第5話: 「母ちゃんの飯抜き!…でも俺の夢はでかくなる!」
「おいおいおい!飯抜きなんて聞いてねえぞ!俺の隻眼、腹減ってビビらせられねえじゃねえか!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の広間。初陣から数週間経ったある夕方、伊達梵天丸が木刀を手にキレ気味に叫んでいた。
人取橋(福島県本宮市)の戦いで二本松勢を蹴散らした興奮が冷めやらず、義姫に「今夜は飯抜き」と言われた怒りを広間でぶちまけている。
木刀を振り回すたび、柱に傷が残り、家臣たちが遠巻きに「またか」と呟き合っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔には疲れがにじんでいる。
「殿!義姫様の飯抜きは仕方ないですよ!初陣で足軽と斬り合ったのが悪いんですから、少し我慢してください!」
「我慢?小十郎、俺が足軽斬ったのは天下への第一歩だぞ!飯抜きなんて我慢できねえ!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小十郎が「うわっ!」と飛び退き、「胃が……」と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。義姫様が怒ってるんだから、少しは我慢しなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。
小十郎の姉は、梵天丸の肩を軽く叩いて落ち着かせようとする。
「喜多!応援なら飯持ってきてくれよ!俺の隻眼、腹減って力出ねえぞ!」
「飯は義姫様が許さないと無理よ。少し我慢してね」と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして木刀を柱に叩きつけた。
そこへ、時宗丸がドカドカと広間に飛び込んできた。幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、飯抜きだって!?俺が足軽斬った話、母ちゃんにバレてねえから飯食えるぜ!」
「時宗丸!お前、飯食えるなら俺に分けてくれよ!初陣の主役は俺なんだから!」
「何!?俺だって足軽斬ったんだぞ!飯は俺の分だ!」
「殿が主役です!時宗丸殿は飯を分ける前に考えてください!」
と小十郎がツッコむが、時宗丸は「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。
柱に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。
白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、飯抜きで騒ぐのもほどほどに。初陣で足軽と斬り合った罰ですな。わしなら馬で我慢するが」
「左月じいちゃん、罰?俺の隻眼で足軽倒したのが何で罰なんだよ!」
「義姫様がそう言うなら罰ですな。わしも飯抜きなら我慢するが、馬で走れば腹も減らん」
と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!俺も飯抜きなら一緒に我慢するよ!初陣楽しかったから平気だ!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。
左月の息子だ。
「おお、小源太!お前なら分かるよな!俺とお前なら飯抜きでも最強だ!」
「小源太、お前は落ち着け!飯抜きで暴れるな!」
と左月が諫めるが、小源太は
「殿と一緒なら腹減っても平気だ!」
と木刀を振り回す。
その時、広間の奥から鋭い声が響いた。
「梵天丸!何!?まだ騒いでるのか!?」
義姫だ。
梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。
長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。
隣には竺丸がちょこちょこついてくる。
梵天丸の弟で、ちっちゃい体に似合わず好奇心旺盛な目が光っている。
「母ちゃん!竺丸!飯抜きが納得いかねえんだよ!」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が一気にまくし立てる。
「納得いかねえだと!?初陣で足軽と斬り合った罰だよ!大名の若殿がそんな下賤な真似をするなんて、あるまじき行為だ!今夜は飯抜きで頭冷やせ!」
「頭冷やす?母ちゃん、俺は初陣で勝ったんだぞ!足軽くらい斬って何が悪いんだ!」
「勝つなら頭使え!足軽と斬り合うなんて、伊達家の面汚しだ!品位を持て!」
義姫が扇子を振り上げると、梵天丸は「うるせえ!」と木刀を地面に叩きつけた。
竺丸がニコニコしながら言う。
「兄ちゃん、飯抜きでもカッコいいよ!俺、兄ちゃんの飯隠してあげるね!」
「竺丸!お前、いい奴だな!隠してくれよ!」
「梵天丸!竺丸を巻き込むな!竺丸、お前はそんなことするな!」
と義姫が一喝すると、竺丸は「はーい」と縮こまる。
小十郎が慌てて仲裁に入る。
「義姫様、殿は初陣で興奮してるだけです……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、少し落ち着いてください!」
「小十郎、お前まで甘やかすな!この子は跡取りなんだぞ、足軽と斬り合うなんてありえん!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿は元気でいい子ですよ。私が見てるから大丈夫です」
「喜多、お前は優しすぎる!この子はもっと厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が飯抜きでも俺が飯食ってカバーするよ!足軽斬ったくらい平気だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前まで足軽斬ってたら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「俺も殿と一緒に飯抜きだよ!初陣楽しかったから平気!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」
と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも飯抜きなら馬で走って我慢しますよ」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎを見ていた輝宗が、広間に現れて笑顔で言う。
「義姫、梵天丸が元気で何よりだろ。飯抜きくらいで大目に見てやれ」
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!足軽と斬り合うなんて、伊達家の恥だよ!」
「父ちゃん!母ちゃんがうるせえよ!俺は天下獲るんだから、飯抜きでも平気だ!」
「平気?お前、隻眼で天下獲るなら頭使え!足軽相手に暴れるなんて馬鹿のすることだ!」
義姫の毒舌に、梵天丸が「何!?」と立ち上がる。輝宗が「まぁまぁ」と笑う中、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
そこへ、虎哉が飄々と現れた。
「梵天丸、飯抜きで欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!母ちゃんに飯抜きにされても俺の夢はでかくなる!」
「でかくなると!?梵天丸、明日も飯抜きだ!」
と義姫が扇子を振り上げ、梵天丸が「うるせえ!」と叫ぶ。
時宗丸が「母ちゃん強いな」と笑い、小源太が「殿、頑張れ!」と応援し、竺丸が
「兄ちゃん、明日も飯抜きだね」と呟く。
小十郎が「胃が……誰か助けて……」と嘆く中、物語の第五歩が、こうしてドタバタと刻まれたのだ。
……とはいえ、飯抜きでも夢はでかくなるよな、と梵天丸は思ったんだけどな!