SS エフィ・クラヴィス辺境伯令嬢8
エリアスは語った。
フェイル村へ彼女を迎えに行った日のこと。
戸惑いながらも精霊たちと心を通わせていく姿。
精霊の森での事件、そして精霊祝祭へ至るまでの、すべての関わりを。
話を聞くうち、エフィの表情は何度も変わった。
「……そんなことが、あったの……?」
「ああ」
彼女はゆっくりと視線を落とすと、噛みしめるように呟く。
「……そう、だったのね……」
エフィは深く息を吐き、そっと目を伏せた。
胸の奥に、カナへの敬意と、言葉にできない感情が広がっていく。
彼女が、この国にもたらしたものの大きさを――エフィは、改めて思い知っていた。
*
エフィは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、強い光が宿っている。
「エリアス。話してくれてありがとう。
さっき言ったけれど、私も――あなたに、話さなければならないことがあるの」
ただならぬ気配を感じ取り、エリアスは思わず息を呑んだ。
「……何があった? エフィ」
エフィは一瞬だけ視線を伏せる。
膝の上で、手をぎゅっと握りしめる。
「……ごめんなさい、エリアス。先に、謝っておくわ」
静かな声だった。
だが、その一言に、エリアスの胸の奥がざわめく。
「私……昔、学院であなたと交わした約束を、破ってしまうの。
いつか大神官になるっていう……あの約束。
本当に、ごめんなさい」
「……なぜだ?」
深く頭を下げるエフィに、エリアスは思わず身を乗り出した。
「君なら、きっと――」
「ううん」
エフィは首を振り、はっきりと言った。
「エリアス。私は、神官を辞めるの」
空気が、凍りつく。
「エフィ・クラヴィスに……戻るのよ」
「……何、だって?」
エリアスの声が、わずかに掠れた。
エフィは彼の目を、まっすぐに見つめ返す。
その目に、迷いはなかった。
「私は、近く学院離宮へ行くの。
そこで……聖女カナ様の、専属侍女になることが決まったの」
言い終えた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れるのを、エフィ自身が感じていた。
それでも――
この選択だけは、譲れなかった。
かつて二人で語り合った未来は、確かに眩しかった。
けれど今、彼女の胸に灯る“光”は、別の場所へと導いている。
エリアスは言葉を失い、ただ彼女を見つめた。
*
エリアスは、しばし沈黙した後――ふっと穏やかな微笑みを浮かべた。
「そうか……。
これからは君が、カナの傍にいてくれるのか。
それは、本当に心強いな」
「え……?」
思わず声が裏返る。
「エリアス……怒らないの?」
「なぜ怒るんだ?」
彼は不思議そうに首を傾げ、そして、静かにエフィを見つめる。
「だって、君は――」
一瞬の間。
その沈黙が、ひどく重く感じられた。
「……“陰”として行くんだろう?」
その一言に、エフィの顔から血の気が引いた。
「エ、エリアス……なぜ……」
唇が震える。
「どうして……それを……?」
エリアスは肩をすくめ、どこか懐かしむように笑った。
「昔から、知っていたよ。
王国の盾、の”盾”の意味。
そして……“神童”クラヴィス辺境伯令嬢――エフィ・クラヴィス、ってね」
そして、柔らかな声で続ける。
「そうか……君の“光”は、カナだったんだな」
エフィは、青ざめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……ああ……そ、んな……。
エリアス、なんで、そこまで知っていて……。
それでも、一緒にいてくれていたのね?」
「もちろんだ」
縋るような問いに、エリアスは即座に答える。
その声には、一片の迷いもない。
「俺は、君の身分や立場じゃなくて、内面だけを見ていたからね」
少し間を置いて、穏やかに微笑む。
「でも……良かったな、エフィ。本当に」
「エリアス……」
エフィは、胸の奥が熱くなるのを感じながら、静かに頷いた。
エリアスは表情を引き締めると、真剣な声で続けた。
「エフィ。カナの力は、あまりにも膨大だ。
全精霊に愛されている存在など、他国からすれば――垂涎の的だろう」
視線が、まっすぐエフィを射抜く。
「どうか、守ってやってくれ。
レイナルトと君なら、できる」
「ええ。任せて」
力強く頷くと、エフィは笑った。
「命にかえても、お守りするわ」
エリアスもまた、微笑む。
「……君がいてくれれば、安心だな」
「エリアス……」
「俺たちは、国を守る“同志”だ。
今までも――そして、これからもな」
エフィの目に、堪えきれず涙が滲む。
「ええ……!」
声を震わせながら、深く頷く。
「そう……そうね!」
互いの歩む道が違っても、同じ未来を守る。
こうして二人は、かつて夢見た“並び立つ未来”とは違う形で、国を支える存在となったのだった。
――そして、数年後。
グラン侯爵家から、クラヴィス辺境伯家へ、正式な結婚の打診があったというのは……。
また、別のお話。




