SS エフィ・クラヴィス辺境伯令嬢4
王立学院精霊科において、その課題は異質だった。
精霊との協調を前提とする高難度演習。
しかも今回は、単独での解決は不可能――あらかじめそう定められていた。
教師は距離を取り、介入はしない。
失敗すれば、精霊が暴走する可能性すらある。
エフィ・クラヴィスは、迷いなく陣を構築した。
精霊の性質、流れ、魔力配分。
精霊陣の構成、魔力循環、干渉率の最適化。
どこにも無駄はなく、理論としては完璧だった。
「これで問題ないわ」
静かな自信を伴う声。
だが。
エリアスは、考えるように精霊陣を見つめてから、淡々と言った。
「理としては、正しい」
エフィはわずかに顎を上げる。
その先を待つ余裕があった。
「でも、君は“精霊が嫌がる理由”を見ていない」
一瞬、思考が止まった。
(……嫌がる、理由?)
反論の言葉が、喉までせり上がる。
だが、形になる前に、エリアスの声が続いた。
「君は精霊を“従う存在”として扱っている。
命令に応え、力を貸すものだと」
責めてはいない。
事実を述べるだけの、静かな声。
「でも、彼らは君に逆らえないだけだ。
本当は、応えようとして――無理をしている。
この間の、居心地の良さそうな術式はどうしたんだ?」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
「……このままでは、長くはもたないな」
エフィは、初めて精霊陣の中の光を見る。
震えるように揺れる光。
応えようと必死に力を編み、歪みを抱えたまま耐えている姿。
(……私、は)
強い。
正しい。
効率的で、理に適っている。
――でも。
(独りよがり、だった……?)
精霊が何を感じているか。
どうすれば“無理なく”力を貸せるのか。
その視点が、彼女の解には存在していなかった。
エリアスは、彼女の沈黙を待つように続ける。
「君の解は、完成度が高い。
でも、精霊と“並んで立つ”発想ではない」
「な……っ……!」
(……そうか、この人は……)
その瞬間、エフィは理解した。
(私の“欠点”が、正確に見えているんだわ)
エフィは、ゆっくりと息を吐き、初めて彼を真正面から見た。
「……どうすればいい?」
他者に判断を委ねる。
それは、これまでの彼女からすれば、あり得ない行為。
だが、その声は、取り繕いも虚勢もない、素直な声だった。
エリアスは少しだけ目を瞬かせ、そして穏やかに答える。
「君は、どうしたい?」
一瞬、空気が止まる。
エフィは、初めて気づいた。
自分が“どう正しいか”ではなく、“どうしたいか”を問われたことに。
喉が、震える。
「……精霊を、守りたい」
エリアスは、穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、それでいこう。
精霊に、選ばせればいい。
君が導き、彼らが応える形で」
その言葉に、エフィの頬が、静かに熱を帯びた。
初めてだ。
正しさではなく、在り方を問われたのは。
(この人は――私を否定しなかった。
やはり……対等に、立てる人だ)
そして同時に、エリアスもまた思う。
(この人は、強さに溺れない。
理解した瞬間に立ち止まれる……稀有な存在だ)
二人はまだ、互いのことをほとんど知らない。
だがこの瞬間、再び認識を新たにする。
――この人なら、話せる。
――もっと、知りたい。
同じ想いが、交差していた。




