不安な心
テーブルの上には、湯気の立つカップが三つ。
薄く琥珀色をしたハーブティーの香りが、ほんのりと鼻をくすぐった。
「……ありがとう、マリナさん」
カナは静かに礼を言ってから、カップに手を添えた。
何気ないひとときのはずなのに、室内に漂う沈黙がどこか重い。
言葉にできない違和感が、胸の奥でじわりと広がる。
「……少し、話があるんだ」
エダンがようやく口を開いた。声はいつものように穏やかだが、どこか慎重だった。
マリナがカナの隣にそっと座った。温かな手で、カナの手を包み込む。
「今日ね、王都から使者が来たの」
マリナが、ゆっくりと言った。
「えっ?王都って……?」
カナは瞬きをしながら、思わず首を傾げた。
「カナ、君のことを知っていたよ。
公的な文書を持っていた。正式な印もあったよ。
……どうやら、君のことを調べていたらしい」
エダンの言葉に、カナは目を見開いた。
「わたしのこと、ですか……?」
エダンは頷く。
「精霊の声が聞こえることを知っていた。
君を、王都に迎えたいそうだ。王立学院へ、と」
カナは唇をきゅっと結び、手の中のカップを見つめた。
精霊を見、話をしたことがある──それは確かに、自分にとって特別な出来事だった。
だが、それが王都に伝わっていたというのは、想像の外だった。
「その……使者の方は、もう帰ったんですか?」
「今夜は町の宿に泊まると言っていたよ。
詳しいことは明日、改めて話したいそうだ」
「……そうですか」
静かな部屋に、その言葉だけが重く響いた。
何気なく見かけた馬車。あれは、王都から来た者のものだったのだ。
自分のことなど思いもせず、ただ何かあったのではと案じて帰ってきた。
まさか、その「何か」が、自分だったとは。
「でもね、カナ」
マリナが、ぎゅっと手を握った。
「私たちは、あなたがここで幸せに暮らしてくれてることが、一番大事なの。
だから、無理にとは言わせない。行きたくなければ、行かなくてもいいのよ」
マリナの瞳には、確かな愛情と、不安と、寂しさが滲んでいた。
エダンもまた、深く頷く。
「選ぶのは君だ。
だが……王都に行けば、きっと新しい何かが待っている。
精霊と関わる者としての、自分の道を、見つけられるかもしれん」
カナは、言葉もなく頷いた。
王都、学院、精霊――。
まるで絵空事のような話が、今、自分の足元まで確かに届いてきている。
「……明日、その方と会ってみます」
覚悟を決めるように、カナは小さくそう告げた。
その夜は長く、静かに、更けていった。




