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王都前夜

旅は順調に進んでいた。


広々とした街道には、日差しがやわらかく降りそそぎ、

馬車の車輪が小気味よい音を立てて進んでいく。

カナは窓の外を眺めながら、見慣れぬ景色に心を弾ませていた。


途中、小さな街に泊まった日のこと。


宿の軒先には、焼きたてのパイや果実酒の香りが漂っている。

食堂では、旅人たちが肩を並べて食事をしていた。


「ここは焼きリンゴパイが名物らしい。好きか?」


「はい。甘いものは、大好きです」


差し出されたパイは、表面がこんがりと焼かれており、

中から熱々のリンゴとスパイスの香りが漂ってくる。

カナはひとくち齧ると、思わず頬がゆるんだ。


「おいしいです!さくさくしてて……」


「だろう?

旅の途中で、こういうものに出会えると、気持ちが少し軽くなる」


旅を共に続け触れ合う中で、

エリアスはもはやカナのことを「カナ」と呼び、口調も砕けたものになっていた。


食後には、街角の小さな屋台で、薄く蜂蜜の入った果実水を買った。

暑さで火照った頬を冷やしながら、ふたりは日陰のベンチに並んで腰かけた。


やさしい風が通り抜け、カナの髪がふわりと舞った。





王都へ向かう旅も、終わりが見えてきた。

最後の宿泊をすることになり、夕暮れのにぎやかな通りを、ふたりで歩いた。


屋台の串焼きや、小さなパン屋の甘い焼き菓子。

エリアスが「せっかくだから」と何種類も買い込んで、カナに半ば無理やり手渡してくる。


「こういうのはな、あれこれ食べ比べるのが楽しいんだ。そうだろ?」


言われるがままに一口かじると、外はぱりっと香ばしく、

中はふわりと甘くて、カナは目を丸くした。


「……おいしい、です」


そんな様子を見て、エリアスは満足げに頷く。


「カナ、君はもっといろいろ食べた方がいい。

学園に入ったら、食事なんて忙しくてゆっくりできないぞ。

今のうちだ」


「そう……なんですか?」


「俺のときはそうだった。だから、こういう時間は貴重なんだ」


広場では音楽が鳴り、行き交う人々の笑い声があたたかく響く。

カナはその喧騒に少し目を細めて、言った。


「ありがとうございます……とっても楽しいです」


ふいに風が吹き、カナの髪がふわりと舞った。

その風に、小さく透明な羽音が混じる。


「……精霊?」


カナがそっと囁くと、空気がわずかに揺れ、風の精霊が彼女の肩に舞い降りた。

エリアスも感じたらしい。

目を見開いたが、もう驚きはしなかった。ただ、静かに頷く。


「君は……やっぱり、すごいんだな」


「……そうでしょうか」


カナが小さく笑う。

夜の帳が静かに降り始めていた。


「明日には王都だ」


エリアスがぽつりと言ったその声が、ふたりの間にそっと響く。


「君は、最初の頃に比べて、ずいぶんしゃべるようになったな。

……いや、悪い意味じゃなくてだな」


「……そうですか?

……ちょっとだけ、慣れてきたのかも」


小さな声ながら、自然に出た言葉だった。

エリアスは少し驚いた顔をしてから、笑った。


「いい兆しだ。

――王都は……まぁ、騒がしいが、面白いぞ。

昼には城門が見えるだろう。

君にとっては、きっと新しい世界だ。

……怖いか?」


エリアスがそう尋ねると、カナは少し間を置いて、小さく首を横に振った。


「……少し、怖いけど……。

でも、楽しみでもあります」


エリアスは満足そうに頷き、立ち上がる。


「ふむ。上等だ。

――さて、そろそろ宿に戻るか」


「……ふふ。はい、そうですね」


その笑みに、エリアスは少し驚いたような顔をしながらも、なにも言わずに隣を歩き出した。

茜の空が夜の帳へと移り変わる中、二人の影が静かに並ぶ。


精霊の森で目覚めたあの日から、まだそれほどの時が流れたわけではない。

けれど、確かに世界は広がりつつあった。

これから訪れる王都で、自分が何を見て、誰と出会い、どんなふうに生きていくのか──。


カナは、そっと胸元のペンダントを指先でなぞった。

明日、旅は新たな章へと進んでいく。

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