大聖堂へ
大聖堂の中は、王都の喧騒が嘘のように静かだった。
重厚な扉が開かれると、白い大理石の床と、石造りの荘厳な柱が見えた。
高い天窓から差し込む光が視界に広がる。
そのすべてが精霊を敬う神聖な空気を纏っていて、カナは思わず背筋を伸ばす。
「緊張してる?」
エリアスが少し顔をのぞき込むように尋ねてきた。
「……少しだけ。
あの、痛い、とか、苦しい、とかは無いんですよね?」
エリアスは微笑む。
「ああ。そういうものは何もない」
「そうですか……安心しました。
なら、大丈夫です」
カナは目を伏せて、胸元のペンダントにそっと手を添える。
やがて、検査を担当するローブ姿の神官が二人、こちらへと歩み寄ってきた。
「エリアス殿、ご苦労さまです。
精霊感応検査ですね?」
「頼む。特例申請は通っているはずだ」
「承知しました。
……カナ様、ですね。どうぞ、こちらへ」
カナは促されるまま、奥の部屋へと歩いていく。
通されたのは、魔力測定と精霊適性を見るための特別な空間だった。
中央には円形の魔法陣が刻まれた石板。
周囲には幾つもの精霊石が設置されていて、淡い光を放っている。
「では、中央にお立ちください。
心を静めて。普段通りで構いません」
年配の神官が穏やかに言う。
「はい……わかりました」
カナはこくんと頷いて魔法陣の中央に立つ。
目を閉じ、呼吸を整える。
いつものように、風の精霊たちの気配に意識を向けると、ふわりと髪が揺れた。
――カナ、ここだよ。
――大丈夫。いつもみたいに。
耳元で囁くような声。くすぐったいほど優しい精霊の風が、彼女の周囲を漂う。
――キィィィン……
澄んだ音が大聖堂に響いた瞬間、設置された精霊石から、まばゆいばかりの光が溢れ出した。
白、緑に青、そして赤――さまざまな色が重なり合うように強く、眩い輝きとなって部屋を満たす。
光は渦を巻き、やがてカナを包み、天へ昇る。
「なっ……!」
検査室の外で見守っていたエリアスが思わず声を漏らす。
測定値を示す装置の針が、最大値を振り切った。
神官たちのどよめきが走る。
「……なんだこれは……!!」
「過去最高値、いや、それどころじゃない……。
記録更新どころか、測定限界を超えている……!!」
「これは……すぐに上層部へ報告を。
王宮に判断を仰ぐべきでしょう。
――この少女には、精霊庁の定める枠を超えた、“例外的な措置”が必要です」
騒然とする神官たちの声が聞こえる中、カナはただ、風と共にそこにいた。
――ありがとう、あなたたち……
そう思いながら、静かに目を開けた。
「カナ」
検査室に入ってきたエリアスが、驚きを隠せないまま口を開く。
「君は……間違いなく、今後の精霊庁のあり方にも影響を及ぼす存在になる……。
やはり、素晴らしい素質だ」
「……そんなに、すごかったんですか?」
カナが不安そうに尋ねると、エリアスは思わず笑ってしまった。
「ああ。すごかったさ。
いや、すごいなんてもんじゃない。
君は、きっと――」
言いかけて、ふと目を細める。
「……いや、それは君自身が、これから見つけていくんだな」