朝食ホールにて
マーサに連れられて、カナは特別寮のホールへと足を踏み入れた。
その瞬間、温かな談笑で満ちていた空気が、すっと静まり返る。
カトラリーの触れ合う音さえ消え、無数の視線が一斉にカナへと注がれた。
一瞬の沈黙の後、ざわ……と、ひそやかな声があちこちから聞こえる。
(あの子が……特待生? 昨日来たって……)
(王命なんだってな……すごいよな……)
「……」
視線がカナに集まる。
胸がぎゅっと縮こまりそうになったそのとき――
マーサがすっと前へと歩み出ると、カナを軽く促した。
「皆さん、昨日到着されたカナ様です。精霊科の初等部に入学されます。
これからこちらで学ばれることになりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
小さなざわめきが起こり、すぐにまた静けさが戻った。
好奇の目が突き刺さるようで、カナは思わず両手をぎゅっと握りしめる。
(……緊張する……こんなに見られるなんて……)
そのとき――
「おーい! こっちにおいでよ!」
明るく響いた声に、カナは顔を上げた。
ホールの中ほどの席で、栗色の髪を肩まで伸ばした少女が、にこにこと手を振っていた。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
マーサが微笑んで囁く。
「どうやら、お友達が見つかったようですね。行ってみましょう」
カナは小さく頷き、胸の奥で息を整えると、マーサに促されてその席へと歩き出した。
*
テーブルに近づくと、少女は元気よく立ち上がり、にこっと笑った。
「おはよう!
わたし、ミリア・エヴァンス。わたしも精霊科の初等部なの!
よかったら、一緒に食べない?」
ミリアは気負いのない様子で、周囲の好奇の視線をさらりと受け流す。
カナは緊張で少し硬い声になりながらも、頭を下げる。
「え、あ……ありがとう……カナです。よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしくね!
特待生なんでしょ?すごいじゃない!」
ミリアは目を輝かせ、遠慮なくカナの腕を引いて椅子に座らせる。
テーブルの上には、焼きたてのパンとスープ、果実の盛り合わせが並んでいた。
「ここは……わたしが座ってもいい席なの?」
「もちろん!
ここは席が決まってないし、気にしないで」
ミリアがパンを取り分けながら、にこにこと話しかける。
そのテーブルには、もう一人の少女が座っていた。
短い金髪の少女は、パンをかじりながら顔を上げ、明るい瞳でこちらを見た。
「まったく、ミリアは相変わらず勝手なんだから……でも、歓迎するよ。
よろしく。わたしはサラ・リンドール。魔術科の初等部だ」
「ほら、こういうときこそ友達を作るべきでしょ?」
軽口に笑いがこぼれ、緊張で固まっていたカナの心が少しだけ緩んだ。
思わず、小さく笑みがこぼれる。
「ほら、ミリアの元気が良すぎて、カナがびっくりしてるよ?」
「そんなことないもん!」
二人のやり取りに、カナは思わずくすっと笑ってしまう。
「……サラさんは、ここで暮らして長いんですか?」
「うーん、入学して半年くらいかな。
最初は戸惑うことばかりだったけど、慣れると楽しいよ。カナもすぐ馴染めると思う」
「……ミリアさんもですか?」
「うん、私も半年くらい!
最初は緊張したけど、すぐに友達もできるし、先生たちも優しいから大丈夫。
カナもすぐ慣れるって。
わたしたちがちゃんと案内してあげるから!」
ミリアの勢いに押されつつも、サラが「ま、ほどほどにね」と肩をすくめる。
マーサが少し離れた場所から穏やかに見守る中、カナは二人と並んで朝食を口にした。
――うん、少しずつ、頑張れそう。
心の奥がほんのり温かくなった。