エリアスの報告
エリアスは、大聖堂に隣接する精霊庁の執務棟に足を運んでいた。
天井の高い石造りの回廊を、靴音を控えめに響かせながら進む彼の表情は、いつになく真剣だ。
その手には、精霊の力を測定した結果の報告書がある。
規格外の数値、見える・話せるという前例のない証言、
そして“加護が形を成している”という現象。
どれも、常識の枠を超えていた。
執務棟奥の部屋──精霊庁責任者の扉をノックする。
「エリアスか。視察は終えたのかね?」
「はい、長官。それと……至急、お目通しいただきたい件があります」
静かに差し出した報告書を受け取った男は、眉をひそめる。
やがて読み進めるにつれて、その目が見開かれていった。
「これは……」
「――明らかに、記録にあるどの適性者よりも、突出しています」
男は深く息を吐き、報告書を置いた。
「王宮に伝えるしかないな。特別な措置を、我々の裁量で決めるわけにはいかん」
「はい。今朝の便で、すでに信書を提出いたしました」
男の表情に、わずかに驚きの色が浮かぶ。
「……手が早いな」
「彼女は、それほどの存在です。後手に回れば、混乱を招く可能性もあります」
しばしの沈黙ののち、男は頷いた。
「分かった。では我々も動こう。
王宮からの指示が来るまで、彼女の所在と身辺の保護は万全に」
「承知しました。王宮側の反応があれば、即時対応いたします」
会話を終え、静かに頭を下げて部屋を後にするエリアスの背には、
これまで以上に確かな覚悟が宿っていた。
*
王宮の中枢、謁見の間に近い私室の一つ。
そこに通されたエリアスは、深く頭を垂れた。
「……以上が、大聖堂での検査結果です」
文書に添えられた検査報告とともに、カナの持つペンダントの写しも提出されている。
報告を聞いていたのは、王宮の高官たち、並びに――第一王子、レイナルトだった。
静かな威厳と聡明さを感じさせる佇まい。
彼は机の上に広げられた報告書をしばし見つめたのち、口を開いた。
「精霊の声を聞くだけでなく、姿が見える……?
しかも、対話が可能な上、加護が“可視化”された、だと?」
「はい」
エリアスの返答に、机を挟んだ面々が顔を見合わせる。
「――何ということだ……」
静寂が落ちる。
「その少女の出自は?」
「辺境の森で保護された身。家系記録には一切該当なし。
――ですが、血筋とは別のところで、力が“呼ばれた”形跡が見られます」
レイナルトはしばし目を伏せ、静かに指を組む。
「……そのまま適性者として処理するわけにはいかないな。
――特例ではなく、“特任”の扱いとするべきか」
「……はい。前例のない特性です。
今後の扱いについて、ご指示を仰ぎたく……」
エリアスの言葉に、レイナルトは頷いた。そして、傍らに控えていた侍従に目配せする。
「王に報告の上、“特任”としての指導体制を整えろ。
――聖女候補だ。精霊庁の協力も必要になるだろう」
「はっ。特任として、記録いたします」
静かなやり取りだったが、それが意味するのは大きい。
『特任』とは、通常の適性者とは別に、王家が直轄で監督・保護する特殊な存在。
精霊との交信能力が極めて高く、国益にも関わると判断された者にのみ下される措置だった。
エリアスは深く礼をしながら、胸の奥でひそかに息をつく。
これで、カナは守られる。
報告は、波紋を広げ確実に――
王宮と精霊庁の中枢を動かしていった。