一人で何処へ
色んな事を忘れてしまっても、嫌な事は嫌なんだよね。
高齢になると施設での生活が始まる人が多い。
老々介護していたが、夫が認知症になり暴力を振るうという。家で看るのは無理だと判断した家族は施設を契約した。しかし本人は施設での生活が嫌なのか、夜になると暴れるらしい。職員に暴力を振った為に退去となり家に帰ってきたようだ。身体中にアザが出来ている奥さんは次の施設を探しているようだった。
人の最後は家が良いのだろうか?
それとも施設が良いのだろうか?
人によっては望む病院での最後は少なくなっているようだ。
家族が介護している場合、介護疲れの悲惨な事件が後をたたない。昔のように子供や孫に囲まれて最後を迎えられる本人はきっと幸せなんだろうが家族は幸せだったのだろうか?
認知症が進むと暴力的になったり、暴言を吐いたり、ふらふら出掛けたりする。本人には嫌な事だったりして暴れたのかもしれない。
オムツ換えが嫌で暴れる人もいるという。他人に変えられる事が嫌な高齢者は多い。自分の家族でも嫌なのだから仕方のない事だと思う。認知症が進むにつれ穏やかに生活出来る薬を処方される。これも仕方のない事なのだろう。人が最期まで人らしく生きられる、難しい事はわかっている、しかしそんな世の中になってほしいと願う。
美知子さんとは5年ぐらいのお付き合いだろうか。
真由美の母と同じ辰年である。
可愛らしい女性で字がとても美しい。サークルで週に一度会えるのが楽しみだった。
独り身の彼女は真由美の娘が
「結婚しなくても、何の不自由も感じない」と言うんですと話すと
「その気持ちわかるわよ」
答えてくれた。
一人でいるのも幸せなのかもしれないとこの時は思った。
コロナが蔓延し始めて会えなくなってしまったが、今年になってまたサークルが再開して会えるようになった。
真由美が体調を崩してた時も
「大丈夫?」と声をかけてくれた。
美智子さんがピアノが好きだと言うので練習した曲を聞いて貰ったりしていた。
2月の寒い日突然妹さんから連絡がきた。
「姉が行方不明なんです」
高齢者の行方不明は良くあることで放送がかかる事がある。大体はその日のうちに見つかるがそうでないケースもある。
何だか心がざわざわする。変な気分だ。
数日後美智子さんの車が山中で見つかった。美智子さんも冷たくなっていた。
「何故1人で山中に出掛けたのだろう?」
咳はたまに出ていたが、認知症のようではなかったと思う。
心のうちに抱えるものがあれば話して欲しかった。
いつまでも可愛い美智子さんとお習字するのが楽しみだったのに。
寂しい気持ちは今でも続いている。
真由美は結婚した時
「この人と年取っても縁側でお茶を飲むような関係でいたい」
と思っていた。
しかし、還暦を過ぎると色々と注文が増えてくる。
「彼自身が両親よりも長生きして下さい。」
「出来れば呆けないで」
「お互い、もしも呆けたら施設に入りましょう」
「現実から目をそらしてはいけない」
真由美は父の言葉を思い出しゆっくりと歩いている。
年をとると誰でも経験するかもしれない認知症。家族も本人も大変だからこそ、色んな人に助けを求めてほしい。