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君の夜に、僕が瞬く

作者: 秋桜星華

「ユウマ、早く起きなさい。朝ごはんできたわよー」


 僕の日常は、いつも母のこの声で始まる。


「わかったー」


 そう返事してリビングに向かう。


 そこでは母がテーブルに食器を並べ、スープをよそっていた。


 朝ごはんを食べて、学園に向かう。僕の家と学園は比較的近く、徒歩通学だ。

 暑いときは体が蒸発しそうだし、寒いときは体の芯まで凍りつきそうだ。


 学園についたら図書室に向かい、新刊を借りる。ここの図書館は蔵書量が多くてありがたい。


 教室で授業を受け、友人と遊ぶ。


 家に帰り、湯浴みをして、夕飯を食べて寝る。


 僕はこんな日常が、幸せだ。



 ◇ ◇ ◇



 その日は、朝からおかしかった。


 猫が空を飛んでいたり。


 学校までの道が倍ぐらいに伸びていたり。


 やっと学校についたときには、もうへとへとになっていた。


 それでも、図書室には行く。それが僕の習慣だから。


 棚の上の方にある本を手に取り、椅子に座る。


 この本は好きな作家さんの新作で、図書室に入ってから何度も読み返している。


 僕がちょうど物語の世界に浸かりきったときだった。


「それ、好きなんだ。私も昔よく読んでた」


 右から、声がかかった。


 振り向くと、そこには見覚えのない女の子がいた。


 輝く瞳に、真っ直ぐな光を湛えて。



「……え?」



 ◇ ◇ ◇



 女の子はハルカと名乗り、それから毎日図書室に現れた。


 最初は好きな作家さんの話をよくしていたが、次第に他の話もするようになった。


 勉強が難しいとか。


 本を読んでたら夜ふかしがやめられないとか。


 そういう他愛もない話だ。



 ハルカと話す僕には、疑問があった。


 ハルカが最初に言ったことと、彼女はどこのクラスの名簿にも載っていないことだった。



 ◇ ◇ ◇



 ハルカと僕が話すようになって1ヶ月ほど経ったときだった。


「夜、学校に忍び込もうよ」


 彼女が言ったのはそんなことだった。


「やめといたほうがいいよ。警備厳しいし」


「そっかぁ」


 それで、その話は終わった。



 数日後、思いつめた表情をしたハルカがもう一度言った。


「やっぱり、夜に学校に来たい」


「そうなんだ」


「君も一緒にね」


「そっか、いいよ」


 彼女の雰囲気に、僕はOKせざるをえなかった。



 ◇ ◇ ◇



 夜、指定された場所に行くと、すでにハルカは着いていた。


「おそいよ」


「まだ時間じゃないだろ?」


 口をとがらせるハルカに、そう返して歩き出す。


「それにしても、どうやって入るんだ?門は施錠されてるだろう?」


「ふふふ、それは任せて」


 その言葉の通り、学園には簡単に侵入できた。


 ハルカが指さしたところに、いいかんじの高さの箱が積まれていた。


 そこを登ることで、敷地内に入れるのだ。


「屋上まで行こうか」


 そう言って歩き出すハルカのあとを、僕は何も言わず追った。



 屋上にあがると、ハルカは設置されていたベンチに座った。


 僕もその隣に座った。


「――月が綺麗ね」


「そうだね」


 僕がこう返すと、ハルカは少し不満そうな顔をした。


「私ね、月を見るの初めてなの」


「――え?」


「月を見ようとしても……見れないから」


「――よかったら君の話、聞かせてくれないか」


 気づいたら、そんなことを口にしていた。



「……私は、これまで病院にいたの。

 生まれたときに重い病気だとわかって。

 ――外に、出たことがなかった」


「でも、ここにこれて。星空の下で、こうして話すことができて」


「本当に嬉しい」


 そう語ったハルカの視線の先には、きらきらと輝く星があった。



 ◇ ◇ ◇



 あくる日、僕が図書室に行くと、いつもの席にハルカが座っていた。


 その隣りに座り、ページをめくる。


 何の変哲もない、僕らの日常だ。


 始業前のベルが鳴り、席を立つ。


 ハルカが追いかけてきて、僕の手を握る。


 その手にはボイスレコーダーがあった。


「何かあったら、この音声を聞いて」


 その言葉に、僕は頷いた。


 そのときのハルカは、昨日と違ってどこかふっきれたような笑顔だった。



 ◇ ◇ ◇



 その日の夜だった。


 部屋が大きく揺れた。


 棚から本が落ちて、その本が砂になった。


 僕はありえない現象を前に、混乱した。


 テレビを点けると、アナウンサーが早口で「世界に異変が起きている」と捲したてていた。


 僕は思い出した。「何かあったら」と言っていたハルカを。


 ボイスレコーダーを取り出し、震えながら再生ボタンを押した。



『この音声を聞いているということは、もう私はこの世界には存在しないんだろうね。そして、別の世界にも。


 君はこの世界が現実だと思っているかもしれないけれど、本当は違う。君の存在する世界は、私の夢の中の世界だよ。


 私は大きな病気をもっていると言ったけれど、それは君の住んでいる世界の話じゃないんだ。


 本当の私はベッドの上で点滴をつけて一日中起き上がれない生活を送っているよ。


 君が読んでいた本、夢では新刊だったけど、現実にはとっくの昔に発売された本なんだよね。君が「え?」って言っていたのはそこかな?


 ――私の体の弱さで、君たちの世界を崩してしまって申し訳ないと思ってる。


 これまでの生活が君にとって幸せな日々だったならうれしいな。


 ハルカ』



 涙がこぼれても、それさえ砂になって崩れ落ちる。


 そんな世界の中でも、涙はとまらなかった。


 ――ハルカ。


「ありがとう」


お読みいただきありがとうございました。

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