第7話: 「飯抜き明けの朝!…俺の夢、もっとでかくするぜ!」
「おいおいおい!やっと飯が食えるぞ!俺の隻眼、力が戻ってきたぜ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の広間。初陣から数週間経ったある朝、伊達梵天丸が木刀を手にキレ気味に叫んでいた。
人取橋(福島県本宮市)の戦いで二本松勢を蹴散らした興奮が冷めやらぬ中、昨夜の飯抜きの罰が明け、目の前にはようやく飯が並んでいる。
広間の柱には木刀の傷が目立ち、家臣たちが遠巻きに「やっと静かになるか」と呟き合っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔には疲れがにじんでいる。
「殿!飯が食えるのはいいですけど、そんな大声で叫ばなくても皆分かってますよ!少し落ち着いてください!」
「落ち着く?小十郎、飯抜きで腹減ってたんだぞ!これで俺の隻眼が天下を獲る力になるんだ!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小十郎が「うわっ!」と飛び退き、「胃が……」と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。飯抜き明けたんだから、少しはゆっくり食べなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。小十郎の姉は、梵天丸の肩を軽く叩いて落ち着かせようとする。
「喜多!応援なら飯もっと持ってきてくれよ!俺の隻眼、腹いっぱいにして天下獲るんだ!」
「腹いっぱいになるまで食べてね。義姫様が許してくれたんだから」
と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして木刀を手に持ったまま飯に手を伸ばした。
そこへ、時宗丸がドカドカと広間に飛び込んできた。
幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、飯抜き明けたって!?俺は昨日飯食ったから元気だぜ!」
「時宗丸!お前、昨日飯食ったなら俺に分けてくれても良かっただろ!初陣の主役は俺なんだから!」
「何!?俺だって足軽斬ったんだぞ!飯は俺の分だ!」
「殿が主役です!時宗丸殿は飯を分ける前に考えてください!」
と小十郎がツッコむが、時宗丸は「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。
柱に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。
白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、飯抜き明けて騒ぐのもほどほどに。初陣で足軽と斬り合った罰がやっと終わったんですな」
「左月じいちゃん、罰?俺の隻眼で足軽倒したのが何で罰なんだよ!飯抜きはもう嫌だぞ!」
「義姫様がそう言うなら罰ですな。わしも飯抜きなら馬で走って我慢するが、飯があるなら食うに限る」
と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!俺も飯抜き我慢したよ!今朝は一緒に飯食おうぜ!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。
左月の息子だ。
「おお、小源太!お前なら分かるよな!飯食って俺とお前で最強になるぞ!」
「小源太、お前は落ち着け!飯食う前に暴れるな!」と左月が諫めるが、小源太は「殿と一緒なら飯がもっと美味い!」と木刀を振り回す。
その時、広間の奥から鋭い声が響いた。
「梵天丸!何!?飯抜き明けてまた騒いでるのか!?」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。
長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。
隣には竺丸がちょこちょこついてくる。梵天丸の弟だ。
「母ちゃん!竺丸!飯抜き明けたんだから騒ぐだろ!」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が一気にまくし立てる。
「騒ぐだと!?初陣で足軽と斬り合った罰で飯抜きにしたのに、まだ反省してねえのか!大名の若殿がそんな下賤な真似をするなんて、あるまじき行為だ!」
「反省?母ちゃん、俺は初陣で勝ったんだぞ!足軽斬ったくらいで飯抜きはもういいだろ!」
「いいだろだと!?お前が足軽と斬り合ったのが伊達家の恥だよ!品位を持て!」
義姫が扇子を振り上げると、梵天丸は「うるせえ!」と木刀を地面に叩きつけた。
竺丸がニコニコしながら言う。
「兄ちゃん、飯抜き終わって良かったね!俺、飯隠そうとしたけど母ちゃんに見つかったよ」
「竺丸!お前、頑張ったな!母ちゃんに見つかってもカッコいいぞ!」
「梵天丸!竺丸を褒めるな!竺丸、お前はそんなこと企むな!」
と義姫が一喝すると、竺丸は「はーい」と縮こまる。
小十郎が慌てて仲裁に入る。
「義姫様、殿は飯抜きで我慢したんです……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、少し落ち着いてください!」
「小十郎、お前まで甘やかすな!この子は跡取りなんだぞ、足軽と斬り合うなんてありえん!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿は元気でいい子ですよ。私が見てるから大丈夫です」
「喜多、お前は優しすぎる!この子はもっと厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が飯抜きでも俺が飯食ってカバーしたよ!足軽斬ったくらい平気だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前まで足軽斬ってたら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「俺も殿と一緒に飯抜き我慢したよ!今朝の飯、最高だ!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」
と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも飯食って馬で走るのが楽しみですよ」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎを見ていた輝宗が、広間に現れて笑顔で言う。
「義姫、梵天丸が元気で何よりだろ。飯抜き明けたんだから大目に見てやれ」
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!足軽と斬り合うなんて、伊達家の恥だよ!」
「父ちゃん!母ちゃんがうるせえよ!俺は天下獲るんだから、飯食って夢をでかくする!」
「夢をでかくする?お前、隻眼で天下獲るなら頭使え!足軽相手に暴れるなんて馬鹿のすることだ!」
義姫の毒舌に、梵天丸が「何!?」と立ち上がる。輝宗が「まぁまぁ」と笑う中、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
そこへ、虎哉が飄々と現れ、静かに言う。
「梵天丸、飯抜き明けて欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!飯食って俺の夢、もっとでかくするぜ!」
梵天丸が木刀を握り直し、飯に手を伸ばすと、義姫が扇子を振り上げる。
「もっとでかくと!?梵天丸、飯食っても品位忘れるな!」
「うるせえ!」と梵天丸が叫び、時宗丸が「母ちゃん強いな」と笑い、小源太が「殿、飯食って頑張れ!」と応援する。
竺丸が「兄ちゃん、飯美味いね」と呟き、小十郎が「胃が……誰か助けて……」と嘆く。
飯を食べ終えた梵天丸は、広間の縁側に座り、朝日を見上げた。
腹が満たされ、隻眼で朝日を見つめる顔は少し落ち着いている。
「なぁ、朝日。お前、飯食ったら輝き増すぜ。俺も飯食って夢をでかくするんだからな」
竺丸がそっと近づき、ちっちゃい声で言う。
「兄ちゃん、飯美味かったね。母ちゃんに隠した飯、見つからなくて良かったよ」
「竺丸!お前、最高だな!でも母ちゃんにバレたらまた飯抜きだぞ」
「バレなきゃいいよ!兄ちゃんの夢、でかくなるの楽しみだね」
と竺丸が笑うと、梵天丸もニヤリと笑った。
遠くで小十郎が「胃が……」と呻き、喜多が「殿、元気で良かったね」と微笑む中、物語の第七歩が、こうして穏やかに刻まれたのだ。
……とはいえ、母ちゃんの目はまだ怖いな、と梵天丸は思ったんだけどな!




