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セレス王立学院

王都の朝は、山あいの村とはまるで違っていた。

空気に混じる香りすらもどこか華やかで、遠くの尖塔から響く鐘の音が、

澄んだ空へと吸い込まれていく。


馬車の窓から、カナは緊張した面持ちで外を見つめていた。

大聖堂での検査から数日――今、彼女は王都の北端にある王立学院へと向かっている。


『特待生として迎え入れる。住まいは、特別寮を用意するように』


それは、王家から正式に下された指示だった。


まるで、夢の続きを歩いているようだった。

けれど、窓に映る自分の顔には、どこか不安の色がある。


(本当に……ここまで来ちゃったんだ)


ふと、胸元にぶらさげたペンダントに指が触れる。

心の奥で、風の精霊の声が微かに響く。


『――大丈夫、そばにいるよ』


その囁きに、カナはそっと目を閉じた。




その学院は、圧巻だった。


白大理石で造られた本館は陽光を受けて輝き、天空に向かって幾本もの尖塔が伸びる。

尖塔の頂には、風・水・炎・土を象徴する宝珠が嵌め込まれており、

光が当たると虹色の輝きが庭園に差し込む。


緑豊かな中庭には古代から育まれた精霊樹が佇み、淡い魔力の風が常にそよいでいた。


「……すごい……お城みたい」


カナが小さく呟くと、付き添うエリアスが笑みを見せた。


「ここは王家が築いた“もう一つの城”だ。

精霊と歩む者たちのための学び舎……王国でもっとも神聖な場所の一つだ」


馬車が学院の門をくぐると、精霊の気配が一層強くなるのをカナは感じた。

長い石畳の道の両脇には、魔力の灯火が浮かび、昼間でも淡い光を放っている。


やがて馬車が止まり、扉が静かに開かれる。

案内されたのは、学園の敷地の奥に佇む、小さな洋館だった。


本校舎とは別の静かな一角に建てられていて、花々に囲まれたその佇まいは、

時間の流れがゆったりとしているようだった。


「ようこそ。お待ちしておりました」


迎えに出たのは、深い藍色の制服を纏った女性だった。

きりりとした眼差しに、誇り高い佇まい。

学園の寮監――兼、特別寮の管理者らしい。


重厚な扉が開け放たれると、磨かれた床に、手織りの絨毯。

精霊を模したレリーフが並ぶ壁。古いけれど温かみのある家具が目に飛び込む。


「はじめまして。わたくしは管理者のマーサ、と申します。

カナ様。こちらが、これからのお住まいです」


カナは女性に深く頭を下げる。


「はじめまして。カナといいます。

……これからお世話になります。

どうぞよろしくお願いします」


「マーサ殿。私からも、どうぞよろしくお願いいたします」


エリアスは共に頭を下げると、カナの肩にそっと手を置いた。


「ここまで来ればもう安心だ。

俺はこれで戻る。……大丈夫、君ならやれる」


別れ際のその言葉は、優しいけれど、不思議と胸の奥を締めつけた。

村を出てから、ずっと一緒だった人がいなくなる。

分かってはいたけれど……一気に不安が押し寄せ、泣きそうになる。


カナは思わずうつむく。


「――はい。頑張り……ます。

ここまで本当にありがとうございました」


深く頭を下げると、エリアスは安心したように微笑み、馬車に乗り込んで去っていった。


残された静けさの中で、胸の上でペンダントを握る。


(わたし、本当に……やっていけるかな……)


マーサが案内してくれる背中を追いながら、足取りが少しだけ重くなる。

それでも、ここで逃げてはいけないと分かっていた。


その夜、ひとり与えられた部屋で、柔らかな寝具に包まれ、

カナはベッドに身を沈めた。


――ここが、わたしの、新しい居場所。


窓の外、風に揺れる木々の葉が、挨拶するかのようにきらめいていた。

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