った。
*
カナは、レイナルトに導かれるまま、静かにソファーへ腰を下ろした。
柔らかなクッションに身を預ける。
「……二人きりというのも、久しぶりだな」
低く落ち着いた声に、カナは小さく頷く。
「そうですね……」
カナはレイナルトにそっと身を寄せると、そのまま目を閉じた。
肩に触れるぬくもり、髪を撫でる指先のやさしさが、心を静かにほどいていく。
言葉のない時間が、穏やかに流れた。
やがて、カナは彼に身体を預けたまま、静かに口を開いた。
「レイナルト様……。
辺境伯様に、お話は……できたのですか?」
レイナルトは唇の端に笑みを浮かべると、低く応える。
「……ああ。やはり、気付いていたか」
「はい」
「……そうか」
短いやり取りのあと、彼はゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「全て話したよ。
アルトリウスのこと、エルハイムのこと……。
それから――ラグナ様とディオリア様のことも」
カナは微笑みを浮かべる。
「そう、でしたか……。
それで、辺境伯様は、なんと?」
「それは……」
レイナルトは静かに頷くと、国境を見下ろす山と、炭焼き小屋で交わされた言葉の数々を語った。
話を聞き終えると、カナは小さく息を吐く。
「それは……確かに、気になりますね」
「ああ」
レイナルトの声が引き締まる。
「伯父上が備えてくれると言うのだから、大丈夫だとは思うが……。
それでも、注視はしておくべきだろう」
「……そうですね」
カナは静かに頷いた。
「……何も起こらなければ、良いのですが……」
「本当にな……」
交わされた言葉の奥に、同じ思いが宿る。
レイナルトは、再びカナの髪に手を置く。
二人は寄り添ったまま、夜の静けさに身を委ねていた。




