学院長面談
朝食を終える頃には、カナの表情は来た時よりもずっと柔らかく、口調も砕けたものになっていた。
ミリアが勢いよく話し、サラが時折たしなめる――そんな賑やかなやり取りが、不思議と心地よかった。
「またお昼一緒に食べようね!」
ミリアが手を振ると、サラも軽く笑って頷く。
「次は校内の案内もしてあげる。じゃあ、また後でね」
「うん、ありがとう。」
カナは胸の奥がほんのり温かくなるのを感じながら、手を振り返す。
ホールを出ると、待っていたマーサが近づいてきた。
「初めてのホールで、よく頑張られましたね。
……それでは、この後は学院長先生との面談になります。どうぞこちらへ」
カナは少し緊張を取り戻しながらも、先ほどの温かい空気が心を支えてくれるのを感じた。
*
寮を出て学園の中央棟へと向かうと、荘厳な建物が目の前にそびえる。
大理石の階段を上り、重厚な扉の前で立ち止まると、マーサが軽くノックした。
「カナ様をお連れしました」
内側から「お入りください」と穏やかな声が響く。
扉がゆっくりと開き、精霊の紋章が刻まれた静謐な室内が広がった。
書棚に囲まれ、古い魔導書と精霊石が並ぶ学院長室の奥で、
白髪の老紳士がゆったりと席を立ち、優雅に一礼した。
「遠路はるばる、よく来てくださいましたね。
――私はこのセレス王立学院の院長、セレスタンと申します。
あなたが、特待生のカナさんですね」
その声は、静かで包み込むような響きを持っていた。
「はい。はじめまして。カナ、です。
よろしくお願いいたします」
カナは深く頭を下げる。
セレスタンは頷くと柔らかな笑みを浮かべ、奥の席を示した。
「そして……もうお一人、ご紹介しましょう」
カナの視線の先、窓辺の光の中に立つ青年が、ゆっくりとこちらに歩み出た。
金色の髪が光を受けて輝き、深い蒼の瞳がまっすぐカナを見つめる。
その立ち居振る舞いは気品に満ち、普通の生徒ではないことは一目でわかった。
「王国第一王子、レイナルト殿下です」
セレスタンの声に、カナは思わず息を呑んだ。
(お、王子……様!? なぜここに……?)
レイナルトはゆったりと一歩前に出て、優雅に一礼した。
「はじめまして、カナ。
遠路よく来てくれたな。旅はさぞ大変だっただろう」
その声音は穏やかだが、どこか凛とした威厳がある。
カナは慌てて立ち上がり、ぎこちなく頭を下げた。
「は、はいっ……! ありがとうございます……」
レイナルトは軽く微笑んだ。
「私はこの学院の高等部で騎士科を専攻している。
精霊学とは分野が違うが、君が不自由なく学べるよう、後見役を務めることになった。
困ったことがあれば遠慮なく頼ってくれ」
セレスタンが頷きながら付け加える。
「殿下は学院の生徒であると同時に、あなたの安全と学びを支えるお立場です。
また、精霊学を深く理解するため、時折、特別授業にもご一緒いただく予定です」
(王子様が……後見役……? 一緒に授業まで……?)
カナは情報量の多さに目まいがする。
レイナルトが席に座るのを横目に見ながら、胸の鼓動を落ち着けようとした。
「……あの……どうぞよろしくお願いいたします……」
深々と頭を下げるカナの様子に、レイナルトは柔らかな笑みを浮かべていた。